砂糖人形は死ぬことにした。

藍無

第1話 砂糖人形と探偵

夜の冷たい空気の中、サラサラの砂糖のように白い髪に、水色の飴のように美しい瞳を持つ少女が道路を歩いていた。

その少女は、別名『血に濡れた砂糖人形』と、呼ばれていた。

なぜなら、彼女はこの魔術の存在する世界で、殺人犯として有名だったからだ。

そして、この世界の存在する『魔術警察』も手が付けられないほどの圧倒的な強さを持っていた。また、なぜ彼女が殺人を繰り返すのか、誰も知らなかった。

その少女に、名前はなかった。

ある時は、理不尽に人を殺す殺人犯として罵られ、ある時は悪のカリスマ性にのまれた狂人が聖人として崇めた。

そのどちらにも彼女は等しく死を与えた。

これは、孤独な砂糖人形と誰かの物語。

――――――――

コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。

「はいは~い。」

僕は軽く返事をして、ドアを開けた。

「お!刑事殿!何か御用でしょうか~?」

「貴様、その軽い口調をやめんか!」

「おや、そうカッカしないでくださいな。」

「それは腹も立てるわ!貴様のその口調はどうも精神を逆なでする。」

「おや、褒められるとは。照れてしまいますね。」

「褒めとらんわ!」

「まあまあ、お二人とも、とりあえずこちらの席にお座りください。」

そう言ったのは、探偵ぼくの助手であるアオイだ。

「そうは言ってもだな――」

「で、刑事殿はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」

何か言いたげな刑事をさえぎり、アオイが丁寧な口調でそう尋ねる。

「そう、そうだったな。今日ここを尋ねたのはな、事件の解決に探偵殿に一役買ってもらおうかとおもったからなんだよ。」

「ほう、どのような事件ですか?」

「『血に濡れた砂糖人形』と呼ばれている者は知っているか?」

「ええ、存じておりますとも。」

たしか、たくさんの人々を殺害する世にも有名な殺人犯だ。

その存在自体は、200年以上前から噂されていたため、幻の殺人犯とも呼ばれている。存在自体も見たことがあるものはみな、数日以内に殺されているため、本当にいるかどうかも怪しい。本当に幻なのだ。

「今回探偵殿に依頼しよう思った事件にはその『血に濡れた砂糖人形』がかかわっている可能性がかなり高いんだ。」

「ほう、それで魔法も魔術も使えてなおかつ魔力量の多い私に依頼をしようと?」

「ああ、理由は大体そんなところだ。で、引き受けてくれるか?」

「どのような内容の事件かにもよるのですが?」

「引き受けてくれない者にべらべらと事件の内容を話してはいけないから、引き受けてくれるというまで言えない。」

「もちろん引き受けますとも。幻の『血に濡れた砂糖人形』という殺人犯にも会ってみたいですし。」

「事件を解決するのは二の次みたいに言うなよ。」

少しあきれ顔で不機嫌そうに刑事は言った。

「まあまあ、別に良いではないですか。で、その事件というのは?」

「あ、ああ。その事件はだな、わずか3日前に起こった強盗殺人事件なんだよ。狙われた家は、かの有名な英雄の末裔の――フォルソナ家だ。」

「おや、これは驚いた。強盗殺人とは、だれが殺害されたのですか?」

確かフォルソナ家は、この世界に存在する魔王を打ち破った女英雄_ソフィアの末裔だったはずだ。そんなお金持ちがかかわっていたとは。きっと解決すればそれなりの大金が手に入るだろう。引き受けて正解だったな。

「そんなわざとらしく驚くな。殺害されたのは、フォルソナ家の次女のエヴァスという少女以外の一家全員だ。そして、その次女のエヴァスという少女は今、記憶喪失に陥っている。」

「おやまあ、随分と大胆な犯行ですね。」

「おそらく、そのエヴァスという少女は魔法で記憶喪失にさせられた可能性が高い。我々はそう見て、魔力の残滓などの検査をおこなったのだが、驚くことにその部屋には一切魔力が残っていなかったんだ。魔力を消すことなんてそんな真似ができた奴は今までに誰もいない。つまり、記憶喪失は魔法によるものではない。となると、他の証拠や形跡を探さざるを得ない。しかし、その場にはその少女以外何も手がかりとなるらしきものはなかった。おかげで事件は事件は迷宮入りだ。そこで、お前の手を借りようとしたって事だ。」

「なるほど。その次女が記憶を取り戻せば、何らかの手がかりを知っている可能性が高い、ということか。」

真相の明かしがいがある事件が久しぶりに舞い込んできたな。

おもしろい。

やはり、『血に濡れた砂糖人形』が関わっている事件は普通の事件より、一層手が込んでいておもしろいな。早く調査をしたいものだ。

「じゃあとりあえず、事件現場へ行きましょうか。」

僕は明るくそう言って、パチン、と指を鳴らした。

次の瞬間、僕たちは事件現場に転移していた。

「貴様、急に転移するのはやめろと何度言ったらわかる!」

急に転移して僕の執務室にコートを置いてきてしまったらしき刑事が少し怒った様子でそう言った。

「そうだっけ?ごめん、忘れてた。」

「先生。今のは流石にどうかと思います。」

部屋で紅茶を入れようと紅茶のポットとティーカップを持った状態で転移させられた助手_アオイが静かにそう言った。

「うん、ごめん。」

僕は素直に謝った。

こういう静かな声で言われた時にアオイに逆らってはだめなのだ。

「で、詳しく事件が起きた日時について聞こうか。」

「先生。それは転移する前に聞くべきことかと。」

「実際に現場を見ながら聞いた方が、事件当時の状況が見えてくるものなのさ。」

「そうなのですね。勉強になります。」

アオイは、近くにあった棚に紅茶の入ったポットとティーカップを置いた。

そして、どこからか取り出した紙に鉛筆でメモを取っている。

メモをするほどの事かな?

まあ、いいか。

「助手さん、こいつのだれに対しても軽い口調や悪い性格は真似するなよ?」

少し心配そうに刑事がそう言った。

心外だ。

まさかそんな風に思われていたとは。

そう思っていると、向こう側から人が早足で近づいてきた。

「刑事殿。こんなものがこの屋敷の居間に置いてありました。」

そう言って、その人は紙切れのようなものを渡した。

その紙きれには、今日、一家の生き残りのエヴァスを殺害する、という内容の殺害予告状だった。まるで、今までその少女を生かしてやっていたのは、こちら側の慈悲だとでも言わんばかりの書き方だった。

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