クロスナイトVSヴァンプナイト

 キットがヴァンプナイトに連れ去られ、村長宅に残されたルナ。

 彼女は生存者たちと共に、骸骨戦闘員の《スパルトイ》に包囲されていた。


「ギギー!」「ギギー!」「ギギー!」

「あんたも一応は騎士だろ!? 騎士なら俺たちを守ってくれよ!」

「言われるまでもありませんわ! ――そぉい!」


 ルナが正面に掲げたのは、ここに持ち込んだ鉄製ケース。

 気合いの入ったかけ声と共に両腕を広げると、ケースが丸ごと左右に割れた!


 村人たちの予想に反し、ケースの中身は着替えでも化粧品でもない。

 装甲、歯車、金属繊維……機械部品がギッチリと詰まっていた!


 それらが展開・分離・合体しながら大きく変形していく。

 そしてルナの両腕と胸部を覆う、白銀の金属装備が完成した!


「「「な、なんじゃそりゃああああ!?」」」

「わあ! お姉ちゃんかっこいい!」


 老人たちは目をまん丸にし、子供たちが歓声を上げる。

 ルナは優雅に微笑み、キレのある素振りを交えながら言った。


「わたくしの家は代々、戦闘用の魔道具――《魔導兵装まどうへいそう》を研究する《錬金術》の徒、《製錬術士ジーケミスト》の一族でした。なかなか成果を出せず、長らく没落していたところ、研究の支援をしてくださったのが、キット様のお父上ですわ」


 キットとルナの婚約もその縁から、両家の結びつきをより強くするためのもの。

 その過去故、彼女はキットと違って英才教育を受けていない。また学園もキットより一つ下の二学年のうちに、キットについていく形で退学したため、《勇騎士ユーナイト》の訓練課程が未完了。


 戦闘体へ《変幻へんげん》しないのもそのためだ。《変幻》自体はできるものの、戦闘に回す魔力の余裕がなくなってしまう。


 さらに付け加えるなら……極貧生活を送っていた幼少時代、ルナは浮浪児に混じって大層生活を送っており。

 率直に結論を述べると、非常に暴力慣れしていた。


「来年の卒業研究に向けて私が開発した、五式鉄腕魔装《ファイブ・アームズ》が一つ、《シルバーアーム》。その威力、とくとご覧くださいまし!」


 家を救ってもらった恩義。将来を誓い合った婚約者への愛。

 そして貴族としての、白銀に輝く誇りを胸に、ルナの鉄拳が唸る!


「淑女パンチ! 淑女キック! 淑女ラリアットォォォォ!」

「ギギャース!?」

「…………貴族の淑女って、つえー」


 もう、貴族だからと無闇にやっかむのはよそう――骸骨たちがズガーンバコーンと吹っ飛ぶ光景を前に、老人たちは密かにそう誓った。



☆☆☆



 一方。村長宅からそれほど離れていない場所にて。

 クロスナイトは、ヴァンプナイトと地上で対峙していた。


「キキー!」

「ぐう!」


 ヴァンプナイトの奇怪な鳴き声の直後、不可視の衝撃がクロスナイトを襲う。

 音の振動が砲弾となって放たれ、クロスナイトの体を鎧ごと突き抜けているのだ。

 目で見えない上に音速。恐ろしく厄介な攻撃だった。


 しかし……変身時の音声が口にしていた《マッドバット》は、特殊な音波で他の魔物を凶暴化させる蝙蝠。音波そのものに、このような破壊力はないはずだ。

 以前戦った《アラクネナイト》もそうだ。彼奴が操る金属糸は、能力の元である《スティールスパイダー》のそれより遙かに強靱だった。


 どちらも能力の元は、それこそゴブリンと並ぶ下級魔物、正直言って雑魚だ。

 それをここまで強化するとは、《怪騎士》はなんと恐るべき存在なのか!


「このっ。 【炎よ】! ……くそ、やはり駄目か!」


 クロスナイトは反撃で火球を飛ばそうとするが、不発に終わる。

 詠唱しても、魔法陣を構築できない。彼がクリストフ=ライドレークとして慣れ親しんだ、魔力が満足に扱えなくなっていた。異形の姿を覆い隠す、この十字の仮面と鎧を形成するので精一杯。


 魔力とは、端的に表現すれば『世界と接続する力』だ。

 魔力によって周囲のマナを支配し、意のままに操ることで様々な現象を起こす。

 魔力を極めることは『世界と一体になり、世界を己が一部にすることだ』とまで言われている。


 しかし……今、クロスナイトの中に漲る暗黒のエネルギーは、魔力とはまるで勝手が違う。周囲のマナに対し、意思による干渉は不可能。あくまで、この肉体に組み込まれた『機構システム』を発揮するための燃料だ。

 ただ、その機構が凄まじく強力なのだろうが――。


「ぐ、おおおお!」

「ちぃ! やぶれかぶれの突進ですか!」


 回避はおろか視認も困難な音波砲に対し、クロスナイトは強引に前進!

 ヴァンプナイトが当然容赦なく音波砲を浴びせるが、クロスナイトの歩みを止めるには至らない。


 そも、こちらの肉体もヴァンプナイトと同じ《怪騎士カイナイト》。それも元になっているのは、時に「生きる災害」とも称されるドラゴンだ。

 つまり、肉体スペックではこちらが圧倒的に勝っている理屈のはず。


 現にこの音波砲も、生身の人間では内臓がグチャグチャに潰れているだろう。

 それを何発も喰らいながら、この体はまるで堪えていない。

 その頑丈さに任せた突撃で、クロスナイトはヴァンプナイトに肉薄。即座に《ナイトソード》を抜剣して斬りかかる……が、敵の体を包む翼に弾かれた!


「くっ、硬い!?」

「――接近さえすれば、そちらが有利だとでも?」


 舐めるな、と言わんばかりの冷たい声音。同時に、ヴィィィィと虫の羽音めいて空気が唸った。ヴァンプナイトの翼が、空を裂くようにひらめく。


 すると、クロスナイトの十字仮面が音もなく割れた!

 斜めに割れた下半分が落ち、十字がL字に!


「なぁ!?」

「《高周波ブレード》――音波で高速振動させた私の翼は、鋼鉄も容易く両断する切れ味を発揮します。その無様な偽装の鎧を剥いであげましょう!」


 ヴィィィィン!

 刃の翼が、唸りを上げてクロスナイトに襲いかかる。

 しかし、今度はヴァンプナイトが驚く番だ!


「セイイイイ!」


 ギャリィィィィン!


 クロスナイトは翼の内側に剣を滑り込ませ、翼を払い上げた!

 音の高速振動で刃と化しているのは、あくまで翼の端部分。どんな名刀も、刃を受けずに側面を叩けば受け流せる。

 そして翼が払われたことで無防備を晒す胴体へ、今度こそ剣を叩き込んだ!


「な――ギィィッ!?」


 ギィン! 異形の甲冑が火花を散らし、ヴァンプナイトは苦悶の声を上げる。

 怒りのまま翼で再度斬りかかってくるが、結果は同じ。

 二撃! 三撃! 燃える剣で斬り返され、ヴァンプナイトがついには地に跪いた。


「ギギ。馬鹿なっ。ドラゴンの力でなく、剣の技量に不覚を取るとは……!」

「当然だ! 俺の父上は、王国を守護する騎士団の団長! たとえ肉体をどう弄くられようが……父上から魂に叩き込まれた、この剣の冴えが変わるものか!」


 父より学んだ騎士の剣は、今も変わらずこの手に。

 目頭が熱くなるのを堪えながら、クロスナイトは堂々たる啖呵を切った!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る