ゾンビでウイルスでスライムで
「な、なんじゃあ!? 奇怪な格好をしおって!」
「しかし、格好はともかくとんでもない別嬪だぞ?」
「阿呆! 体に見惚れている場合か!?」
老人たちはどよめく。突然現われた女の奇怪さと、妖しくも美しい容貌に。
蜘蛛の仮面をした、ファウストと呼ばれた女も抜群のスタイルだったが……黒衣がはち切れそうなボリュームと色香では、メフィストの方が上だ。
ウェーブがかった紫紺の髪といい、仮面の下の蠱惑的な眼差しといい、ぷっくりと潤んだ唇といい……奇怪な衣装さえ、その妖艶さを一層引き立てている。まさに夢魔。枯れた老人たちが、思わず生唾を呑み込むのも無理はあるまい。
しかしキットは、そこまで暢気に構えてはいられなかった。
なにせ、この村を襲ったゾンビ化事件の元凶だと自供してきたのだから。
「ゾンビ、スライムだって?」
「その通り! 正式名称は《ゾンビ・ウイルス・スライム》――血液を介し、増殖しながら対象の全身に寄生。肉体を仮死状態にし、命令のままに操られるゾンビ人形へと変える。ゾンビに噛まれた者はゾンビスライムを体内に注入され、その者もまたゾンビに。王都も一夜で地獄と化す、恐るべき侵略兵器です!」
「この村は、そいつの実験場にされたというわけか……!」
彼奴らは本気で、王都を滅ぼすつもりでいるのか。
こんな兵器を開発する技術力もさることながら、その狂気にこそキットは戦慄を禁じ得なかった。
「馬鹿な! そんなスライム、ありえないでしょ!?」
「――いいえ。スライムの体液には筋肉や骨や内臓、生物のどんな組織の『元』にもなれる万能性があります。《治癒のポーション》の原材料として使用されるのも、その性質を利用して損傷した組織を復元するため」
腰を抜かして喚いたカンチに、マウロが静かな調子で解説する。
「おそらく《ゾンビスライム》は、その性質で寄生した対象の肉体に同化しているんでしょう。だから、どれだけ強力な【ヒール】でも効果はない。怪我や病気を治す【ヒール】に、病原菌より大きな生き物を直接殺す力はありません。それに仮死状態で操られているということは、肉体的にはなんの怪我もしていないわけですから」
付け加えるなら、おそらく邪気を払う《破邪の光輝》も無意味だろう。
普通のゾンビは邪気で屍が魔物化したもので、邪気を払えばただの屍に戻る。
しかしゾンビ化した村人には邪気がない。おそらくゾンビスライムは、《怪騎士》と同じく例の暗黒エネルギーで動いているのだ。
「ただ……寄生したスライムに、自ら考えて宿主を操る知性があるとは思えません。命令に従うというのは、貴女がなんらかの命令信号を発しているのでは? 寄生したスライムは、受信機の役割も果たしている。違いますか?」
「ふむ。冴えない顔の割りになかなかの洞察力。褒めてあげましょう」
パチパチ、と小馬鹿にしたような拍手を送るメフィスト。
なぜかカンチが不満そうに歯ぎしりするが、無視して彼女は嗤う。
「しかし、たとえ私を倒しても感染を広めることはやめませんし、ゾンビ化も治りません。彼らを救う術などありませんよ? ――この付け爪の中に入った、特製の血清を除いてはね!」
ババーン! と見せつけられるメフィストの親指。
そこにはなるほど、なにやら薬品らしき液体の入った付け爪が。
「……いや親切か!? 悪だくみの内容からその解決方法まで、全て懇切丁寧に話してくれたんだが!? なんなんだ、実は良い人か!? ありがとうございます!?」
「混乱しないでくださいまし、キット様。あと、良い人は最初から村人をゾンビになんてしませんかと」
「い、いやいや! そもそもそれが本当だって証拠があるのか!?」
「証拠が欲しいなら見せてあげましょう。来なさい、子供たち」
「「「ヴェハハハハ!」」」
ゾンビ化した子供たちが、縛られたまま器用にメフィストの元まで駆け寄る。
そしてメフィストが親指の付け爪を、子供たちの肌に軽く突き刺すと――。
「「「ヴェハハ……あれ?」」」
「うわ、本当に戻った!? やっぱり親切か!」
「フッ。これは言わば絶対強者の余裕。偉大なる主の言葉を借りるならそう、『悪の美学』というものです」
「蜘蛛の女も同じようなことを言っていたな……。何者なんだよ、《大首領》」
「なんというか、謎の拘りとユーモラスを感じますわね……」
一同が反応に困る中、急に強気になったカンチが前に進み出た。
《才神官》の護身武器である杖を手で弄びながら、ニタニタ笑いながら言う。
「やれやれ。ゴチャゴチャ言っていたけど、要するにその付け爪があれば万事解決なんだろう? なら、とっととそれを置いて退散するのが賢明だと思うよ。痛い目を見ないうちに、ね?」
「主人公気取りの馬鹿などお呼びではありません。片付けなさい、《スパルトイ》」
『【スケルトン】』『エンチャント!』
メフィストが複数の《キッカイキー》を取り出し、地面に落とす。
地面に刺さった鍵は、機械音声と共に地中へ沈み込んだ。
そして、骸骨の鎧を纏う異形が、鍵と同じ数だけ地中から這い出てきた!
「ギギー!」「ギギー!」「ギギー!」
「こいつら、鍵だけで生み出せるのか!?」
「中身のない抜け殻のようなものなので、人間が変身するより能力は落ちますがね。露払いには十分でしょう」
「やれやれ、君たちは下がっていなさい。アレはただの雑魚だが、君たちの手には負えない相手のようだからね」
「待て! たぶん貴様の方が駄目――」
「ぶべー!?」
「「「カンチ様ー!?」」」
あれだけ自信満々に飛び出したカンチだが、次の瞬間には袋叩きである。
案の定、《百剣》のときと同じだ。彼奴らに、カンチの力は通用しない。
言わんこっちゃない、と思わずキットは天を仰いだ。
「さて。主役の相手は、私が直々に務めましょう」
マントを広げたメフィストの腰に、《カイキドライバー》が現われる。
メフィストは取り出した《キッカイキー》に唇を寄せた。
チュッと艶やかな音を唇で鳴らし、キーをドライバーに差し込む。
そして優雅にお辞儀をしながら、あの呪文めいた言葉を口にした。
「――変身」
キーを回してバックルを開錠。
バックルが展開し、完成したのは『騎士兜を被った蝙蝠』のレリーフ!
『【マッドバット】』『【ナイト】』『クロスアップ!』
「キキー!」
ピィィィィ!
ベルトから暗黒粒子が噴き出し、革鎧と甲冑を形成。
同時にベルトから飛び出した蝙蝠へ、メフィストは口笛を鳴らす。
すると蝙蝠の全身に波紋が走り、ステンドグラスめいた結晶に変じて爆散!
砕け散ったガラス片が甲冑を覆い、甲冑は異形へと姿を変える!
尖った耳。鋭い牙。両腕と一体化した皮膜の翼。
すなわち蝙蝠の怪騎士、《ヴァンプナイト》の姿に!
「さあ、劇的に奏でなさい。舞台を彩る、断末魔の悲鳴をね!」
ヴァンプナイトが宙に飛び上がり、こちらへ向かってくる。
キットは咄嗟に懐の《キッカイキー》に手を伸ばした。
――しかし、その手が止まってしまう。
「キキキキ!」
「うわああああ!?」
「キット様ー!」
両足に生えた鉤爪でキットの肩を掴み、ヴァンプナイトは飛び上がった。
恐るべき飛翔力で上昇し、割れた天井の窓から外へ。どんどん高度を上げていき、村長宅が豆粒ほどに見える高さまで来た。
これなら……と、キットの考えを見透かしたように、ヴァンプナイトが囁く。
「――人前で『変身』するのは躊躇われたのでしょう? そら、今なら誰も見ていませんよ」
「……っ! 変幻!」
『【ブレイズドラゴン】』『【ナイト】』『クロスアップ!』
「ギャオオオオ!」
キットのベルトから火竜が飛び出し、ヴァンプナイトを弾き飛ばす。
重力に引かれて落下する中、キットの体が暗黒粒子と火竜の炎に包まれた。
そして炎を裂いて現われるのは、異形の顔を十字仮面で覆い隠した騎士。
そう、《クロスナイト》だ!
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