第2話 砂中に潜むもの
砂中に潜むもの
ゴトゴトという音と共に居心地悪く荷台が揺れる。幌の隙間から吹き込む風は砂を運び、荷台の上は砂粒が被っていた。アデスが指先でなぞれば、床は薄くその跡を残した。
グークらを乗せた荷馬車は今朝ギミギクスを発ち、荒野と砂漠を越えた先の森林地帯にある街へ向かっていた。先の貿易でたんまり仕入れた荷で荷台はいっぱいになっており、彼らは荷台で旅を続けることになった。グークは荷に背を預け、護身用の短剣を手入れしながら愚痴をこぼす。
「全くあそこは相変わらずだな。ただ削るだけで馬鹿みたいにぼってきやがる。お陰であの宝石もたった銀貨一枚だ」
全部渡さなくて正解だった、と付け加え、グークは短剣を鞘にしまう。宝石は当然原石よりも削って形を整えたほうが価値があり、ギミギクスの武器工房へ持っていったが見事にぼったくられて終わった。何故武器工房で宝石の加工を承っているのかというと、武器を研げるのなら宝石も削れる、という大雑把な理屈である。もちろん専門に頼むのが宝石の価値を一番引き出せるのだが、それだけ依頼料も高くつく。横着して武器工房に任せたグークはこれに懲りて手先の器用な知人を頼ることにしたのだった。宝石の原石はもう二つほどしかないが、それでも綺麗になればしばらくの生活費になるだろう、という見立てだ。ちなみにタンデル鉱を売って得た金は加工代に消えた。
「グーク」
「なんだ」
「これをうごかしていた……あれは、なに?」
水筒を傾けていたグークは一瞬止まってから、あぁ、と声を出して水を飲んだ。
「ありゃあランダだな。別に珍しくもない」
ランダは太く長い脚をもち、顔は牛に似て、皮に覆われた角と背中にコブをもつ砂漠における馬である。非常にタフで、高い自然治癒能力と暑さや乾燥への耐性を備えている。長距離移動に適し、荒野や砂漠を移動するキャラバンに必須の生き物である。
「ふうん。ぼく、はじめて見たな」
らんだ、と発音を確かめるように何度も口にするアデス。そんなに気になるなら次止まった時にでも見るんだな。そう言うとグークは荷物の上へ登って昼寝を始めた。荷台のへりに残されたアデスはしばらく脚をぶらつかせ、真っ平らで赤茶けた代わり映えのしない荒野を眺めた。
アデスはぼんやり考えていた。自分がどこにいたのか、どうして歩いていたのか。薄靄のかかる古い記憶には砂の景色があった。どこを掴んでも砂だった。自分の周りには砂があった、憶えているのはそれだけだった。アデスは身体の構造上喋ることはできるものの言語能力も知力も高いというわけではない。アデスに分かるのは自分が何かを探している、ということだけだった。それは故郷を求めているのか、はたまた死に場所を求めているのかは、アデスにはまだ分かりようのないことだった。
心の、身体の惹かれる方へ進めと誰かが言っているようなそんな気がして歩いている。歩いて歩いて、腹の奥から何かがせり上がってくる感覚に膝をつき、その末あの男に出会った。……アデスは、無性に水に惹かれた。あのとき薄らとした水の匂いに、アデスはこのためにここまで歩いてきたのだとさえ錯覚した。
「……」
しかしアデスには、水以上にその探している『何か』が優先事項としてはっきり身体に染み付いていた。うまく言えないが、何かが違うということだけ分かるのだ。
「ねぇ、グーク」
これ以上は難しい。そう思ってアデスは後ろを覗き込む。積荷の上に横たわった彼は呼びかけに応えることなく、揺れに身をまかせて寝息を立てていた。時折、幌に空いた穴から差す陽光が鞄の金具に当たってちらちらと煌めく。アデスはそんな様子を見ると、大人しく轍を眺めるのに戻った。
「暑いッ」
車輪が踏む土が赤茶けた砂利混じりの土から砂地に変わり、日も傾いた頃にグークは起き出して来た。汗を滲ませ、髪の毛先がぺったりと頬についている。暑さにぐったりした顔で水筒を取り出し、呷る。ちゃぷんという水の音にアデスはまるで引き寄せられるようにしてグークのそばまで近寄った。
「グーク、グーク」
「なんだよ……」
「ぼくにも」
人懐こい目をして水をねだるアデスにグークは少しうんざりした。というのも、ギミギクスに留まっていた間、アデスは水といえばなんでも飲み干してグークのぶんを空にしてきたからである。ここはもう街ではない。それにここの道は大して大きな街もない。水を手に入れようと思えば枯れていない井戸を探すか、この隊商から高い値段で買うほかない。
「お前、全部飲んだらこっから落とすからな……」
渋々水筒を渡す。アデスはやはり人間でないようで、街にいる間も水以外のものを全く摂取しようとしなかった。その上、その身体のどこにというほど水を飲むので、グークはアデスに滝でもあてがったら全部飲み干すんじゃないかとさえ思った。水筒の栓を抜くと、案の定アデスは水筒を傾けたまま動かなくなったので慌てて引き剥がす。この少しの間に水筒は半分を切ってしまったようで、軽くなった感覚につい額に手を当てた。グークはアデスの胃袋ならぬ水袋を取り出せたら一体どのくらい上等な水筒になるか考えて、やめた。そして尋常ではない量の水を間隔など考えずに次々に腹に収めるのだから、どうせまだ身体の中に水が残っているはずだと考えてしばらく水をやるのをやめようと決心した。目的地に着く前に水を全部飲まれて干からびるのだけは勘弁である。
突然、ランダのものと思われる小さな嘶きが馬車の前方から聞こえた。そのあとすぐに揺れが止まる。グークらは不思議に思って荷台から降りた。
「なんだ、敵か?」
「お前か。どうもこいつが足を痛がるんだよ。なんかわかるかい?」
「わかるかって、おれは獣は診ねえよ」
確かに、車を引く二頭のうちの一頭は足を何回も上げて痛そうな素振りを見せていた。しかし痛がると聞いてグークは怪訝な顔をして辺りを見回す。一ヶ月歩き通しても平気な頑丈なランダが突然足を痛がる、周りには挫くような岩もない。嫌な予感がしてじわりと手汗が滲んだ。商人は仕方がないから少し休ませるといって飼料を取り出し、それに倣って他の車も止まり休憩ということになった。そんな彼らをよそに、アデスは車から離れた場所にしゃがみこんでいた。
「おい、何やってんの」
アデスの背中越しに手元を覗き込むと、アデスは砂を掘っているようだった。
「……マジで何してんだ?」
「グーク、ここ、穴があいてる」
アデスが指さす先には黒い穴が小さく口を開けていた。どんどん大きくなるんだ、と手で周りの砂を掻くとさらさらと下へ落ちていく。頭が入るくらい穴を広げてみたが、不思議に中は暗く、光を取り込もうとしても穴の中は見えなかった。そこでグークはひとつの小石を取り出し、紐を結えつけ始めた。こん、と指で叩いて穴に降ろしてみると、石は仄青く光っている。
「使い古しだが、これでなんとか見えないかね……」
ルミル石、振動を加えると青白い光を放つ鉱石である。これは岩山や深度の浅い場所でよく採れ、何度も振動を加えると光が弱まっていく。光らなくなったルミル石はガラスと似た性質を持ち、鉱山や地下坑道付近の街ではガラスよりもルミル石で出来たコップや工芸品が多い。
グークがソロソロと穴に石を降ろしていくが、光が弱いのか、依然として光を呑み込むような闇は晴れなかった。グークが懸命に穴の中に目を凝らすが、彼にはぼんやり暗闇に浮く石だけが見えた。しかしアデスは違うようだった。
「……なにかいるよ」
「え?どこだ」
「あそこ。……あれ、目かな?」
アデスが指さす先、グークにとっては闇でしかないその場所に何かがいるらしい。ぐい、と身を乗り出して穴に頭を入れてみた瞬間、独特な異臭が鋭くグークの鼻をついた。思わずグークが驚いて頭を上げた拍子に、手から紐がすり抜けて穴の中へ石が落ちていく。それが大きな失態であった。
ぐらぐらと地面が揺れだし、激しい衝撃と共に辺りを砂埃が覆う。砂丘を転がり顔を上げたグークとアデスに、すっと影が落ちた。
砂埃の向こうからゆらゆらと首をもたげ目を覚ましたのは、砂と同じ色をした、見上げるほどの大蛇だった。
「……あ、あっ」
少し後ろから商人の喘ぐ声が聞こえる。ぞッと全身に悪寒が走り次第に呼吸が浅くなっていくのを感じながらも、グークたちは静かにこちらを見下ろす大蛇から目を離せないでいた。あんなのが少し身体を動かしただけでひとたまりもない。なぜなら、それは————。
大蛇はその顔に怒気をいっぱいに湛えると、耳を劈く凄まじい咆哮を辺り一帯に響き渡らせ空気をびりびりと震わせた。まるで頭を鋭く打たれたような衝撃に、呆然としていたグークははっと正気を取り戻した。同時に絶叫が喉を迸る。
「す、砂ヘビだっ、逃げろォ————ッ!」
砂ヘビ、もといカクレウワバミがその巨躯を熱砂の上に這い上がらせる度に、足元が不安定になっていく感覚でグークは背筋を凍りつかせた。カクレウワバミは地中に巣を作る。地下に張り巡らされた無数のトンネルは大蛇の特殊な分泌液からその脆い内壁を固めており、作りたてなどは崩れやすい。また分泌液は毒性をもち、巣穴の移動などで一時的に地上に出た時の毒の這いずり跡を踏んでランダの爪が腐るというのは砂漠では有名な話である。移動して巣を作りたてだと気性が荒い上にその上の地面も不安定になる。
ぼんやり砂ヘビを見上げたままでいるアデスをグークは慌てて担ぎ上げると、車のほうへ一目散に向かった。砂ヘビを見て暴れているまだ比較的元気そうなランダによじ登ると車と繋がっている綱をナイフで断ち切る。それを見た商人が叫んだが、綱を外されたランダは逃走本能に従って勢いよく走り出した。
「しっかり掴まれッ、落ちたら死ぬぞ!」
「待て、泥ぼ————ぎゃ!」
グークがアデスに呼びかける間にも砂の足元は崩れ始めていて、追いかけようとした商人のひとりが砂ヘビの体に押しつぶされ、断末魔が砂の中へ消えていく。憐れ、車のあった場所は既に陥没し、人らしい影もグークにはその目に捉えることはできなかった。次第に小さくなっていく砂ヘビと遠く見つめあったまま、グークたちはランダの赴くまま逃げていった。
鉱上のアデス 只森 @tadamori
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