第36話「二つの影が重なった」

「ああ、もっと話したいけど他の人の相手もしないとだから、この辺で」

 皇后はそう言って立ち上がった。

「大変だべなあ、お疲れ様だべ」

「あの、楽しかったです。」

 キクコと友里も立ち上がって頭を下げると、

「こっちもよ。またお話しましょうね。それじゃ」

 皇后はそう言って他のテーブル席へ歩いていった。


「ん、あんれ? そういえばおっかあは殆ど話してねえべ?」

「あの、今頃気付きましたが寝てるようです」

 友里の言う通り、七海はテーブルに突っ伏していた。


「飲み過ぎたべか?」

「それと疲れてるのかもですね。あの、大丈夫ですか?」


「ん? あ~、大丈夫よ~。それより喉乾いた~」

 そう言って傍にあった酒をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。

「……あの、もう飲まない方が」

 友里がそう言って止めるが、

「いいでしょ~。隼人が生まれてからずっと飲んでなかったんだし~」

 全然聞きやしない七海だった。

「おっかあには酔い止めの魔法効かなそうだし、もう止めとくべさ」

 キクコも止めようとしたら、


「ねえキクコちゃん、隼人とはどこまでいったの? ちゅーくらいはしたのー?」

「してねえべさ!」


「あららら、あの子そこは次郎君に似なかったんだ~。次郎君は付き合ってっていったその日に最後までしたのに~」

 ケラケラ笑いながら言う七海だった。


「おっかあ、お酒弱いんだべな」

「じゃあ隼人さんが強いのはお父さん似?」

 

「ええ~、次郎君もお義父さんもやたら強くて好きでね~、隼人が生まれた時にお祝いだーって一升瓶何本も空にしてお義母さんに怒られてたわ~」

 

「そうだべか……うちはおっとうもじっちゃも好きは好きだけど、そんなに飲まねえべ。ひいじっちゃもたまに一合だけってとこだったべ」

「そっかあ。でも飲めるなら隼人と飲んであげてくださいってお願いしていい?」

「いいだべさ」

「ありがとね……」

 そう言った後、七海はバルコニーの方を見つめた。


「どしたべさ?」 

「あの、もう休まれたら?」

 二人がそう言うと、


「ううん、その前に天岩戸を開く裸踊りを」

「やめんかあ!」

 ちょうどそこに来た隼人が思いっきり母の頭を叩いた。




「うう、痛い」

「母さん、天岩戸とか何言ってんだよ?」

「ううう、ちょっと曇ってるから星空見えないのよ~。こっちだったらもっと綺麗そうだし~」

 母さんが頭を押さえながら言った。

「あのなあ……」

 母さんなら大魔力でなんとかしそうだが、それで裸踊りなどされてたまるか。


 ” ああ、そのくらいなら私がなんとかしますよ ”

「え?」


 陛下の後ろにあった祭壇に飾られていた鏡さんが浮き上がり、


” はあっ! ”


 外に向けて光を放った。

 すると……。


「あ、満天の星空ー!」

 母さんがバルコニーに出て大声で……もういいや。

 俺達も出て空を見上げた。


「星座に詳しくないから分からないけど、同じように見えるな」

「あたす見てたけんど、殆ど同じだったべ」


「ほんと綺麗ですね」

「ふう。あ、あの、友里さん、後でちょっと」

 やっと解放されたユウト君が何か言おうとした時。


「ありがと、天照大御神様ー!」

 母さんが鏡さんを抱きしめてって、

「だから違うって」


” いえ、私は天照大御神様の分霊ですから間違ってませんよ ”


「え、そうなんですか?」


” そうだよ。精霊って言ったけど僕は月読命様の分霊なんだ ”

” 俺は素戔嗚尊の分霊だよ。だから姉弟と同じなんだよ ”

 勾玉さんと剣さんも近くに浮かんできていた。


「そうだったんですね。あ、もしかしてこっちの神器も?」

” そうだがな、そっちはほぼ休眠状態だぞ ”


「……あ、昔封印したから?」

” うん。そういう事 ”

「もし起きてたらどう思ったでしょうね……」

 今の世を見て。


” さあなあ。まあ、もし起きたら隼人やおふくろさんに声かけるだろから、そん時に聞いてみな ”

「え、ええ」


「ははは、あの母御は少女のようだな」

「そうですね。しかしあの方、この世界にずっといたのでしょうか?」

 バルコニーに出てきた陛下と大魔王さんが笑いながら言うと、


「思い出してきましたけど、もう一人の私があっちこっちの世界を巡ってたみたいで、最後に着いたのがここだったんです」

 母さんが急に真面目な表情になって答えた。


「おお、そうでしたか。あの、そのお話をまた今度聞かせてください」

「はい。あの……陛下、大魔王さん、握手してください!」

 おい!


「ははは、いいとも」

「失礼ながら私より年上に見えませんよ」

 二人共やはり器がでかかった。


「すみません、母が失礼を」

「いやいや。愉快な方だな」

 陛下が手を振って言われた。


「ええ……あ、そうだ。機会があれば聞きたい事があったんですけど、いいですか?」

「うん、なんだい?」

「いえ、なんで肉や魚食べるの禁止したんですか? いや魔法でなんとかできるからなんでしょうけど、それで畜産や漁業等が大打撃を受けてるって」

「……その補償対応が遅れているのは申し訳なく思っているよ。けどこれに関しては憎まれてでもと思ったんだ……このままでは絶滅する動物も出て来ると予言があってね」

「そうだったのですか? じゃあそう言えば」

「全ての人が予言を信じる訳じゃないんで、個人の判断に任せると手遅れになりそうだったからね」


「そういう理由だったのですか」


「え? あ」

 いつの間にかシンクローさんが来ていた。

「話を聞いてすぐさま迎えをやったのだよ」

 ボルス様がやって来て言われた。


「ああ、君がなんだね……すまない、そこまで困窮していたとは。本当に不手際としか言いようがないよ」

 陛下が頭を下げて言うと、

「以前は恨みましたが、勇者達のおかげで心が晴れ、飢えもなんとかなりました。今後はモドキ肉栽培に精を出しますよ」

「……ありがとう。君の強さは聞いているので、できれば戦士団にとも思ったが」

「そのお気持ちだけで充分です」

 うん、よかった。




「あの、何かお話があったんじゃ?」

 友里がユウトに話しかけた。

「あ、えっと……その、おれと」

「はい?」

「……つ、付き合って!」

 ユウトが顔を真っ赤にして言い、

「え……えとその、え?」

 いきなりの事にやはり戸惑う友里だった。 


「返事は今すぐじゃなくていい。けど考えてみて」

「え、ええ。でもユウトさんはキクコさんをじゃ?」

 友里がそう言うと、

「そうだったんだけどさ……なんだろ、あの時友里さんを見てなんか刺さった気持ちになったんだ」

 ユウトは胸を押さえて言った。

「……私はこっちにいられませんよ。それでもいいんですか?」

「うん!」


「分かりました。あの、少し考えさせて……」

「うん、返事待ってるから!」


「うう、いけない。可愛い男の子だしいいかなって」




 そして宴もたけなわとなり、それぞれあてがわれた部屋に入った。


「ふう」

「お疲れ様だべさ」

 キクコちゃんが部屋に来て労ってくれた。


「ありがと。はは、もう会えないと思ってたのになあ」

「あたすもだべさ。けどこれからはいつでも会えるべ」

「うん……キクコちゃん、その」

「んだ?」

「うちじゃ十八歳で成人だけど、こっちはどうなの?」

「こっちも同じだけんど、結婚は十六からできるべ」

「そうか、けどこっちに合わせて十八になったらでいい?」

「え? ……んだ」

 キクコちゃんは顔を真っ赤にしていた。

 こんなあっさりな言葉でいいのかとも思ったが、


「それだけで充分だべさ。もう分かってるんだし」

「ありがとう……ねえ、キクコちゃん」

「ん」




 月の光でできた二つの影が、重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る