第5話「胃袋は掴まれている」

 キクコちゃんの瞬間移動呪文であっという間に着いた。

 というかほんと一瞬過ぎて何も感じなかったわ。

 そして、


「ここがキクコちゃんの住んでいる村かあ」

 見た感じは日本のどこかにありそうな田舎の町。

 田んぼや畑、遠くに山が見える。


「んだ。改めてようこそだべ、ヤマト国へ」

 キクコちゃんが両手を広げて言った、って。

「え? この国ってヤマトっていうの?」

「そうだべさ。前に言ってなかったけんど、ひいじっちゃも聞いておでれーたそうだべ」

「……本当にどこかで枝分かれした世界なのかも、ここと向こうは」

「そんで、村の名前はウエノだべ」

「もう偶然というか、何かの導きとしか言えないな……」


「あ、姉ちゃんおかえりー」

 声をかけてきたのは小学校低学年くらいかなって男の子だった。

 その後ろに幼稚園児くらいかなって子が二人いる。


「ただいまだべさ」

「ねえ、この子達は?」

「あたすのいとこだべ」

 キクコちゃんがその子達を指して言った。

「へえ。あ、俺は諸星隼人。隼人って呼んで」


「うん、隼人兄ちゃん!」

 おお、皆素直でいい子ばっかりのようだな。


「ねえ、兄ちゃんは勇者様なんだべな?」

 男の子が聞いてきた。

「そうだけど強くないよ」

「嘘だあ。姉ちゃんが言ってたよ、妖魔をやっつけたって」

「ん? ああ、あれの事か。いやたしかに」


「やっぱ強いじゃん。ねえ握手して」

「ぼくもしてだべ」

 いとこ達が手を伸ばして言った時だった。


「こらこら、勇者様は疲れてるから明日にしなさい」

 あ……。


 そこにいたのは夢で見た与吾郎おじいさんそっくりな人。

「はーい。姉ちゃん、お兄ちゃん、また明日ねー」

 そう言っていとこ達は村の奥へ駆けて行った。


「隼人さんですな。儂はキクコの祖父でダイゴロウといいます」

 お祖父さんが俺に近づき、見上げて言う。


「あ、諸星隼人です。あの、お孫さんには大変お世話になりました」

 頭を下げて言うと、

「何を言いますか。キクコこそお世話になったし、父を故郷に帰せたのはあなたのおかげ……本当に感謝してますよ」

 お祖父さんが目を潤ませていた。


「じっちゃ、後は家で話すべ」

「そうだな。じきにコゴロウも帰ってくるだろう」

 キクコちゃんがお祖父さんに言う。

「あの、コゴロウって?」

「おっとうだべ。前に言ったけんどお役人で、今日は町を視察してたんだべ」

「さ、こっちですよ」




 お祖父さんに案内されて着いたのは、なんというか日本のちょっとしたお屋敷って感じの家だった。

 ここがキクコちゃんが生まれ育った家か。


 玄関に入ると、二人の女性が待っていた。

「いらっしゃいませ。さ、どうぞどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 キクコちゃんと同じ金髪で、顔つきもそっくり。

 キクコちゃんはお母さん似なんだな。

「あらあら、こりゃまたいい婿さんだべな」

 白髪の女性、キクコちゃんのお祖母さんがそんな事を言った。


「婿じゃねえべ、あたすがお嫁に行くべ」

 キクコちゃんがそう言うが、

「そんな、そうなったらモロボシ家はどうなるんだい」

「隼人さんも諸星だべ」


「こら、今さら家督などええだろが」

 お祖父さんがそう言ってくれたが、

「何言ってるべか。だいたいあんたは初代陛下の頃から続いているモロボシ家が終わってもええんかい」

「孫はあと九人いるし、儂の弟たちの孫もおるんだから終わらんわ」

 さっきいたのが三人だったからあと六人いるんかい。

「そりゃ皆可愛い孫だけんど、嫡流はキクコだべさ」


 この世界、男性が跡継ぎって訳じゃないのか。

 だから与吾郎おじいさんもすんなりかどうか知らないけど婿養子になれたのかな?

 というか初代陛下の頃って二千七百年前だろ?

 そんなに続いてるんだ。


「母さん、無理言っちゃいかんよ」

 そう言ったのはやはり与吾郎おじいさんに少し似ている四十代くらいかなって男性。

「あ、お邪魔してます」

「いえいえ。隼人さんだね、キクコの父です。さ、どうぞ」



 リビングに通された。

 つかここは洋風って感じだ、木のテーブルに椅子。

 食器棚に暖炉みたいなのもあった。


 そしてキクコちゃんはどこかへ行ったが、皆さんが席についた。

「俺も陛下から聞いたよ。だが言うなよ」

 お父さんが皆さんを見渡して言った。


「分かっとるわい。しかし神器があの山にあるとはなあ」

「危なくないべか、陛下やボルスさんですら気づかんような相手じゃ」

 お祖父さんとお祖母さんが

「そうだな。俺もそこは気になるが」

「ふふふ、勇者様ならあっという間にでしょ」

 お母さんが笑みを浮かべて言うが、


「ははは……」

 もしそんなヤバいのがいたら、俺じゃどうすることもできないって。


「さ、できたべさ」

 キクコちゃんが大きな鍋を持って戻ってきた。

 って、あ。

「それ、ポトフ?」

 見た感じからそう言うと、

「そうだべ。あっちで作り方教わってたんだべさ」

「そうなの? けど肉食べちゃダメなんじゃ?」

「これモドキ肉だべ。あたすが作ったべさ」


「え、そうだったの? たしか」

「あれから修行しなおして、大きいのもできるようになったべ」

 そうだったんだ。


「いや、味も殆ど本物と同じなんだよ」

「それが評判になってキクコにお願いしに来る人がたくさんいて、今は予約制にしてるの」

 ご両親がキクコちゃんを見つめて言った。


「え、たしかボルス様でも完璧には無理って」

「たぶんだけど、あっちでたくさん食べてたからイメージしやすくなったんだべ」

 そういうものなのか? 


「キクコ、早く婿殿に食べさせてあげるべ」

 お祖母さんが促すが、まだ婿じゃないです。


「んだ。隼人さん、どうぞだべ」

「うん……うう、美味しい」

 もう二度と食べられないと思ってただけに、余計に美味く感じる。

 やばい、涙出てきた。


「ふふふ、胃袋は既に掴んでるようだべな」

「まあ、爺馬鹿かもだがキクコはたしかに料理上手だからなあ」

 お祖母さんとお祖父さんが笑みを浮かべて言う。


 その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る