第25話 これからの日常
一琉が自宅に同居人を迎え入れた翌日の朝。彼は背中に何やら硬い感触を覚えながら、ふと目を覚ます。まだ寝起きの状態で脳の働きはすこぶる
その記憶が正しいのであれば、ここは自宅のリビングだ。視線の先にも見慣れた天井があるので、間違いはないだろう。ただ、そこには布団も何も敷かれておらず、今までフローリングの上で
結局のところ——
昨日は蘇生をしてからも、ずっとHP1のままだった。その間は生理現象も生じないため、介護等をしてもらう必要は全くない。ただ、そんな身動きも取れない状態で残っていた情報交換を終えると、白菊の方は彼を放置して個人的な作業へとさっさと戻ってしまっていた。
その反面、一琉にできることは何もないため、無駄な時間を延々と過ごすしかない。知り合いのヒーラーを呼んで助けてもらうという手段も確かにあったが、さすがに一日に三度目はあり得なかった。
また、白菊がこの家にいることに関しても、説明がかなり困難だ。そのため、どうしても自然回復の道を選ぶしかなかった。
そして、そのまま夜になって少女に毛布だけ掛けてもらうと、いつの間にか意識の方を失ってしまう。その後、一晩が経過して身体は全回復したようだが、気分の方は未だに瀕死の状態だった。
そもそも——部屋の主である自分が、何故こんな
それでも、なんとか気を取り直して立ち上がると、まずは空腹を満たすためにキッチンへ向かおうとする。ただ、そこで全身に妙な違和感を覚えて、思わず小首を傾げていた。
次いで、何気なく自分の髪に触れたところで、その理由がすぐに分かる。
「あ、そっか……昨日は風呂にも入れてなかったからな……」
そんな小さな独白をすると、今度は自らの体臭を気にし始めていた。昨晩のような瀕死の状態では、とてもではないが浴室まで辿り着くことはできない。そのため、今の自分はやや不衛生とも言える状態だった。
その反面、白菊の方は普通に入浴をして、清潔な状態で
ただ、白菊に奪われた個室へと何気なく視線を移したところで、不意に昨日と同じ感情が心の内に生じる。そして、その顔に改めて諦念を浮かべていた。
「……まぁ、はなちゃんも昨日まで大変だっただろうし。疲れてまだ寝てるみたいだから、起きてくる前にシャワーだけでも浴びておくか。さすがに、臭いとか言われたくないからな……」
それだけ呟くと、近くに積まれていた衣類の山から着替えを選ぶ。次いで、それ持って洗面所の方へと向かっていた。
すると、その途中——
「——!」
無造作に投げ捨てられている衣服を床の上に発見して、一琉は思わず足を止める。それは、昨日まで白菊が着ていた白いワンピースで間違いなかった。
「これって……例の連中とやらに支給されたものだから、もう着たくないとか言ってたっけ……」
確かに、その心理は一琉にもよく分かる。だが、ここでその代替手段のことも思い出し、一気に肩を落としていた。
「……昨日のうちに、ネット通販で代わりの洋服は買ってもらったけど……足りなかった分は、自分が立て替えたんだよな。やっぱり、これからの生活……金銭的にヤバくなってきそうだよな……」
現在、一琉の脳内には、そんな懸念だけが充満している。ただでさえ金欠なのに、これから問題なく暮らしていけるのだろうか。なんとかしたいところだったが、その点は白菊の協力がどこまで得られるかに掛かっていた。
「……一人で考えていても、仕方がないか。はなちゃんが起きてきたら、そのことについても話し合う必要が——」
が——その独白の途中のことだ。
急に、ガチャリと個室のドアが開く。
「——ん……?」
と、一琉が何気に視線を向けると——
そこには、眠そうに目を
「……んー……? あー……おはよ、一琉君……」
ただ、一方の彼はその様を見て——
「——って……ええ……⁉」
一瞬だけ慌てふためいたあと、完全に硬直をする。そして、寝起きの少女から視線が全く外せなくなっていた。
今の白菊は、上にサイズの大きいワイシャツだけを羽織っている状態だ。以前、一琉が別の飲食店にアルバイトで在籍していた頃、そこで使用していたほぼ新品の衣服だった。
昨日からの同居人は、例のワンピース以外何も持っていない。そこで、とりあえず彼が寝間着代わりにそれを貸していた。
そのこと自体は、特に何も問題はなかったのだが。そもそも寝相が悪いからなのか、起き抜けの白菊は着衣がかなり乱れている。前のボタンを一つもとめておらず、ワイシャツの合わせ目から薄いピンク色の下着が丸見えの状態だった。
だが——まだ寝ぼけている少女は、今の自身の姿に全く気づいていない様子だ。
「……あー、ごめんねー……先に洗面所の方を使わせてもらうから。朝シャンとかは、そのあとにしてね……」
「……ッ……⁉」
「……じゃあ、そういうことでー……」
それだけ言い残すと、そのまま浴室の方へと消えていく。一方の一琉はなおも呆然としていたが、しばらくして何やら挙動不審な反応をしていた。
「……えーと、まぁ……なんていうか、その……うん。役得……? 眼福……?」
ただ、そんな風に呟いた直後のことだ。
突然——
「——ッ……⁉」
洗面所のドアが再び開き、一琉は反射的にそちらへと視線を移している。
すると——
「………………あ……」
そこには頭部だけを外に出し、顔を真っ赤にしながら
そして——
できる限り声を抑えながらも、少女は力一杯に叫ぶ。
「……ちゃんと——状況を適切に判断して……すぐに視線を逸らすなり、なんなりしてよッ! バカ——————ッ!」
その直後、おもいっきりドアを閉めて洗面所の奥へと引っ込んでいた。
なんにせよ、このあまりにも理不尽な言動に——
「——⁉」
一琉は絶句するしかない。
また、最後の一言で——
「——ッ——⁉」
彼はお約束通りに即死をすることになっていた。
その後、しばらくして無事に復活の方を果たすが、昨日と同じ瀕死の状態へと逆戻りになっている。このあまりにも
なんにせよ、今日は平日の月曜日だ。必修の科目が入っているので通学する必要があったが、これではもう不可能だろう。何も伝えなくても友人が色々と
とにかく——今回は、なんとかなるだろう。だが、こんなドタバタ劇が今後の日常になるのだろうか。その場合、単位や家計は大丈夫なのだろうか。彼の脳内では再び様々な懸念が駆け巡っており、身動きが一切取れないまま、延々と思考の
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