ポケットにダンジョンが出来ました

藍色なお

第1話

「寒っ」


 職場を出た瞬間に吹いた風に思わず声が出た。


 立春が過ぎ暦の上では春だが、昔の人はこれでよく春を感じられたものだと感心する。

 絶対に今が一番寒い時期だと思う。

 そして、個人的に一番嫌な時期でもある。


 1月頃から始まるチョコレートのCMを見る度に、″リア充爆発しろ″と言う由緒ある呪文を吐き出すのが、今年いよいよ三十路を迎える独身男の正しい在り方だろう。


 元々は女性から男性にチョコレートを渡して告白するイベントだったらしいが、昨今ではパートナーとのラブチョコ交換イベントと化しているのだそうだ。


 2030年頃には、告白はSNSやらメタバース内が主流となっていたので、バレンタインに告白なんて事は廃れてしまったのだと先週のバレンタイン特集で言っていた。


 しかし、製菓業界としては売上に直結するので、友チョコやら自分へのご褒美チョコだとか色んな販売戦略を経て、愛チョコにたどり着いたのだとか。


 ま、色んな理由付けがないと愛情を示せなシャイな日本人には必要なイベントなのかもしれないが、少子化対策にはならなかったみたいだ。


 子ども家庭庁なるものが出来ても、結局は人口減少に歯止めが付かず、2040年頃には合計特殊出生率もいよいよ1人を割るかどうかとなっていた。


 そりゃ、そうだ。

 既に子供がいる人に手当てや補助金を出したからって、もう1人産もうってなるかどうかは別問題だろう。


 また、独身からすれば、手当てくれるから結婚して子供産もうって思う人がどれだけいるのやら。


 根本的な問題が何も解決していないのだから、GDPも右肩下がりで2040年頃には円安とインフレが加速し、日本経済は破綻寸前とも言われていた。


 だが、その時、世界中を震撼させる出来事が起こった事で、日本経済……いや、世界経済は未曾有の状況へ向かったのだった。


 そして、その世界中を震撼させた出来事により、2066年の現在、カースト制度のような物が自然と出来てしまったのだ。


 だから、カースト下位に所属する俺はモテないのは仕方ないのだが、これだけは言いたい。


「バレンタインなんて大嫌いだ」


 ボソリと呟いてから、誰かに聞かれなかったかキョロキョロと不審者の動きをしてしまう。

 だが、深夜に近い時間帯のため、情けない独り言を聞く者はいなかった。


 地方の中小企業では、絶滅したと思われたブラック企業が未だに存在している。

 いや、再発したと言う方が正しいのかもしれない。


 俺の働く会社もサービス残業は当たり前、休日出勤をしても振替休日は貰えず、有給休暇なんて存在しないと言う典型的なブラック企業だ。


 だが、労基署に訴えたとしても、その後は仕事の無茶ぶりやパワハラやらで、結局は辞めるしかなくなるのは目に見えている。


 そして、再就職先もブラック企業しかないのだ。


 それと言うのも、カースト下位の人間は例え有名大学を卒業しても就職先が限られるからだ。

 だから、地方の国立大を出ただけの俺はブラック企業だと解っていても、そこで働くしかないのだ。


 同級生にはフリーターや日雇い労働なんてヤツもいるので、正社員として就職出来ただけでも御の字なのだ。


 15年ほど前に起こったあの出来事は、日本経済を救ったと言える高度経済成長をもたらしたが、俺からすれば最悪の大恐慌が起きたような物だ。


 その出来事とは、異世界との接触によるダンジョンの発生である。


 ちなみに異世界は日本人が思うところのオーソドックスなファンタジー世界らしいので、魔法が存在しているし人間以外の種族もいる。


 あの日の事はよく覚えている。

 当時中学生だった俺は、両親のコレクションで読んだ異世界転生とかのファンタジー物にハマっていた。


 ネット配信で古いアニメを見たり無料の漫画アプリを徘徊していた結果、あの世代がかかる病を発症していたので、最初にダンジョン出現のネットニュースを見た時は「チートを貰って冒険王に俺はなる!」なんて叫んで母親に爆笑されたもんだ。


 ま、結果はチートどころか能無しノースキルとして、冒険王どころかダンジョン探索者の資格すら取得出来ない、カースト下位だったんだがな。


 専門家によると、ダンジョンが発生したのは異世界と地球世界の次元が重なり、時空間に穴が開いたせいだとか。


 通常は次元が重なったところで穴が開く事はないのだが、その時の太陽系の星の並びが魔法陣的な因子を帯びてウンチャラカンチャラと言われても理解不能なので、地球人にとっては地動説から天動説に逆転したようなパラダイムシフトが起きたと理解しておけば良いと思う。


 世界各国の首脳陣には、ダンジョン発生前から異世界からの接触があったようで、その対策やら何やらは概ね出来ていた。


 そのため、実際にはダンジョンが発生する前に全世界で一斉に公式発表があった。


 一部の国で暴動が起きたりして平穏にとまではいかないが、概ね受け入れられたのも精神を落ち着かす魔法が使われたかららしい。


 異世界からの使者がもろ天使って感じの見た目だったのもあったのか、キリスト教圏の人達がメチャクチャ張り切ったとか言われている。


 暴動が起きたのは貧しい人々が混乱に便乗して盗みをしたとか、宗教関連で自分達の神以外を受け入れられない一部の宗教国家の過激派がテロを仕掛けたとか、そんな感じ。


 まあ、全ての人が同じように感じる事が出来ないのは仕方がない。

 テロ指定国家とか独裁政権国家とかの内、異世界を我が物に!なんてアホな事を言った国は、結界で国境を封鎖されると言う科学ではどうする事も出来ない状態になったので、逆らう国は今ではいないのだとか。


 異世界人が友好的で良かったよ。

 それだけの力があれば地球を支配下に置けたと思われる。


 きっと首脳陣もその恐ろしさが理解出来たから、異世界人の申し出を受け入れたのだろう。


 異世界と行き来するのは、極限られた人だけなので、実際に異世界人を見たのはマーズリュース友好条約の調印式の様子が放送された時くらいだけどインパクトは絶大だった。


 翼の生えた金髪碧眼の美男美女が空から降りて来て、全世界の言葉を翻訳なしで喋ったのだから。


 これも翻訳魔法だってさ。

 異世界言語理解はテンプレだよなと、同志達と盛り上がったものだ。


 ちなみにマーズリュースとは異世界の名前で、日本で言うところの地球と同じような意味だ。

 恐らく異世界では地球友好条約みたいな言われ方になるのだろう。


 ネットでは、異世界人は地球人のふりをしてダンジョンに潜ってるとか、世界中に一般人として紛れ込んでいるとかの都市伝説もあるが、政府からは否定も肯定もないので、俺は肯定派だ。


 ケモ耳娘に会ってみたいと言う、ささやかな夢くらい見させてくれ。

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