冒険者の悩み


雨天の森の中、冒険者のような装備をした五人のパーティが、角の生えたウサギの群れに対して苦戦を強いられている。パーティは上手く連携して一匹ずつ狩っているが、ウサギは次から次へと迫ってくる。


パーティは大盾を構えた筋骨隆々の男性が先頭に立ち、攻撃を受け、剣士風の黒髪の少年が切り込み、弓を使う軽装の女性が余りをカバーし、魔術師の痩せた女性が数秒後ごとに火の玉を放ち、隙を与えず、最後にヒーラーの神官の服装をした少女が味方の傷を癒すという連携をとって凌いでいる。


剣士の少年は、突進に失敗したウサギの首を狩りながら思う、何でこんなにホーンラビットが多いのか、普通は多くても三匹くらいなのに、スタンピードだろうか、じゃあなんでホーンラビットだけなんだ? もう二十匹近くのウサギを狩っているが、一匹も他のモンスターを見ないと。


「おい、撤退するぞ! 俺が殿をするから、ビルゴを先頭に撤退だ!」


ホーンラビットの攻撃の流れが弱まると、大盾の男性が仲間に指示を出し、名前を呼ばれた剣士の少年がヒーラーの少女の近くまで行き、頷く合図を送り撤退を開始する。道中もホーンラビットの襲撃に遭い、パーティはボロボロになりながら街を目指していく。


「リリィ、タブロフばかりではなく、僕達にも回復してよ」


襲撃が来ない間に小休憩を挟んでいると、ビルゴが大盾の男性に回復魔法を唱えている神官の少女に言葉を投げる。殿を務めたからか大盾の男性は体のあちこちに傷があり、盾もへこんでいる部分がある。それを少女は心配そうな表情をしながら詠唱しているが、ビルゴの言葉に拒絶を示す。


「駄目です、タブロフさんの方が傷が多いので、タブロフさんが優先です」


その言葉に少年は苛立ちを覚えながら、了承する。だが心の中で不満を募らせながら思う。なぜ、頑張っている自分達にも回復をしないのか、タブロフと同様にこっちもボロボロなのに、タブロフを贔屓しているのではないのかと。


小休憩を終えると、また街に向かい始めるパーティ。幸いにも今度は襲撃に遭うことは少なく、無事に森を抜け出し、パーティはずぶ濡れになりながらも冒険者ギルドに事の顛末を報告し、報酬を山分けにして解散する。


ビルゴは宿で一休みすると、外に出て街の街路路を小雨に濡れながら歩き、考える。なぜリリィは回復魔法を掛けるのをタブロフを優先したのか、なぜ自分達はあんなにも苦戦を強いられたのか、もっと早く撤退は出来なかったのかと。


足は自然と教会の方に向かい、しばらく歩くと尖塔が目立つ石造りの教会が見えてくる。ビルゴは細身で引き締まった体を気だるげにしながら教会のドアまで近づき、開ける。中には数人の人が長椅子に座り、祈りを捧げる人と修道女と話をしている人がいる。


ビルゴは話している修道女に声を掛け、懺悔がしたい旨を伝え、修道女も快く了承し、司祭を呼びに行く。司祭が来るまで先に壁で仕切られた懺悔室に入る。しばらくすると格子付きの小窓から、司祭が入る音が聞こえ、告解が始まる。


「主神の慈しみに信頼して、あなたの罪を告白してください」


司祭が入るまでは緊張した顔をしていたビルゴだったが、司祭の落ち着いた男性の声が聞こえると落ち着きを取りもどす。そのままの感情でビルゴは罪を話し出す。


「今回が初めての告解です。私は今日仲間と一緒に依頼で冒険に出ていたのですが、途中魔物の大群に襲われて、ボロボロになりながらも撤退しました。撤退の途中に小休憩を挟んで、仲間が他の仲間を回復していたのを見て自分も頼みましたが、断られてしまいそれが腑に落ちません、そもそもなぜあんな大群に襲われたのか、もちろん無事撤退できたのも仲間のおかげではあると思います。でもこの悩みが頭から離れないのです……。今日までの主な罪を告白しました。赦しをお願いします」


話しながらビルゴの表情は曇っていき、部屋内に重い空気が漂う。司祭は相手の言葉が終わるまで沈黙を保ち、終わるとゆっくりと話し出す。


「そのようなことがあったのですか、大変でしたね。私は冒険のプロではありませんから魔物ことは分かりません。ですが、お仲間のことで一つあなたに助言をするなら、あまり求めすぎないことです。お仲間はお仲間でそのときの最善の行動がそれだった、その結果助かったならそれで良いのですよ。それ以上を他人に求めても仕方がないでしょう? 私も部下には必要最低限のことをしてくれればそれ以上は求めません。さあ、主神の祈りを三回唱え、帰ったら十分間、主神に感謝してみましょう」


ビルゴは両手の拳を強く握りながら座って聞いていたが、話を聞き終えると不思議と納得のいくような思いが湧いてきて、手の力が弱まっていく。そして司祭は言葉を続けて赦しの言葉を発し、ビルゴも定型句を唱える。


「わたしは父と子と精霊の御名によって、あなたの罪を赦します」


「主神の恵みを我らに」


「主神に立ち返り、罪を許された人は幸せです。ご安心ください」


「ありがとうございます」


司祭が最後の言葉を言うと、ビルゴは礼を言って、静かに部屋を後にする。そして礼拝堂で三回祈りを唱えると教会を出る。最初は緊張した様子のビルゴだったが、今ではどこか安心した顔をして清々しい晴天の空の街を歩いていく。


「求めすぎないか、確かにそうだな」


ビルゴはふと立ち止まり、ぽつりと司祭の助言のことを思い出し、考える。確かに自分は仲間に求めすぎていたのかも知れない、仲間も精一杯やっているのだしこれからは求めすぎないようにしよう。魔物のことは熟練の冒険者に聞けばなにか分かるはずだ、それよりもまず、早く主神に感謝をしないとと。


考え終えるとビルゴは意識を新たにして、心の中で司祭にもう一度礼を言う。そして宿に向かうスピードを速めるのだった。


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