第14話 圧倒
◆
リリギに刀を振らせないことを僕は選んだ。
正面から間合いを消し、わずかな振りで刀を押し込んでいく。リリギはそれを刀で受けるしかない。
刃と刃がかみ合い、押し合いになるのは短い間で、僕は刀を捻るようにして横へ逸らした。
二人の肩と肩が触れ合い、押し合いになる。
「クズリバの指図か」
僕が低い声を向けるが、リリギは反応しない。答えもない。
答えがないのが答えか。
下半身に力を入れて、リリギを押して間合いを取り、また間合いを消しに行く。矢で狙われている以上、近い間合いを維持する必要がある。
僕の都合はリリギにも見えていただろう。機敏な足さばきで間合いを取ろうとする。そんなところは場慣れしている様が見え隠れするが、僕は構わずに逃さずに追随していく。僕とリリギを見物していた人々が声を上げて距離を取った。
刀と刀がかみ合い、鍔迫り合いになるが、僕は改めて捻りにいく。今度はリリギがそれを嫌い、強く押してくる。
それは読んでいたので、リリギの刀を横へ流す。わずかにリリギがたたらを踏んだ。
刀を最低限の動きで捻り、打ちおろす。
命を奪うつもりはない。しかしただで済ますつもりもない。
リリギが手を引こうとしたが、それより先に僕の一撃がリリギの右手首を半ば、断ち割った。
血が飛び、リリギが短く呻く。
よろめいて距離をとるリリギを僕は追わなかった。
やっとリリギの危険を察した射手が、僕に矢を射込んできたからだ。リリギに当たるのも構わないような勢いで、三本、四本と矢が飛んでくる。自分に当たりそうなものは打ち払ったが、足が止まったところでリリギが離れていく。
鬼のような形相でこちらを見ているが、逃げると決めたようだ。ついに身を翻し、こちらに背を向けて駆け去っていった。
僕に矢が射かけられるのもすぐに止んだ。射手も逃げたのだろう。その場には突っ立っている僕と、二人の倒れた男が残された。片方は完全に息絶えていて、もう一方はかすかにまだ息はあるようだ。怪我自体は致命的には見えないが、重傷ではある。
周囲を確認し、もういいだろうと刀を鞘に戻した。斬り合いの現場を見物していた人はこの時点でほんの五人だったが、小さな街だ、僕のことはすぐに話題になるだろうし、これからは目立つことになりそうだ。
街を出なくてはいけないかもしれない。
役人が来ると厄介なので、僕はその場を足早に離れた。この段になっても僕を見物していた男性二人組のそばを通ったが、二人共が引きつった顔で言葉もなく僕を見送っていた。
旅籠へ戻ると、番頭が胡乱げな顔でこちらを見て、次に出てきた女中が「あれぇ」などと驚いた様子で声を漏らした。
「お客さん、顔に血が」
血?
全く気にしていなかった。手の甲で頬を拭うと、確かに手に赤い筋が残った。
「何も聞かないでくれますか?」
こちらからそういうと、ええ、ええ、と女中は笑い、それから「お部屋にいてくださいまし」と僕を促した。
部屋に上がって少し待っていると、女中がいろいろなものを持って部屋にやってきた。水を汲んできたたらいと手ぬぐい、それと簡単な着物一式だった。
「顔を洗ってくださいね。それとお着物も汚れているようですから、こちらにお着替えになって」
「すみません。もし迷惑なら、すぐに出ますが?」
「いいえ、良いんですよ。ですが、明日の朝までだと番頭さんが言ってましたので、それはお許しくださいね」
「何から何まで、申し訳ない」
女中は血を見ても全く臆したところはなかった。同じようなことがこれまでに何度もあったように落ち着いているし、手際が良かった。僕は顔を洗い、ついでに手や腕などをぬぐったものの、そこは汚れていない。女中が部屋を出てから着物を変えた。脱いでみると所々に血が点々と散っている。旅籠へ戻るまでの間もさぞ目立っただろう。こんな客に対して明日の朝までの滞在を許すのは最大の譲歩だと思えた。
部屋でじっとしていると、日が暮れかかった頃に女中が戻ってきたが、膳を運んできている。もう夕食どきなのだ。確かに窓の外は薄暗くなっているし、部屋も似たような暗さだ。全く気にしていなかった。人を切ったからだろう。
「着物は洗っておきましょうか?」
僕が口を開く前に、膳を置いてから明かりを灯しながら女中が言った。僕は彼女のあまりの落ち着きぶりに、笑いそうになってしまった。
「いいえ、処分しておいてください」そう言ってから、自分の着物を示す。「この着物のお代は今、払います」
頷いた女中が躊躇うことなく額を口にしたので、僕はそれより少し多めに銭を渡した。どうもこの街へ来てから、銭は出ていく一方だ。次に落ち着く街では何かしらの仕事をしないといけなくなりそうだ。
銭を受け取った女中が、確かに、と笑みを見せる。
「今日もお酒の方は無しで?」
そう言われて、ナクドのことを思い出した。あの店に置いてきてしまったが、今頃、何をしているだろう。僕の身にふりかかったことを知っているのか。この街を離れる前、明日の朝に挨拶くらいはしておこう。
あの? と女中が訝しげに声をかけてきて、やっとこの場に意識が戻った。
「お酒ですか? やめておきます。明日は早いですし」
左様ですか、と笑った女中は「お茶でもお出しします」と部屋を出て行った。
灯りのぼんやりした光量の中で膳に向かう。簡単に見える料理ばかりだが、この旅籠での食事には満足だった。どの品も手が込んでいて、いい仕事だと思う。女中の対応もだが、不思議な宿である。
女中が急須と湯飲みを手に戻ってきた。
「次はどちらへ行くのですか?」
自然な様子で女中が問いかけてくる。
次か。
「何も考えていません。もう少し、西へ行くと思いますが」
「西へどこまでも行かれるのですか?」
からかわれているのがわかったので、僕も軽い気持ちで笑うことができた。
「地の果てまで行くつもりはありません。その前にきっと、どこかで旅を終えると思います」
面白い方、と女中が手で口元を隠しながら笑う。
僕はお茶を飲み干し、湯飲みを彼女に差し出す。静かに、お茶が注がれていくのを僕は見ていた。
旅の先を考えることはあまりない。
まだ行くべきところは多い。
明日の朝には旅が再び始まるのだと思うと、クズリバの街でやり残したことがあるのが感じ取れる。ナクドには挨拶ができるが、ミズキには難しいだろう。
お茶をすすりながら、灯りを見る。
揺れる光の向こうにも何かが見える気がしたが、幻に過ぎないだろう。
僕が旅の先に見ているものもまた、幻か。
(続く)
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