2話 月照らす停留所

 俺は頬をつねりたくなった。

 こんな深夜にボロバス停で謎の女子と不思議な出会いなど、まるで小説のあらすじのような出来事だ。

 そいつは、呆気に取られている俺のことなどまるで気にならないようで、眠そうにまぶたを擦りながら、小さくあくびをしている。


………。


 気まずい沈黙が続く。

 いや、俺が勝手に気まずく思ってるだけで、相手がどう思っているのかは分からないが…。

 俺もそいつも、一言も口に出さないまま、数秒が過ぎた。俺はついに痺れを切らし、気持ちよさそうに伸びをしていたそいつに話しかけようとした

「なあ、あんた…」

「やぁ、こんばんは!」


 話しはじめるタイミングは完全に一緒だった。しかし、俺がボソボソと呟いた言葉は、そいつのバカ高いテンションの挨拶に遮られてしまった。

 そいつはそのままの勢いで俺にペラペラと喋りかけ始める。

「あぁ、よく寝た!それにしても、こんな時間に他の人と出会うなんてびっくりだなぁ。見たところ、君も高校生でしょ?」

「あ、あぁ…。」

 マシンガンの如く繰り出される言葉に気押されながらも、なんとか返事をする。


( …「君も」って、こいつも高校生なんだな。)


「こんな時間に堂々と出歩くなんて度胸あるね。」

 そいつはにこやかに微笑みながら言った。

 お前こそな、と突っ込みたくなったが、口には出さない。

 こんな変な奴に絡まれるなんて、ついていないな。

 厄介ごとは御免だった。


 少しでもはやくこの会話を切り上げて、どこかへ行ってしまいたい…。そんなことを考えていると


「〜で、」

 それまでずっと喋り続けていたそいつが、急に言葉を切る。思わず、そいつの方を見てしまう。目が合った時、しまった、と思った。


「君の名前は?」

 にこやかな表情で問われ、俺は少し悩む。見ず知らずの人間に名前を教えていいものなのか。ましてや、深夜に偶然出会った人間なのだから、余計に。


「…そういうあんたは?」


 緊張のせいか、だいぶ挑戦的な口調になってしまった。が、そいつはさして気にする様子もなく、「あっ、確かに!」といったような表情を浮かべ、

「そーだね!私は空、高校一年生!」

 と、テンション高く言った。

(高1…俺と同じか…。) 

 相手が名乗ってしまった以上、こちらも名乗らなければならない。やはりまだ少し懸念はあったが、別にコイツに名前が知られたところでさして問題は無いだろう、という結論に至った。

「…俺は樹。高1だ。」

 我ながら、乱暴な自己紹介。

「イツキ!いい名前だね!」

 …反応に困った。「良い名前」なんて、社交辞令でもなければ、人生でそうそう聞くことがない言葉だ。

「それにしても、同学年なんだね、イツキ。」

「そうらしいな。」

 短く、投げやり気味に答えた。

「ねぇ、イツキ」

「なんだよ…」

「ほら、」

 そう言って、手を差し伸べられる。

「よろしくね、の握手!」

「……なんでお前と、」

「お前、じゃなくて、空!」

 はぁ…とため息を吐く。ソラの執念に、完全に折れた。俺は嫌々手を出した。ソラはその手を掴み、ぎゅっと握る。それでようやく満足したようで、

「よし!それじゃあ、またね!」

 と言った。そのまま、俺が来た道とは逆の道を走り去っていった。

 …開いた口が塞がらない、というのはまさに現状を表すのにぴったりな言葉だった。

「…またね、か。」

 ただの別れの挨拶だ。気にすることはない。余計な心配を振り払った。


 やがて俺も、家の方へと歩き始めた。静けさを取り戻した夜が、ゆったりと明けていった。

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