第一章 夕闇に俺と空
1話 夜を歩く
夜。町が寝静まった頃に、俺は家を出る。適当なコートを羽織って、なるべく物音を立てずに玄関の戸を開く。
行き先は無かった。
ただ町中をふらついて、明け方までに家に帰る。眠れない夜はいつもそうだった。
_特に、この数日間は。
母親は看護師だから、夜勤でよく家を空けた。父親はもういない。なので、母親の夜勤の日はいつも俺と妹の2人きりだった。
だが、今は…
続く言葉を振り払う。
「…。」
(あぁ、また余計なことを思い出しちゃったな。)
はぁ…とため息を吐いた。白くなった息を目で追うが、すぐに色褪せて虚空に消えてしまった。
静かだった。
見慣れた街並みは時間帯が違うだけで、全く異なる表情を見せた。通学路や高校、家々も、どこか冷たさを帯び、同時に、底の見えない寂しさを感じさせた。
その寂しさが、俺の心のざわめきを洗い流してくれた。
しかし、そんな心の安らぎも、長くは続かなかった。
角を曲がった時、しまった、と思った。
一瞬、足が止まる。
「っ…」
息の詰まりを感じた。目線を逸らし、身を翻した。
すぐに、後悔が襲って来た。
いつもの癖で無意識にこの道を選んでしまった自分を憎む。
(…やっと忘れられそうだったのに)
目線の先、家々を挟んだ先に見えたのは、病院だった。
この近辺で一番大きな総合病院であり、俺の母親が働く総合病院だ。
そして、俺の妹が入院している病院でもあった。
俺は足早にその場を立ち去った。夜の町も、白い息も、もう俺の意識を逸らしてはくれない。
無意識のうちに、呼吸は荒く、歩く速度も早くなっていった。
随分と長く歩いた気がする。
冷えた空気が焦る気持ちを冷ました。歩みは止まった。
俺はそこではじめて、自分が普段よりもだいぶ遠くまで来ていることに気が付いた。
そこは、市街地の外れ。畑や水田の中に、寂れたバス停がポツリと佇んでいた。
雨除けの小屋の錆びついたトタン屋根は、三日月の下でほのかな懐かしさを含む神秘性を帯びている。
自然と、足はバス停へ向かっていた。月の光がアスファルトに反射し、キラキラと光っている。
バス停に着いた時、やっと思い出した。
昔ここに来たことがあったんだ。
自然と微笑みが浮かんでいた。
「懐かしいな」
そう、あれは確か…
カタリ
雨除け小屋から、音が聞こえた。
俺は驚いて振り返った。
こんな時間に出会うなんて、警察か、それともヤバい奴か…。どっちにしても最悪なのは確かだ。
しかし、俺の予想はかなり良い形で裏切られた。
「んー……、…うん?」
小屋の中には、俺と同じ年頃の女子が一人、今にも壊れそうな木製の長椅子に腰掛けていた。
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