第14話 裏路地の涙
弔いの儀を終えた日、一座はパラーンタカに立ち寄った。物資の補給のためだ。
漁業や川を介した通商で昔からそれなりに栄えている街だという。実際、通りはどこも賑やかだった。
「宿は高くつくから野営にはなるが、久々の街だ。皆、好きに過ごすといい」
ドゥルクが言うや、若者たちがさっそく楽しげに散っていった。つられたようにどこかへ消えようとするアナンターの手をディーパが引き戻す。アナンターは不満げに頬を膨らませた。
「お菓子が欲しい。ぐるぐるしてて甘いやつ」
「よしよし、父さんが買ってやる」
「わあい」
破顔するアナンターをドゥルクが抱き上げる。そのまま人混みの中に消えた。広場の方から漂う甘い香りをたどってゆくのだろう。
ディーパが苦笑ぎみにジャニとダルシャンを見やった。
「あの子、森や野原はともかく、街だとすぐ迷子になるんだよ。ま、あの人がついてりゃ安心かね」
ジャニは小さく頷いた。確かにアナンターは、まさしく野の子どもという風情である。まあ、森の女である自分も人のことは言えないのだが。
「私こそ迷いそうです」
ジャニが言うと、ディーパは片眉を上げて笑んだ。
「そうだ、あんたたちはここ、初めてだったね。いい店に案内してあげようか」
「ぜひ頼みたいところだ」
ダルシャンが申し出を受ける。ジャニも頷いた。人通りの多い場所だから元よりさほど目立ちはしないだろうが、三人連れでいた方が人捜しの要件には引っかかりづらいだろう。
ディーパは衣の裾を機嫌よく翻した。
「そうと決まりゃ、ついておいで」
※
ディーパの後についてしばらく歩いた。毎年来ているからか、ディーパは入り組んだ通りを迷いのない足取りで進んでゆく。道をまたぐように物干しの縄が張られ、洗濯物がたなびく路地。魚の匂いが漂う加工場の中庭。女たちが集まって花輪を編んでいる井戸端。それらを通り過ぎたところに小さな食堂や酒場の並ぶ通りがあった。
「あそこのおかみが前々から知り合いでね……」
ディーパは何軒か向こうの店を指す。その言葉はしかし、途中までしかジャニの耳に入らなかった。すすり泣く幼い声が通りの向こうから聞こえてきたからだ。
(……あれは?)
思わず立ち止まり、声の方を見やる。人通りの向こうにあるのは一軒の酒場。その店先に大柄な男と少女が座っていた。
泣いているのは少女の方だ。年のころはアナンターと同じくらい、つまり十歳かそこらだろう。がさがさの髪を三つ編みにして、汚れ果てた粗末な衣をまとっている。膝の上で手を握り締めて涙する少女に向かい、酔っているらしい男が卓に拳を打ちつけてがなり立てた。
「べそべそ泣くな! 黙って食え!」
男の声に少女はますます身を縮める。大粒の涙が手の甲を濡らす。痛ましい姿にジャニは凍りついて動けなくなった。
「――どうした?」
気づいたダルシャンとディーパが戻ってきた。ジャニが黙って指さす先を見て、ダルシャンもまた顔をしかめた。
「あれは親子か? 自分の娘にあのように当たるとは」
「……違うね」
ディーパの声は低かった。冷たさを含んだ声色に、ジャニとダルシャンは思わず振り向いた。
「あれは人売りだ。あたしには分かる」
「人……売り?」
信じがたい言葉を
「
ダルシャンの黒い目が怒りに燃えた。彼は人混みを縫い、まっすぐ男と少女の方へと向かってゆく。朗々とした声が通りに響いた。
「そこの者。今すぐその娘を引き渡せ。人身売買はプラカーシャの法に背く大罪だ」
顔を赤くした男は目をすがめ、ゆらりと立ち上がる。腰で大振りの剣がかちりと鳴った。
「なんだぁ? 貴様」
「その娘を引き渡せと言っている。俺が親元へ帰す」
「若造、うちの売りもんを渡せってか。ただじゃ済まさねえぞ!」
酔っているせいか、滑稽なほどに早く自白した男は、酒くさい唾を飛ばしてダルシャンに吠えかかる。周りの様子は見えていなさそうだ。ジャニは咄嗟の判断で、泣いている少女のそばに駆け寄った。
「こっちです」
そっと囁きかけ、少女の腕をつかむ。ぽかんとしている少女の腕を引き、そのまま人混みにまぎれようと走り出した。だが人売りの男がすぐに気づいてしまった。
「お前ッ! 逃げるな!」
男は太い剣を抜き放って追ってくる。その足元をダルシャンが払った。男はもんどりうって転倒する。通行人が悲鳴を上げて散ってゆく。ディーパが血相を変えて駆け寄ってきた。
「何してるんだい、あんたたち!」
「この子を助けます。逃げなきゃ、早く!」
「行くぞ」
男を締め上げて落としたダルシャンが少女を抱き上げ、走り出した。ジャニも後に続く。ディーパは焦燥に唸ったが、結局追いかけてきた。
人混みを縫い、路地を抜け、
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