後 編

 この意見はデジラニ軍曹から出された。彼は、サガラ軍曹とは仕事上の付き合いがいくらかあるくらいで、チドリ嬢とは夏に一度顔を合わせただけだった。個人的に二人についてよく知っているわけではない。だが、二人と親しいSRT要員が同僚との雑談時に話題にしたのを、たまたまその場に居合わせたために小耳に挟んだのだ。


 二人が確実に恋人とならない限り、まだまだ安心はできない。彼の抱いた懸念は、すぐに確信に変わった。


 なにしろテスタロッサ大佐は、可憐で健気で一途でチャーミングでいじらしくて純粋で気だてが良くて温厚で柔和で品があり(中略)愛らしく魅力的だ。そんな大佐殿が、チドリ嬢と恋仲になれないまま傷心してふと振り返ったサガラ軍曹の目に映り、改めて恋心が芽生えるようなことがありはしないだろうか。つまり、一度破局したからといって、いつ焼けぼっくいに火がつくとも限らない、というのがデジラニ軍曹の主張だった。


 焼けぼっくいに火がつくという表現は、大佐と軍曹が恋人だった事実はないためまったくの誤りではあったものの、主張内容に気を取られてしまった一同の中に、つっこむ余裕のある者はいなかった。


 お祝いムードは一転して、いかにして大佐殿を軍曹から確実に引き離すかを論じる場となった。そして論争の末、早急に無理矢理にでもサガラ軍曹とチドリ嬢を自他共に認める恋人同士に仕立て上げてしまおう、という計画が出されたわけである。


「会長のボーダ提督からは承認を得た。また、オブサーバーであるスカイレイ元米軍中将および他三名からも、早急に実行するようにとの強い要求があった。よって、来週末に作戦行動を起こすことを執行部は決定した。以後、本件の名称を『7A作戦』とする」


 拍手が湧いた。大佐殿をサガラ軍曹ごときに渡してなるものか、という考えは皆に共通している。


「詳細については現在立案中であるが、我々は強力な援軍を得た。交渉の末、『サガラ軍曹とチドリ嬢の仲を暖かく見守る会』、略称『宗かな会』が本作戦を全面的に後方支援してくれることになったのだ。会を代表してシノハラ軍曹が同席している」


 ゴダートが最後尾の片隅で壁にもたれている日系女性を指し示す。皆の視線が集まると、シノハラは軽く片手を振った。


「なにしろ『宗かな会』には女性隊員が多いので、このバックアップは立案する上で女性視点の参考に非常に重要である。『宗かな会』会員とは良好な関係を保つようにしてほしい」


 一息入れながら、ゴダートは改めて室内を見回し、目的の人物を捜す。見つけられずにいると、シノハラが人差し指で自分の足元を指さしているのに気付いた。


「さて、本作戦の実行部隊だが、ウェーバー軍曹とカスヤ上等兵を選出した」


 ゴダートの合図で、シノハラの隣にしゃがみ込んでいた金髪と黒髪の二人が立ち上がった。金髪の青年はにへら~と笑い、黒髪の青年は居心地悪げな表情で会釈する。


「東京の地理に明るく、日本語が堪能で、且つサガラ軍曹とチドリ嬢に無理なく接触できる者となると、人員はかなり限られてくる。この両名が最適であるのは諸君らも納得することだろう」


 どこからともなく不満げな声が挙がった。


「クルツは会員じゃないじゃないですか」

「確かにウェーバー軍曹は当会の会員ではないが、『宗かな会』の顧問をしている。ましてやサガラ軍曹にいろいろと吹き込めるのは彼を置いて他にいない」


 あちこちで


「まあ確かにそうだけどよ」

「サガラは人付き合い悪いからな」

「クルツで大丈夫なのか?」

「適任っていや適任じゃねえの?」


 などと好き勝手に言い合う。それでも徐々に容認するムードになっていった。


「尚、この二人には成功報償として、大佐殿の写真販売を一手に引き受ける権利を、一か月間の期限付きで与えることにする」


 途端に激しいブーイングが上がった。クルツとカスヤのすぐそばに少しばかり血の気の多い者がいて、当人たちに掴みかかろうとして周りに取り押さえられるという一幕もあった。


「静粛に!」


 ゴタート大尉が大声を張り上げる。


「本作戦の重要性と難易度を鑑みれば、妥当な報酬と考えられる。異議のあるものは、先の両名よりも適切と思われる会員の名を挙げろ」


 確かにこの二人以上に適切は人物は存在しない。一同は不満ながらも認めざるを得なかった。ざわざわしていた場がどうにか静まっていく。


「なお、テスタロッサ大佐とサガラ軍曹を取り持とうと図っている連中、つまり『ソーテッサ派』には、決して本作戦が漏れることのないよう留意せよ。当会の存在がマオ少尉に感づかれている節があり、またサントス少尉がなにやらかぎまわっているという報告もきている。SRTおよび輸送隊に属している者は特に気を付けてくれ。また、チドリ嬢の信奉者の存在も忘れてはならない。水面下で組織ができているという情報があるが、いまのところメンバーについては判明していない。くれぐれも日頃の言動に気を配ってくれたまえ。以上だ」


 注意事項まで述べ終えると、ゴダートは伺いを立てるように横に座る上司に視線を向けた。


「いいかね」


 マデューカス中佐がおもむろに片手を上げた。


「はっ、どうぞ」


 ゴダートがスチール机から数歩後方へ退くと、彼のいた位置に中佐が進み出た。


 マデューカスは後ろ手になると、眼鏡の奥の鋭い目で室内をぐるっと見渡した。自然と皆の注意が集まり、緊張感が生まれる。


「諸君、『7A作戦』の実行は最優先事項である。我々は全力をもって本作戦を遂行し、必ずや成功させねばならない。本作戦の成功は、サガラ軍曹という悪魔の手先から大佐殿をお守りすることになるのだ。大佐殿は知的で分別のあるお方だが、なにぶんにもまだお若い。ときには悪魔の誘惑に負かされそうになることもあるだろう。そのようなときこそ我々の出番である。なんとしてでも我々の女神をお守り申し上げるのだ。これは女神の騎士たる我々の使命である。使命を果たすために、我々は我々にできうる限りのことを実行する必要がある。テスタロッサ大佐がさらに光り輝く存在となることこそ、我々の望みだ。大佐殿にさらに高みに登っていただくために、我々は努力を惜しんではならない。大佐殿に尽くすのだ。そうすればやがて大佐殿は女神の中の女神となる。とこしえに我々を導き、我々に微笑んでくださるだろう。本作戦は、その足掛かりとなるのである。諸君、我々は一致団結して事に当たろうではないか」

「おーーーーーー!!」


 一斉に皆の拳が天井に向けて突き上げられた。室内が一気に沸き立つ。今このときこの場にいた者は、総じて高揚した気分に捕らわれ、新たな作戦に向けて結束を固めていた(部外者二名は除く)。


 こうして、『テッサたん萌えの会』は〇三四六時に一月定例会を終了したのだった。




 同時刻、メリダ島から約二五〇〇キロメートル北上した位置にあるトーキョーは、時差マイナス一時間のため現地時刻〇二四六時だった。大多数の者が就寝している時間帯だ。


 作戦対象であるサガラ・ソースケ軍曹とチドリ・カナメ嬢もまた眠りに就いていた。なにも知らず、安らかに、寄り添い合って……。


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オペレーション・セブン・エー 千早さくら @chihaya_sakurai

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