第ニ章 出会い

「そうだ」

 男の子はニヤリと笑った。私は意味が分からなくて戸惑った。

「どういう意味?」

「そのままだよ。あんな親、願い下げだったから、捨ててきた」

「ええ!? そんな、心配してるよきっと」

 私が反射的にそう言うと、男の子はびくりとした。その後、不思議なものを見るような目で私を見てきた。

「……お前はどうしてここに居るんだ?」

「私? えーとね……」

 私は手短に自分の状況を説明した。それをじっと聞いていた男の子は、なんだかだんだん表情が険しくなって、怒ってるようにも、悲しんでるようにも見えた。

「って感じで……。ごめん、何か気に触ったかな」

「お前、そんなことで家出したのか」

「え」

 そんなこと?

 私がこんなに悩んでることが、「そんなこと」??

「信じらんない! なんで、私が死ぬほど悩んでることを『そんなこと』なんて言うの? 子供だからって、許されると思わないで!!」

 男の子は突然叫んだ私にびっくりしたようで、怯えた顔で座席を後ずさった。

 それを見た私は、すぐに我に帰った。やば……なにやってんだろ。こんな小さい子に怒鳴るなんて。私は座席に沈んだ。

「ごっごめん。びっくり、したよね……普段はこんなんじゃないんだけど……私も、混乱して余裕なくて」

「なんでお前が謝るんだよ……」

「怖かったかなって」

「……悪いのは俺の方だろ。」

 私はちらりと男の子の方を見た。男の子はちょっとためらってから言った。

「俺、カケル。宮野カケル。小五だ」

「カケルか、良い名前だね……よろしく。」

 私がなんとなく言っただけの「良い名前」という言葉にも、カケルは動揺したように身動ぎした。

 なんだろう。この子には何か、かなり事情があるような気がする。「親を捨てた」って、家出とはまた違うのかな。なんか言い回しが独特というか。

 そう考えていたその時、バスが停まった。ハッとして私達はバスの外を見た。

 バスの外はいつの間にか真っ暗だった。もう夕食の時間は過ぎただろうな。お母さんなら、警察に通報したりとか、もうしてるかな……。

「着きましたよ」

 前からスズキの声が聞こえた。

「……降りよっか」

 私はカケルに声をかけた。カケルはこくりと頷いた。

 出たところは狭い駐車場だった。外は雨が降っていたが、傘なんて持ってなかったので、スズキが傘を貸してくれた。カケルも傘を持っていなかったが、傘は1本しかなかったので、相合傘することにした。

「カケル、一緒に行こう。ほら、入って」

「なんで?」

「なんでって……カケルが濡れないようにだよ、濡れたら嫌でしょ? 寒いし」

「……」

 私がそう言うと、カケルはうつむいて身を震わせた。

「どうしたの?」

「なんでもない。行くぞ」

「う、うん。あっちょっと、どこ行くの」

 ずんずん歩き出そうとするカケルに傘を傾けながら、私はあわててカケルを制止する。

 カケルは不満そうに足を止めた。私はとりあえず、スズキにここは池袋のどの辺りなのか聞こうと思い、バスの方を振り返った。

「……えっ!?」

 そこにバスは無かった。中にいたスズキごと忽然と消えていた。私はしばし呆然とした。私の声で振り返ったカケルも状況に気づいた。

「おい!! バスないぞ!!」

「わかってるよ!! ……えぇ……どうしよ……」

 私はとりあえず今いる場所を確認しようとスマホを出した。しかし。

「うそ……圏外?」

 池袋で圏外なんてこと、普通あり得ない。スマホの故障? それとも……。

 私はもっとも考えたくなかった可能性に思い至る。

 ここは、本当は池袋じゃない?

 私は不安になり、カケルを放って駆け出した。幸い、駐車場のすぐ前を通りかかる人がいた。とりあえず声をかける。

「あのっ」

「はい?」

 その人は少し気後れするほどに綺麗な人だった。肩で切られたまっすぐな黒髪。清潔感のあるボーダーシャツ。中性的で性別がわかりにくいが、胸を見るに、たぶん女性かな。

「突然すいません、えっと、ここはどこですか?」

 そう言うと、彼女はああ、と声を上げた。

「きみ、ここに来たばかりかい?」

「え、あ、はい」

 ここで、カケルが私に追い付いてきた。どんと乱暴に私の腰をどつく。

「おい、どこいく気だよ、アヤカ。……なんだ? コイツ」

 カケルがいかにも胡散臭げに彼女を見上げる。私はあわてて謝る。

「すいませんっ!!……この子、私の連れというかなんというか……、ちょっと訳ありで」

 彼女は、カケルと私を見比べて一瞬呆気に取られた後、あははと笑った。

「大丈夫。ここに来る人は皆、訳ありだから」


 申し遅れてすまない、私の名前はスミカ。少しややこしい話になるから、私の店に来てくれないか。

 そう言った彼女──スミカに、私は着いて行くことにした。カケルはぎゃんぎゃんと文句を言うがなんとかなだめる。他に行くところもないし。

 それに、と私は思う。彼女の後ろを歩きながら辺りを見回しても、標識も看板も全然見あたらなかった。しかも人の数も(池袋の割には)少ない。どう考えても、何かがおかしいように思う。ここは少々怪しくても、彼女の話を聴いた方がいいだろう。

 スミカは、いくつか角を曲がり、狭い路地にあるバーに私たちを案内した。猫の形をした看板が軒先にぶら下がっている。「Cafe & Bar SUMICA」と洒落た文字で刻印があった。

 スミカは私たちにレモネードを振る舞い、ひと息ついたところで話を始めた。

「きみらは、今日ここに着いたんだね?」

「はい、そうです。その…ちょっと変な人に、連れて来られました」

「そいつは、スズキと名乗った。違うかい?」

 私は思わず立ち上がった。

「あの人を知ってるんですか!?」

「知ってるも何も、実を言えば、私も彼に連れられてここに着いたんだ」

「え!?」

「アヤカ、それに……カケルと言ったね。信じられないと思うが、落ち着いて聞いてくれ」

「は、はい」

 スミカの重たい雰囲気に、私は顔がこわばるのを感じた。

「ここは、きみたちのよく知っている、現実の世界とは違う」

「現実の……世界じゃない?」


 いったい、どういうこと?

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