第一章 畏怖殺し

落ちこぼれの元冒険者

「さてと、お前に一つとても簡単な問題を出そう」


 薄暗い部屋の中、ハンチング帽を被った身長が少し高めの青年はテーブルに置いてあった骨付き肉に齧り付いた。


「ある日突然一人の男が家に訪れてお前を半泣きにする程ボコボコにした。その理由は果たしてなぜか」


 青年はくちゃくちゃと咀嚼音を立てながら、裸で正座をさせられた男に質問をした。


「どうした?シカトしちゃうかんじか。何かしら言わなきゃ残りの歯を全部折って、その後に舌を引っこ抜くぞ」

「な、なんででしょうか、、、」


 男がそう言った瞬間、青年は食べていた肉の骨を男に投げつけた。


「質問をしてんのは俺だろうが。なんでお前が質問してんだよ、殺されてえのか?」

「ごめんなさい!!」

「まあいいや、何かしら喋ったからOKってことで」


 青年は椅子から降りて男の目線近くまで屈んだ。


「お前さ、サーシャって名前の娘覚えてる?」

「サーシャ、、、?」

「知らねえか。そりゃそうだよな、お前は押しかけで襲ったし向こうもお前の名前知らねえし」


 男を軽蔑の目で見てから青年は鼻で笑った。


「三ヶ月前にお前が強盗に入った機械工店の娘の名前ね。お前その子に酷いことしたろ。だからそこの親父がすげぇキレてさ、俺を雇ったってわけだ。意味わかる?おっさん」


 そう言って青年は男をバカにするようにデコピンをした。


「お前を見つけるのに苦労したぜ。目撃情報集めて、お前の名前をお仲間から聞いて、お前の家を特定して。俺ってすごくない?」

「そ、そうなんですか、、、」

「ちなみにこの仕事お前をボコして終わりじゃないから。お前の身内を全員二度とお天道様を拝めなくさせてやるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、男は顔を青ざめて頭を必死に下げた。


「それだけはやめてください!お願いします!」

「どうしよっかな〜」

「許してください!どんなことでもします!」

「冗談だよ」

「、、、え?」


 青年はニヤッと一瞬笑った。


「何そんな必死になってんのさ。俺はそんなあこぎなマネはしねえよ、関係ない奴に手を出さないのが俺の信念さ」

「ああ、、、。なんだ、安心した、、、」

「だからすでに他の奴がその仕事を終わらせた」

「、、、へ?」


 男は青年の一言に固まった。


「ま、待ってくれ!母さんは!?妹と弟は!?何をしたんだ!!」

「さあな、俺は知らねえよ」


 青年は立ち上がって家を出ていく。

 何やら色々と男は畜生だとかクズだとか罵倒しながら泣いていたがそんなことは気にせずに彼はドアを閉めた。

 家の外には仕事仲間二人が待っていた。

そのうちのガタイいい方が機械に使う液体燃料を家の周りに撒いて火をつけた。


「兄ちゃん、いい仕事っぷりだったな。奢ってやるからどっか飲みに行こうぜ」


 男にそう言われて彼はここから近くの酒場に入った。

 テーブル席に座って早速男は店の若い女に青年を入れて三人分の酒を頼んだ。

 注文を終えると男は何かを思い出し、青年の方を向いて話しかけた。


「そういやぁアンタの名前聞いてなかったよ。何て名前だ?」

「ヒカゲだ」


 ヒカゲはジャケットを椅子の背もたれに掛けてネクタイを少し緩めると椅子に座った。


「ヒカゲ?変な名前だな」


 ここら辺ではあまり聞かない少年のヘンテコな名前に男は思わず口角が上がる。


「俺はウォルターだ。んでこっちはチャック。喧嘩が強い方がこの俺ウォルターでヒョロガリがチャックだ。一応チームを作っていてな、他にも仲間がいるんだが今日はちょっと捜索の用事でいねえんだわ。そうだ!お前もチームに入るか?」

「ごめん、群れるのは嫌いなんだ」


 ヒカゲの発言にウォルターは何だこいつはと呆れたようにため息をついた。


「あのなあ、んなこと言ってると今の時代は仕事できねえぞ」


 確かにウォルターの言った通り、ヒカゲの立ち振る舞いと敬語が苦手そうな話し方では一緒に仕事をしたいという人は限られるものであろう。


「前職は何をしてたんだ?」

「冒険者だ。今は日雇いの仕事とかでなんとか食い繋いでいるけどな」

「でも復讐代行がメインなんだろ?こんな汚れ仕事をするなんて随分と落ちこぼれたやつだな。実は俺も冒険者だったんだよ、お前は俺と同じだ」


 ウォルターは酒で酔っているのか、ヒカゲの過去という個人的なことを平気に大声で話す。それがヒカゲにとって不快でならなかった。


「無関係な奴にも手を出すクズと一緒にするな」


 ヒカゲが言ったその返しにウォルターとチャックは大笑いをした。


「そうだ、冒険者といえば」


 ウォルターは酒を飲みテーブルに置く。


「お前さ、どんな能力バースを持っているんだ?もしくは魔法担当?剣術か?」

「俺は魔法も剣術も使えないからバースしか使ってないよ」

「へえ。どんなのだよ」


 ウォルターは興味津々で聞いてきた。

 普通なら能力を教えるのは不利になることだ。だから多くの冒険者は教えることはなかった。

 だが今はもう冒険者などほとんどいない。それにヒカゲのバースは教えたところであまり意味がない物だ。


「、、、まあ教えても大したことないからいいか。俺のバースは触れたものを消すことができる」

「え!?すげぇ!即死攻撃だな!」

「即死?んなわけないだろ。むしろ逆だよ。保存みたいな感じさ」

「は?」


 ウォルターは首を傾げた。


「どういう意味だよ」


 さっきまで特に聞いてなさそうだったが、今はチャックも興味津々だ。


「7つまでしか消せないんだ、だから消すとか言っているけど消しているのは一時的。消したものはちゃんと元に戻さないといけない」


 その言葉を聞いて二人は急にさめたような顔をした。


「ええ、、、。しょうもないな、ただの収納魔法じゃないか」

「しかも劣化版」


 ウォルター達からボロクソに言われたが、そんなの慣れっこだ。


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 ヒカゲは特に好きではない、まずい酒を口の中に含んだ。


「んじゃあ、冒険者だったってことはあのことも知っているな」

「あのこと?」


 ウォルターはニヤリと笑うと顔を近づけてきた。


「お前さ畏怖殺しの斥候に会ったことあるか?」

「畏怖殺し、、、?」


 ヒカゲは首を傾げた。


「はあ?冒険者なのに知らないのか」

「斥候がなんで有名になってんだよ」


 鼻で笑いヒカゲは酒を飲んだ。


「そりゃああんだけヤバいやつならなぁ」

「ああ。そうだよな」


 チャックはウォルターの言葉に頷いた。


「冒険者の時代が栄えてた時、、、。妖魔王がぶっ殺される前だな。その妖魔王をぶっ殺した冒険者達の中にとんでもねえ奴がいたんだ」

「どうせ大したことないやつだろ」

「たしかにそいつは特に強いわけでもねえ、魔法も使えねえ。だが、そいつのヤバいところはここだよ」


 頭の横を指でトントンとウォルターは叩いた。


「誰もが恐れ慄きとてつもなく強大な敵が潜む場所だとしてもちっとも怖がらずに進むんだ。そいつには恐怖なんて脅しにもならないから畏怖殺しと呼ばれていたらしい。本当にイカれた斥候だよ」

「ふーん。そんな奴がいたんだな」


 ウォルターがどんなに真剣な顔で話しても、ヒカゲのリアクションは薄い。


「俺も聞いたことあるぞ!これは本当か分からねえけどよぉ、畏怖殺しは斥候のためにベルトナイフとピストル一丁で妖魔王軍の陣地に向かわされたんだが、せっかくだからってことで幹部達の部屋に忍び込み一晩のうちに皆殺しにしたらしいぜ。アンタ元冒険者なのに本当に知らないのか?」

「知らないし興味もないね」


 チャックの話にもどうでもいいというようにヒカゲは明らかに態度で表した。


「まあ、仕方ねえか。上級者の冒険者達しかそいつを見たことねえって話だしお前みたいな下級感丸出しの冒険者じゃ知らないやつもいるか」

「下級で悪かったな」


 そう言っても特に不貞腐れる様子でもなく、ヒカゲはジョッキに口をつけた。


「ヒカゲぇ〜、知っといてよかったなぁ。お前も夜道は気をつけろよー?畏怖殺しは妖魔王を倒したのに飽き足らず、仲間を殺して失踪したって話だからな」

「、、、はあ?」

「それ以来殺しの快楽に目覚めたのか毎晩うろついては遭遇した冒険者を殺すらしい。そして死体を持ち帰って、家に帰ったら飾って鑑賞するか切り刻んでステーキにするのが趣味らしいぜ。まあ、真実は定かじゃねえから都市伝説ってやつだけどな」


 どこで聞いてきたのか明らかに嘘っぽい話をウォルターはいかにも起こりうると言うように話した。


「それが本当なら今どこにいるんだろ」


チャックは問いかける。


「さあな。けどよ、妖魔王が死んで今や開拓と発展の時代だろ?冒険者なんてとっくに過疎化して襲える奴ら減ってるだろうし、だから仲間連れてどこかの村でも滅ぼして遊んでんじゃねえか?」


 質問にウォルターはそう言って肩をすくめた。


「畏怖殺しねぇ、、、」


 ヒカゲは飲み切ったジョッキの底に映る自分を見ながらそう呟き、ふと窓の外に目をやってみるともうすぐで日が沈みそうなことに気づいた。


「そろそろ俺帰るわ、奢ってくれてありがとな」


 ヒカゲはジャケットを羽織り酒場を出た。

 彼の住む国、ユーオルド王国は相変わらず夜が近いというのに賑やかである。

 常に街の開発が続くため周りを見回せば毎日が新しい風景だ。

 並ぶ建築物の一つに昨日まではなかったのにまた新たに建設作業がされている。


「また増築するのか」


 ヒカゲは呟いた。

 妖魔王が倒された後からこの国を含む多くの場所で開発がされるようになりあれから随分と変わった。

 ユーオルド王国は特に開発が進み、すっかり昔とは変わってしまった。

 数年前の時代に未来では馬のいらない乗り物が煙をふかせながら走るなんて誰が想像できただろうか、未来では電気を使うのに魔法がいらないなんて誰が想像できたのだろうか。そんなことを思いながらヒカゲは街を歩いた。

 そして歩いていれば誰かしらに彼は声をかけられる。


「ヒカゲちゃーん今日こそ遊んでかない?」


 街灯の下にいる派手な服装の女が猫なで声でヒカゲの名を呼んだ。


「何回も言ってるけど俺は女を買うなんてことは絶対にしない。そんなキャラじゃないんだよ」

「冷たいこと言わないでよ」

「それにさ、そもそも俺は金がないんだ」


 ヒカゲがそう言って歩きだしても、その後にまた誰かから声をかけられた。


「お!ヒカゲ!面白え武器作ってみたんだがよぉ、試してみるかぁ?」


 今度は修理屋の店主に声をかけられた。この男は危ないことに趣味で武器を作っているので日陰にとっては正直苦手な人物であった。


「何だそれ、売るのか?」


 ヒカゲは店主が持ってきた筒銃だがメタリックな質感をしている武器を指差した。


「量産できそうなら売るかもな」

「相変わらず物騒な商売してんなおっさん。そんなんだから普通の客来ねえんだよ」

「ガハハ!お前は相変わらず面白え奴だな!」

「笑えねえっての、、、」


 ため息をつくとヒカゲはその場からさっさと立ち去った。そもそも今のヒカゲには行くべき場所がある。

 彼は目的地の小さな店の中を見つけるとドアを開けて中に入った。

 そして、中に入るとヒカゲは椅子に座って何やら作業をしていた男に声をかけた。


「親父さん、復讐の報酬を受け取りに来たんだが」

「ありがとうございます」


 復讐の依頼主は立ち上がると深々とヒカゲに頭を下げる。


「奴は苦しみましたか?」

「ああ、泣いてたよ」

「そうですか」


 依頼主はそれだけ聞くと机の引き出しから袋を出して机の上に置いた。


「どうぞ持っていってください」


 だが、ヒカゲは袋の中から二枚だけ金貨を取り出し依頼主に返した。


「いや、報酬はこれくらいでいい」

「え?でも、、、」

「多分明日ぐらいに俺と同じ仕事をしてる輩が復讐相手の身内を生き埋めにしてやったから金よこせって言うだろうから、それの残り半分を渡しといて」


 ポケットに金貨を突っ込み店の出口に向かって歩き出した。


「無責任なこと言うかもしれないけどさ。娘さん、元気になるといいね」


 一言、ヒカゲは扉を開ける前に言うと店の外へと出ていった。

 この国は腐っている。

 街がいくら開発されても何も変わりはしないのだ、妖魔王が死のうが死ななかろうが関係ない。ヒカゲはいつもそんなことを考えている。

 食べ物をねだる子供、路地裏で見つかる死体、街を走り回る犯罪者達。

 すると噂をすればというようにヒカゲは街道に子供が倒れているのを見つけた。

 だがみんながスルーをしていく。道端で人が死んでいようがこの世間様の人たちは全く気にしないのだ。

 ヒカゲも街の人と同じく倒れている子供の横を通り過ぎた。


 しかし、なぜだろう。

 足が止まった。

 無意識なのであろうか。気づけば回れ右で彼は元に戻っていた。


「大丈夫?」


 ヒカゲはうつむせに倒れている女の子に何度も声をかけた。

 だが力尽きて倒れているのか、何も反応しない。


「全然起きやしねえよ。こいつはまいったな、、、」


 とりあえず一旦人通りの激しい道から外れた道の端の場所まで持っていく。

 そして、保護してもらうために近くにいた騎士団を呼ぼうとしたその時。


「え」


 ヒカゲはあることに気づいた。


「おいおいおい。マジかよ」


 移動させた時に少女が被っていたフードが脱げたのだが、そのフードの下にある物を見て目を丸くした。


「ツノが生えてんじゃん!?」


 短いものだがセミロングの頭の上、まるで猫の耳のように左右に一つずつツノが生えている。

 これは見た目は人間だがおそらく魔物だ。騎士団なんて呼んだらまずい。すぐに殺処分されるであろう。

 こうなったら仕方ないとヒカゲはため息をついた。


「俺のこと魔物の仲間にチクるなよ」


 彼は子供を背負って歩き出した。


 しかし、青年の自然な善意からしたこの行動が、これから死と共に歩く不思議で運命的な冒険の始まりとなるのであった。

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