8話 最強の原動力、最強の燃料

 妃那の弟柳原祐樹は何事にも熱心で努力家で負けず嫌いな男だ、小学生の頃からバスケクラブに入っておりその実力は当時のクラブ内でトップであり、中学校での部活動でも活躍し続けた。


 それは高校生となった現在も同じで、他の1年生とは違って3年の先輩との練習に入ったりと、高みを目指せる環境を用意された。


 でもそれは最初だけだった、先輩達は祐樹をただの雑用としてしか使わなくなった、そして祐樹は専属の下僕という役割を与えられることになり姉や友達を盾にパシられる日々が続く。


「くそっ!!こんなことのために……」


 自販機を拳で殴る、祐樹はバスケで世界に行きたいというのにこんなんじゃ夢から遠ざかるばかり、それでも先輩達に逆らわないのは同じ1年生が自分の代わりにこき使われないようという理由からだ。


 祐樹の姉である妃那はそれに気づいたのかある日祐樹の部屋を訪ね心配そうに部活の話を振ってきた。


「大丈夫?お姉ちゃん心配だよ、私がガツンとーー」

「関係ないだろ!!!」

「っ!?」


 妃那の言葉を遮り怒声をあげる、関わられたら姉まで標的になるに決まっていると。


「祐樹……」

「出ていってくれよ……俺は大丈夫だから」


 部屋から出ていく姉の顔は悲しそうで、苦しそうで……でもそれ以上に寂しそうだった。


 それから1週間後だった、妃那が事故で亡くなったのは。


 最後に交わした会話があんなので良かったのかと遺影の前で突っ立ったまま考え続けた、妃那と祐樹は周りからもよく仲がいいと言われていた、本人同士も喧嘩なんてほとんどしたこと無かった。


「姉ちゃん……ごめん」


 祐樹は決意した、あのバスケ部を変えてやると。


 祐樹の行動は先輩達の理不尽に疲弊しきっていた1年生に火をつけた、少ない時間での練習はハードで辛かったが、祐樹と仲間たちは全力で実力を磨き続けた。



「お前らが泣くのが楽しみだ、どうせ出ても勝てないだろうな?」


 罵声と挑発、その一言一言が祐樹に火をつける、自分を含めた1年生達も上達してきているから見返してやれるいい機会だと影で笑う。


 3年の先輩大会にでる部員を見ながらそれを嘲笑い無駄だ無駄だと言い続けた、元々素行の悪いバスケ部として生徒たちには知られている、それでも優勝すれば見返せるかもしれない、何か変わるかもしれないと祐樹は諦めなかった。


 そして年が明け、冬休が終わった学校にとあるニュースが流れることになった。


 祐樹の通う高校でバスケ部3年が暴力事件を起こした。


 これによりバスケ部は大会への参加を辞退せざるを得なかった、それが狙った通りのことなのかたまたまなのか祐樹には分からなかった、どちらにせよ彼とその仲間の努力は水の泡となった。


 祐樹はその日、下校中に寄った公園で途方に暮れていた、暴力事件起こした先輩は2週間の停学処分となったが、祐樹は心の中で退学してくれれば良かったと思い続けていた、そんな自分の考えが正しいのか間違ってるのか祐樹には分からない。


 夕日をボーと眺めて30分くらい経った時だった。



「こんにちは」


 突如小柄な少女に声を掛けられる、その美麗な姿を見て以前初詣で姉から貰ったキーホルダー拾ってくれた子だと直ぐにわかった。


「どうして落ち込んでいたの?」


 こんな子どもにわかる話じゃないと祐樹はうつむく、けれどもそれ以上に誰かに話して少しでも楽になりたいという感情が先に出た。


「つまらない話だよ」


 苦笑いしながらバスケ部のことを話し始めた。


 先輩からの理不尽な扱い、それに耐え続けてようやく見返せるチャンスが来たのに台無しに、結局全て無駄になってしまったことを。


 少女は真剣にそれを聞き、ひどいね、大変だねとやさしく返してくれる。


「俺はバスケ選手になりたい……でもこんなんじゃもうだめだ」


 公園の柵を拳で叩く、ゴンっと音を立ててわずかに振動する、ひりひりし手を開いて眺める。


「それでも、あなたは諦めないはず」


 少女が口をひらく、その小柄な容姿には似つかないほど大人な口調で。


「どうしようもない先輩たちに負けずに大会出場まで来たんだから」

「でも無駄になった」

「そうだね、でも……そんなどうしようもない人に夢を壊されるなんてさ、悔しいよね?」


 少女の口角が上がりいじわるな顔になる、子どもの無邪気な笑顔とは少し違う……引き込まれるような、誘われるような顔。


 祐樹の心が揺れる、少女は続ける「そんなやつに壊されるほど脆い夢じゃないでしょ」と、心の灯火が光ったかのように絶望していた表情が一変する。


「そうだな、きみの言う通りだ……結局あいつのいいなりになってるようなもんだ」


 きっと大会に出れなかった部員たちを見て満足そうにほくそ笑むだろう、そしてまたなにも変わらないまま、祐樹は顔を上げ少女と目を合わせ言う。


「勝者の余裕顔と決め顔を見せつける、それでチャラにしてやるか」

「悪い子……でも、スカッとするだろうね?」


 2人で顔を見合わせて悪戯に笑う、なんだか懐かしい気持ちを不思議と感じる祐樹、けれどもどうにもうまく思い出せない。


「あなたは負けず嫌いで頑固で、でもとてもやさしい子……大丈夫、きっと夢はかなうよ」

「……ありがとう」

「私はあなたの夢を一番応援してる人を知ってる……あなたとは最後まで喧嘩しかできなかったみたいだけどね?」


 祐樹が驚く、一体誰からそんな話を聞いたのか、姉の知り合いなのかと。


「きっと、ずっと見守ってくれているはず……」

「……そうだね、そうだといいな」


 そう言いながら見る少女の顔はどこか悲しそうで、何かを言いたげで、でも最後は笑顔で祐樹に言う。


「頑張ってね、


 最後に名前を呼び振り返る……一瞬夕日が大きく輝いた気がした、眩さに目を塞ぐ……もう一度開くと少女はいなかった。


「あれ……幻でも見ていたのか……それでも、元気をもらったよ」


 いつか姉に言われた言葉を思い出す、夢は最強の原動力なんだと、心を一番熱く燃やせる燃料だと、それがある限り勝ち続けられる。


 そう信じながら夢を持ち続けることこそが柳原祐樹の強さなのだ。


 



 




 





 


 

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