第2話:勇者の娘
星空のような木漏れ日の中を、二体のゴーレムが疾駆しています。自己
「うわっ!?」
叫んだのは、先頭を行く大柄な少女でした。
「アクルワ、どうしたのー?」
追走する少女がたずねると。
「なんかぁ、頭の中に飛び込んだあ!」
――あれ、おかしいですね。
当人の知覚に触れるような術式ではないはずですが。個人差でしょうか。
アクルワと呼ばれた彼女は、一見して人並み外れています。あちこちが厚く大きな長身に、目立つ
思わず<窓>から振り返ると、死神女は壁にもたれて目を閉じています。
画面の中では、
「リスかなんかじゃないの?」
「そうかなぁ」
アクルワが、まとめた髪をわさわさと探っていました。
その、側面から。
走る彼女たちへ、黒塗りの短剣が飛来します。
「とおっ、ヤバ」
「サンちゃん!」
「いい、いい、大丈夫! 止まったらハチの巣だから、ゴー!」
矢継ぎ早に四方から襲う短剣。出所を探れば、木々の間を飛び回る、黒い影がいくつも見えます。追われているのか、追っているのか。ここからではわかりません。
「これ先輩たち落ちちゃったっぽいな……アクルワ、
「んぐっ、いま
「それで回復すんの意味わかんないけどね。じゃあ、作戦出すよ」
〈サンちゃん〉なる人物についての情報を参照。
本名はサンカカ。亜麻色のキューティクルイヤーが可愛い、
毎朝の礼拝を寝ながらこなす、
アクルワの意識の表層からそこまでを読み取って、次は状況を確認します。
サンカカが言いました。
「倒すのは諦めよう。まずはポイントまで行って、ちょっとでも情報を持ち帰る」
帝国領内、
付近の
近ごろ、もっぱらその役割を担うのは〈学院〉。アクルワたち、ゴーレム使いの学生です。
「
サンカカが告げて、走りながら地面へ触れました。アクルワが進路を変えます。追ってきた敵影の真下で、地面が爆発。
間欠泉。吹き上げたそれは、飛沫となって視界と耳を覆います。
霧の中でびちゃりと起き上がった猿のような黒い影は、ローブを着て耳以外の全頭をなめし皮で覆っていました。
転進したアクルワの正面から、さらに短剣が飛来。
「うぷっ!」
「敵マークした、マーク!」
「ふぐ、発祈――」
眉間に突き刺さった状態で、今度はアクルワが
こぼれた腕へ集まる砂礫。巨大になった拳を引き絞って。
「――バリカタナックルⅢ!」
サンカカが示したポイントめがけて打ち上げます。
「発祈――ミナモアッパーⅠ」
「っ、もういっ、ぱあつ!」
援護の間欠泉をブーストにしたアクルワによって叩き落とされます。
「ナァイスぅ!」
「ほんとホント本当すごいわたし」
うわ言のようにつぶやきながら着地したアクルワは、晴れた視界に息を飲みました。
森が途切れたすぐ先には渓谷。
両岸を割るように、滝が落ちています。上流からはもうもうと湯気がたちこめていて、川岸には黄白色の結晶がこびりついています。
「アクルワ、下見て」
サンカカが滝の奥をマークします。
真っ白に濁った眼がこちらを見上げ。サンカカが跳び退がります。
「っ、発祈――スキャンカム」
「――コナオトシバンカー!」
応じ、アクルワは土塁を形成しました。それが直後に爆散。
「ホオオオオオッ!」
◆
――のけぞったアクルワの体は椅子の背もたれの上にありました。
「いったぁ!」
後頭部に衝撃。白亜の天井とそれを支えるアーチが見えます。
学院の演習室でした。西日に揺れるカーテンに、お腹がぐぅと鳴り。
十人掛けの長机が、広く間隔をあけて並んでいます。席もパーテーションで区切られていて、それぞれに小窓。
「――んなぁっ!」
すぐに、正面の仕切り向こうが騒がしくなります。
「サンちゃん、ごめん、全然もたなかったぁ!」
「げほっ、ぃいよー……」
亜麻色のキツネ耳がのぞきました。
「なんとか、一枚は撮れたけど」
小窓ごしに差し出される、撮影用の
手に取ったアクルワは目を細めました。
「ブレブレだねぇ」
「でっしょー、速すぎアイツ」
サンカカの声にもため息がまじります。
「一応、レポートにして提出するけど。こんなのでポイントになるかわからんね」
「あれ、魔族かなぁ?」
「でしょ。猿っぽいのが
「なんで山にいたんだろ?」
「さあ、兵隊って感じじゃなかったけど。魔族領で何かやらかして逃げてきたとか?」
「道に迷ったとか?」
「いやー、がっつり
アクルワが手首にはめた木の
「さっき先輩が、安くしとくからって」
「聖術科か購買部のロゴはついてる?」
使用者の霊的な働きを制限して、ガイドの役割をする道具。
大元の技術は
……ただ、印の書き方自体が奇抜というか、非効率というか。
「……ついてない」
「ツカまされてるって。名前もなんかフザけてるしさぁ」
「いやそれは、非凡なセンスの表れだからって。才能のあるプレイヤーにだけ使ってほしいって」
「基礎課程が終わったばっかりの一年生に? いいカモに売りつけたいっていうならわかるけど。アタシら亜人だし」
呆れ、それから斜に構えるようにサンカカ。
「そんなこと……」
「いや、アタシがごめんかも。怪しい先輩呼んじゃってさ。実力もビミョーだったし。あー、アクルワとふたりで首席卒業の夢がぁ」
「諦めるの早いよぉ。ていうかそれ、わたしも含まれてるの?」
「当たり前じゃんーアクルワは天才だよーいっぱい食べる天才ー」
「ふん、もう! サンちゃん! もう!」
――◆――◆◆――◆――
「ちょっと……待ってください、一旦」
そこまでのぞいて私は『世界の窓(仮称)』から目を離しました。
死神女へ問いただします。
「亜人? 何で、だってあの子が、そうなんでしょう?」
「ああ、間違いないね」
動揺する私が面白いのか、喉を鳴らして彼女は答えました。
「勇者イリスガーデの一人娘。彼女が世界の果てへ向かう前、知人に預けた唯一の肉親」
「あの小麦の袋で釣れそうな、教会の
いえ、
「相手がどんな屈強なハイオーガか気になるかい?」
「そこは、
「ふぅん、まあ安心しな。それに関して、勇者に不本意はなかったよ」
内心で胸をなでおろしました。人類圏から魔領へ逃れたという勇者一行には、さまざまな援助が必要だったはず。もしもそのために彼女が身を
「純愛さ」
「言ってて恥ずかしくないんですか」
「アンタこそ、友達ならもっとめでたそうな顔してやんなよ」
「……」
もく、と自分の頬を触りました。
「私はいつもこんな顔です」
「だろうね。で、見ないのかい、続き」
「……ひとつ、聞かせてください」
『窓』を指した死神女に尋ねます。
「あなたのお名前は? 呼べないと不便なんですが」
「ふん」
口元の仮面を直しながら、彼女は朽ちた聖堂を見回して。
「オーレリア」
聖話における
「お話はかねがね」
「そりゃどうも」
一瞬だけ視線がぶつかって、それで問答は終わりました。
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