第2話:勇者の娘

 鬱蒼うっそうとした森林。

 星空のような木漏れ日の中を、二体のゴーレムが疾駆しています。自己ぞう、遠隔操作、感覚同期など、いくつもの高位聖術を組み合わせた術者の分身。


「うわっ!?」


 叫んだのは、先頭を行く大柄な少女でした。れきよろわれた足が踏みしめるたび、こけの地面が削れて飛びます。


「アクルワ、どうしたのー?」


 追走する少女がたずねると。


「なんかぁ、頭の中に飛び込んだあ!」


 ――あれ、おかしいですね。

 当人の知覚に触れるような術式ではないはずですが。個人差でしょうか。

 アクルワと呼ばれた彼女は、一見して人並み外れています。あちこちが厚く大きな長身に、目立つ八重歯やえば、おでこには小指の先ほどのツノ。……角!?

 思わず<窓>から振り返ると、死神女は壁にもたれて目を閉じています。

 画面の中では、


「リスかなんかじゃないの?」

「そうかなぁ」


アクルワが、まとめた髪をわさわさと探っていました。

 その、側面から。

 走る彼女たちへ、黒塗りの短剣が飛来します。


「とおっ、ヤバ」

「サンちゃん!」

「いい、いい、大丈夫! 止まったらハチの巣だから、ゴー!」


 矢継ぎ早に四方から襲う短剣。出所を探れば、木々の間を飛び回る、黒い影がいくつも見えます。追われているのか、追っているのか。ここからではわかりません。


「これ先輩たち落ちちゃったっぽいな……アクルワ、生気オドは?」

「んぐっ、いま霊芝キノコ食べた!」

「それで回復すんの意味わかんないけどね。じゃあ、作戦出すよ」


 〈サンちゃん〉なる人物についての情報を参照。

 本名はサンカカ。亜麻色のキューティクルイヤーが可愛い、じん族の同級生。

 毎朝の礼拝を寝ながらこなす、敬虔けいけんなる夜行性ナイトオウル。この初めての課外活動クエストにあたって、二年生の助っ人を二人も連れてきた交渉力ティアー.1。

 アクルワの意識の表層からそこまでを読み取って、次は状況を確認します。

 サンカカが言いました。


「倒すのは諦めよう。まずはポイントまで行って、ちょっとでも情報を持ち帰る」


 帝国領内、しょう魔族サルマーン伯領にもほど近い山林地帯。

 付近のこうを調査中だったキャラバン隊が、何者かに襲われ退避したのが一昨日のこと。

 へんな土地ゆえ、軍の即応は期待できません。さりとて、勇者や傭兵やが都合よく現れたのはもっと世が乱れていたころの話。

 近ごろ、もっぱらその役割を担うのは〈学院〉。アクルワたち、ゴーレム使いの学生です。


発祈プレイ――ミナモアッパーⅠ」


 サンカカが告げて、走りながら地面へ触れました。アクルワが進路を変えます。追ってきた敵影の真下で、地面が爆発。

 間欠泉。吹き上げたそれは、飛沫となって視界と耳を覆います。

 霧の中でびちゃりと起き上がった猿のような黒い影は、ローブを着て耳以外の全頭をなめし皮で覆っていました。

 転進したアクルワの正面から、さらに短剣が飛来。


「うぷっ!」

「敵マークした、マーク!」

「ふぐ、発祈――」


 眉間に突き刺さった状態で、今度はアクルワが指令コマンドします。

 こぼれた腕へ集まる砂礫。巨大になった拳を引き絞って。


「――バリカタナックルⅢ!」


 サンカカが示したポイントめがけて打ち上げます。じんに砕ける木の幹。もろともに殴り飛ばされた魔物は、宙で更に短剣を放ろうとして、


「発祈――ミナモアッパーⅠ」

「っ、もういっ、ぱあつ!」


 援護の間欠泉をブーストにしたアクルワによって叩き落とされます。


「ナァイスぅ!」

「ほんとホント本当すごいわたし」


 うわ言のようにつぶやきながら着地したアクルワは、晴れた視界に息を飲みました。

 森が途切れたすぐ先には渓谷。

 両岸を割るように、滝が落ちています。上流からはもうもうと湯気がたちこめていて、川岸には黄白色の結晶がこびりついています。


「アクルワ、下見て」


 サンカカが滝の奥をマークします。

 ながきにわたる飛沫で削られた崖の空洞に、足を組んですわる影。インクを流したような黒い肌に、同じ色の衣。つるりと丸い頭には小さなきんが乗っていました。

 真っ白に濁った眼がこちらを見上げ。サンカカが跳び退がります。


「っ、発祈――スキャンカム」

「――コナオトシバンカー!」


 応じ、アクルワは土塁を形成しました。それが直後に爆散。


「ホオオオオオッ!」


 怪鳥音けちょうおんとともに躍り上がった僧衣の一蹴。彼我の距離などなかったかのように炸裂したそれは、ひるがえってアクルワの頭から股下またしたまでを両断して。寸断――



――のけぞったアクルワの体は椅子の背もたれの上にありました。


「いったぁ!」


 後頭部に衝撃。白亜の天井とそれを支えるアーチが見えます。

 学院の演習室でした。西日に揺れるカーテンに、お腹がぐぅと鳴り。

 十人掛けの長机が、広く間隔をあけて並んでいます。席もパーテーションで区切られていて、それぞれに小窓。


「――んなぁっ!」


 すぐに、正面の仕切り向こうが騒がしくなります。


「サンちゃん、ごめん、全然もたなかったぁ!」

「げほっ、ぃいよー……」


 亜麻色のキツネ耳がのぞきました。


「なんとか、一枚は撮れたけど」


 小窓ごしに差し出される、撮影用の感霊かんれい

 手に取ったアクルワは目を細めました。


「ブレブレだねぇ」

「でっしょー、速すぎアイツ」


 サンカカの声にもため息がまじります。


「一応、レポートにして提出するけど。こんなのでポイントになるかわからんね」

「あれ、魔族かなぁ?」

「でしょ。猿っぽいのが眷族けんぞくでさ」

「なんで山にいたんだろ?」

「さあ、兵隊って感じじゃなかったけど。魔族領で何かやらかして逃げてきたとか?」

「道に迷ったとか?」

「いやー、がっつり住処すみかにしてるっぽかったしねぇ。それよりアクルワ、ギア変えた方がいいよ。どこで買ったのそれ」


 アクルワが手首にはめた木のを指してサンカカが言いました。すべすべした表面には、聖術を発動させる式印が彫られています。


「さっき先輩が、安くしとくからって」

「聖術科か購買部のロゴはついてる?」


 使用者の霊的な働きを制限して、ガイドの役割をする道具。

 大元の技術は魂縛印こんばくいんと同じですが、効果はごく限定的なもの。振れば術が飛び出す杖の、うで版。

 ……ただ、印の書き方自体が奇抜というか、非効率というか。


「……ついてない」

「ツカまされてるって。名前もなんかフザけてるしさぁ」

「いやそれは、非凡なセンスの表れだからって。才能のあるプレイヤーにだけ使ってほしいって」

「基礎課程が終わったばっかりの一年生に? いいカモに売りつけたいっていうならわかるけど。アタシら亜人だし」


 呆れ、それから斜に構えるようにサンカカ。


「そんなこと……」

「いや、アタシがごめんかも。怪しい先輩呼んじゃってさ。実力もビミョーだったし。あー、アクルワとふたりで首席卒業の夢がぁ」

「諦めるの早いよぉ。ていうかそれ、わたしも含まれてるの?」

「当たり前じゃんーアクルワは天才だよーいっぱい食べる天才ー」

「ふん、もう! サンちゃん! もう!」



――◆――◆◆――◆――



「ちょっと……待ってください、一旦」


 そこまでのぞいて私は『世界の窓(仮称)』から目を離しました。

 死神女へ問いただします。


「亜人? 何で、だってあの子が、なんでしょう?」

「ああ、間違いないね」


 動揺する私が面白いのか、喉を鳴らして彼女は答えました。


「勇者イリスガーデの一人娘。彼女が世界の果てへ向かう前、知人に預けた唯一の肉親」

「あの小麦の袋で釣れそうな、教会の絨毯じゅうたんでもなハーフオーガが? ……、」


 いえ、邪推じゃすいです。よくないです。彼女に限って。


「相手がどんな屈強なハイオーガか気になるかい?」

「そこは、頓着とんちゃくしませんけど」

「ふぅん、まあ安心しな。それに関して、勇者に不本意はなかったよ」


 内心で胸をなでおろしました。人類圏から魔領へ逃れたという勇者一行には、さまざまな援助が必要だったはず。もしもそのために彼女が身をていしていたら、私の自責は致命的な深さに達したに違いありません。でも、だったらつまり。


「純愛さ」

「言ってて恥ずかしくないんですか」

「アンタこそ、友達ならもっとめでたそうな顔してやんなよ」

「……」


 もく、と自分の頬を触りました。


「私はいつもこんな顔です」

「だろうね。で、見ないのかい、続き」

「……ひとつ、聞かせてください」


 『窓』を指した死神女に尋ねます。


「あなたのお名前は? 呼べないと不便なんですが」

「ふん」


 口元の仮面を直しながら、彼女は朽ちた聖堂を見回して。


「オーレリア」


 聖話における天使の名をあげました。地の神の寵愛をえて空飛ぶ翼をさずかったものの、流れ星を追いかけたせいで灰になってしまった女の名前。


「お話はかねがね」

「そりゃどうも」


 一瞬だけ視線がぶつかって、それで問答は終わりました。

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