星の見えぬ星

おねずみ ちゅう

第0話 『星』

星の溢れる夜空から宇宙船がやってきた。

銀色の巨大な宇宙船は僕の前に静かに着陸し、中央の扉が開いた。

扉からは目を瞑ってしまうほど眩しい光が溢れている。


『あなたは星になるのです』


宇宙船が喋った。


「僕は死んだんですか?」


そう尋ねると、宇宙船は『はい』と言った。

僕は何も覚えていなかった。

自分が誰なのか、どうして死んだのか。


「人は死ぬと星になるんですか?」


『いいえ、すべての命が星になるわけではありません。塵になる命もあります』


「星と塵になる違いはなんですか?」


そう僕が尋ねると宇宙船はしばらく黙ってしまったので、質問を変えることにした。


「星になったあとはどうなるのですか?」


『それは私にはわかりません。私の仕事は星になる命を空へ届けることなので、星になった後のことはわかりません』


宇宙船がそう言うと、開いていた扉から僕の足元まで光の階段が降りてきた。


『さあ、乗ってください』


僕は足がすくんだ。

あたりを見回す。夜の草原が広がっていて、短い草が緩やかな風に吹かれて静かに揺れている。


『大丈夫。星になることは幸福なことですから』


「……帰ることはできませんか?」


『残念ながら、あなたの魂があった器はもう生命としての機能を携えていません』


僕の身体はもう、どうやっても生き返らないんだと悟った。自分が何者なのかも思い出せないのに、すごく悲しかった。

僕が死んで誰か泣いてくれているんだろうか。

それとも、誰にも気づかれずひっそりと死んでしまっているんだろうか。

僕は満天の星を見上げた。それは僕の知っている星空とは違う気がした。


『星になった後のことはわかりませんが、この星空は毎日形が変わります。それは星が増えたり消えたりしているからです』


増えたり消えたりする星。

僕が星になれば星はひとつ増えて、星がひとつ消えたらそれは……


『消える星は流れ星となって地上へ向かうようです』


そうか。命は一度星になって、また地上に降りて命になる。それを繰り返しているんだ。

僕は階段に足をかけた。

どのみち僕に残されている道は星になることだけなのだ。


『行きましょう。あの星空へ』


階段を登る。宇宙船の入り口に近づくにつれて暖かい空気を感じる。

ふわふわとした気持ちだ。

僕が宇宙船の入り口に片足を踏み入れた時、背後から誰かに呼ばれたような気がした。


「……僕は誰なんでしょう」


宇宙船は僕の問いに困ったように唸った。


『自分が誰なのか、思い出せない方も少なくありません』


僕は何も思い出せないのに、誰かを待っていなくちゃいけない気がした。


「僕は残ります」


そう言うと、宇宙船は驚いたようにエンジンをブルルと鳴らした。


『帰ることはできないのですよ?』


「この草原にいます」


『この草原はずっと夜です。残ることは推奨しません』


「でも待たないといけない気がするんです」


僕はそう言って、階段を降り始めた。


『何十年も1人で待つかもしれませんよ』


宇宙船の言葉は僕を咎めているようには聞こえなかった。僕を心配してくれているんだろう。


「大丈夫、僕は星を見るのが好きだった。だから退屈しないです。たぶん、そんな気がする」


宇宙船はしばらくの沈黙の後、眩い光を放った。

僕は目を瞑る。再び目を開けると宇宙船は星空の彼方へと飛んで行ってしまっていた。

何もない草原に1人きり。

僕はその場に寝転がり、星空を見上げた。

何秒かに1度、どこかの星が震えて流れ星となり消えていく。星が消えたかと思えば、また知らない間に星が増えている。


「まいったなぁ、これじゃ星座は作れないや」



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