花火と思い出

 有料席に着くと、スタッフさんに声をかける。


「すみません。この子はこちらで親御さんと待ち合わせらしいんですけれど、うっかりと海浜公園まで来てしまって」


 ひとまず螢川くんの肩から降りる前に靴を履かせてあげてから伝えると、スタッフさんが「君はお名前なんて言いますか?」と小さな子に尋ねる。


「さとる」

「ちょうど今、さとるくんを探している親御さんが来ているんだけど。すみません、本当にありがとうございます」

「見つかってよかったです。さとるくん、次は親御さんを迷子にしないようにな」

「ありがとう!」


 さとるくんに手を振って別れると、私はデメキンの袋を螢川くんに返した。


「螢川くんすごかったね。今の」

「いやあ、むしろここはスタッフさんより先に親御さんを見つけられていたらよかったんだが……あの子がこれ以上泣かなくってよかった」

「うん、わかるよ。私は螢川くんがすごいなと思っている」

「うん?」

「人間的に当たり前なことをしているところ。私はそういうところがやっぱり好きだなと思う」


 思えばこの人を好きになったきっかけだって、子猫が木から降りられなくなっているのを助けている姿だったから、私が螢川くんについて好きな部分は思っているよりも変わっていない。

 螢川くんはそれにヘニャリと笑った。


「俺は、当たり前なことしかしてないぞ」

「わかってるよ。でもそれがなかなかできないって思うだけで」

「それに、俺はそこを君は肯定できるところがすごいと思う」

「うん?」


 やがて。一瞬静けさに包まれたと思ったら、パァンと音が鳴った。

 浜辺から花火が打ち上がったのだ。海浜公園からでも、充分に見られる。きっとさっきの有料席だったらもっと打ち上がる瞬間から見られただろうけれど、ここだけで充分に綺麗だ。

「君は人のいいところを見つけるのが上手いって前にも言ったと思うけど」

「うん。言ってたね」

「君は人のいいところをずっと肯定し続けるから。同じことをずっと繰り返せる人間って案外少ないから。君のそういうところが、俺は好きだ」


 その言葉に、私は思わず彼の横顔を見ていた。花火で照らされた彼の横顔は精悍で、いつまでも見ていたくなった。私たちはまだ、なんにもなってない高校生だっていうのに。

 私は思わず螢川くんの手を取ると、螢川くんは「朝霧さん?」とこちらを見てきた。


「……名前、呼んで。夕哉くん」

「うん?」

「なんというかね、夕哉くんのいいところは、いつか皆知ってしまうと思うから。今だけは私が独占したいというか……夕哉くんのいいところを取りこぼしてた人たちだって絶対に知っちゃうから……だから……」

「未亜さん」

「……っひゃい」


 今まで友達や家族からは、名前で呼ばれることは珍しくなかった。好きな人から呼んでもらった途端に、その名前に色が付いたような気がする。私の世界に彩りが増えたような気がする。それにむずむずして、思わず夕哉くんの手を強く握ると、その手を私よりもひと回り大きな手が握り返してくれ、やがて指と指を絡めた恋人繋ぎに変わった。

 パァンパァンと花火の音が続く。

 皆は花火に夢中な中、私と夕哉くんはふたりで互いを見ているだけだった。まだなんにもできない私たちは、手を繋いで一緒に花火を見てから、花火が終わるちょっと前に、家路に着いたのだった。


「それじゃあ、おやすみ。また明日」

「うん。また明日」


 夕哉くんは私が家に入るのを確認するまで歩くことなく、私が戸締まりしたのを確認してから、家路に着いた。そんな彼を、私は家の魚眼レンズで見守ってから、ヘナヘナとしゃがみ込んでいた。

 今までも何回も遊びに行ったし、デートっぽいことだってしていたはずなのに。

 お付き合いしてからの初デートは、なんだか今までのものとは全然違った。世の中、これをずっとしている人たちがいたんだ。皆すごいな、心臓強いな。

 夕哉くんがずっと優しくて、格好よくて、素敵で、ずっと好きになり続ける日だった気がする。これが幸せってものなのかと、私はひとりでしばらく立ち尽くしたあと、我に返って急いで浴衣から部屋着に着替えると、麦茶を飲んだ。

 浴衣で汗ばんだ体に、水分は驚くほど染み込んでいった。明日も会える。明後日も夕哉くんに会える。

 これが多分、幸せってことなんだ。

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