【完結】なんの変哲もない毎日を送っていた私が、復讐のためにまさか囮になるとは……

渡辺 花子

第1話 全てが崩れた日

 貴方の全てが崩れ去ったのはいつ?


 なんて一生されることのない質問をされたら、私は迷いなくこう答える。


「十年前の、あの日です」



 事件が起きたのは、十年前だ。

 当時十八歳だったエイミー・ホワクラン公爵令嬢が、郊外にあるホワクラン家の別邸にある温室で殺された。

 社交界の宝石と言われたエイミー・ホワクランは、美しく聡明で毅然とした国一番の淑女として有名だった。また、隣国メイナート国の第二王子の婚約者でもあり、二人の仲睦まじさは国を超えて知れ渡っていたほどだ。

 事件が起きた日の一週間後にメイナート国へ行くことが決まっていて、王子妃教育を受けながら一年後の結婚式を待つことになっていた。だからこそ家族三人が別邸に集まって、最後の一家団欒を送る予定だったのだ。まさに幸せの絶頂だった……。


 令嬢の憧れを一身に集めていたエイミー・ホワクランの死というだけで世間は大騒ぎだったのに、彼女の死には多くの謎が残された。それは十年経った今でも謎のままだ。


 まず一つ目は、エイミー・ホワクランの遺体の状況だ。

 芸術品のように美しい顔は、滅多刺しにされ見る影がなかった。その上、遺体から右目が抉り取られていた。

 聡明さが溢れ出たような意志の強い菫色の瞳は、エイミー・ホワクランの象徴だった。それだけで犯人の異常性が疑える。


 二つ目は、なぜ泥棒はホワクラン邸に侵入できたかだ。

 ホワクラン家の当主はエストラルダ国の筆頭公爵家としてより、鉄道王として有名な大富豪だ。

 それもあって家族や屋敷に対する警備は、「何に狙われているんだ?」と聞きたくなるほど異常なまでに手厚く厳しい。それは別邸だろうが同じで、泥棒が単独で忍び込もうなんて考えるはずもない。

 犯人はその疑問に答えることはできなかったが、ホワクラン家の使用人数名が後日遺体で発見されたことが全てを物語っている。


 三つめは、犯人が「話が違う!」と絶叫して処刑されたことだ。

 エイミー・ホワクランを殺した犯人は、すぐに捕まった。

 金目のものを狙って、無人だと思ってホワクラン家の敷地に忍び込んだ泥棒だった。

 屋敷に入れなかった犯人は、ホワクラン家の温室には異国の珍しい植物が育てられているという話を思い出した。珍しいのなら売れば金になると思った。温室のガラスを破って入ったら、中にいたエイミーと鉢合わせした。エイミーが大声をあげようとしたので、焦ってナイフで刺してしまった。犯人はそう自供したと記録に残っている。

 不自然な点ばかりの供述だったが、犯人に真意を確かめることはできない。

 犯人はろくな取り調べを受けることもなく、裁判にかけられることもなく、即処刑されてしまったからだ。


 四つめは、事件が起こった後に、妹がひっそりと隣国のメイナート国に渡ったことだ。

 妹のミレット・ホワクランはホワクラン公爵家の跡取りで、エストラルダ国の第二王子と婚約していた。その婚約を解消してまで国から出て行った理由も、また様々な憶測を呼んだ。

 姉の殺害に第二王子が関わっているのでは?

 姉の代わりに妹が、メイナート国の第二王子の妻の座に収まるのでは?

 妹は事件について、何か知っているのでは?

 ホワクラン家は、王家に不信感を募らせているのでは?


 もちろん噂話に誰も答えることはなく、エイミー・ホワクランの死は時間と共に忘れ去られていくはずだった。

 そうならなかったのは、この事件には続きがあるからだ。そのせいで十年経った今でも、様々な憶測が囁かれている。

 例えば「真犯人は今も菫色の瞳を狙って彷徨っている」とか……。



 この国が作り上げた事実と、私が見た事件の顛末は異なる。

 十年前のあの日、姉と一緒に温室にいた私は、もっと残忍で凶暴で狂気に満ちた現実を見た。

 そのせいで私はエイミー・ホワクランとしての記憶を失い、自分が誰なのかも分からなくなってしまった。だからって、自分が一番大切な人を、自らの手で切り捨てて傷つけたことへの言い訳にはならない。そんなことは、私が一番分かっている。


 私の記憶は戻ったけど、姉もカイル様も二度と戻って来ない。失ったものは取り返せない。

 だから決めた。

 全てを失っても、自分自身さえ失っても、必ず復讐する。姉を殺し、私の希望を奪った奴を絶対に許さない。

 カイル様を国王から救い出す!

 そのためにしてきた準備が、やっと今日整った。

 国王に戦いを挑むのは、怖くない! 

 ……大丈夫、怖くない! 足が震えているのは、恐怖からじゃない。そう! 武者震いだ。興奮しているだけで、全然ビビッてない……。

 私は絶対にビビっていない……。

 ビビッて何もできない自分には、もう絶対に戻らない。震える足が動かなくても、気合で何とかする! 


 バチンと両頬叩くのは、昔読んだ本の影響だ。かつてカイル様に「自分を傷つけるのはやめて欲しい。痛いだけで意味はないんじゃない?」と言われたけど、気合が入るなら何でもありだ。

 痛みでじんじんする頬に風が染みるけど、今日も私はブレスレットを握り締めて前に進む。




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読んでいただきありがとうございました。

三話(1~3)分投稿しています。

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2025年1月18日 改稿しました。既に読んでくださった方、申し訳ありません。

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