第8話

 ――パチパチパチ――

 暖炉で火が爆ぜた。

「来年は手伝いに来られないからな」

 冬馬は、夕食の食器を運びながら母親に告げた。三年前、雪濠で過ごした一夜、冬馬は死にかけた。死なずに済んだのは生きた紀佳が呼びかけ、温めてくれたからだ。

 深い森に朝日がふりそそぐと、雪濠の雪が青白く輝いた。二人は雪濠から這い出た。そうして見たのは空気中の水分が氷結したダイヤモンドダストだった。木々の隙間からのびた射光しゃこうの中で、それは精霊のように舞っていた。紀佳は冬馬を助け、その景色に感動し、すっかり自死の誘惑から解放されていた。

 帰宅した冬馬は三日間寝込んだ。雪濠の出入り口をふさいでいた背中が凍傷を負い、はりついたアンダーシャツがはがれなかったからだ。その傷跡は三年過ぎた今も黒く残っている。

「就職するんだもの、仕方がないわね。でも、正月は戻って来るでしょ?」

 裕美子が押し付けるように言った。

「正月も働かせるつもりかい?」

「北野家の人間に正月はないんだよ」

 背後で隆介が言った。

「あなた、ダメですよ。そんなことを言ったら、冬馬のお嫁さんの成り手がいなくなっちゃいますよ」

「ん、そうかい?」

 彼は頭をいた。

「私なら大丈夫です」

 そう応じたのは、食器を洗う紀佳だった。その手首に自ら刻んだ傷は跡形もなく消えていた。あの年、彼女は冬馬の代わりに働いた。次の年も、その次の年も、彼女は冬になるとロッジにやって来て働いた。

「大丈夫だそうだ」

 隆介が笑った。

「明日も寒くなりそうね」

 裕美子が窓の外に目を向けた。その視線を紀佳が追った。

「ダイヤモンドダスト、見られますか?」

「もちろん、見られるよ」

 冬馬は彼女の額にキスをした。

「おい、おい、親の目の前でなんだ」

「アツイわねぇ。解けちゃうわよ。ダイヤモンドダスト」

 隆介と裕美子が頬を緩ませた。

 コテージは家族のぬくもりで満たされていた。

                    ( 了 )


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイヤモンドダスト 金乃たまご @tamago-asuno

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ