第15話 知りたくない事実

「どうして貴方達が?」


左右対称に結ばれた腰まである綺麗なツインテールを背中側に降ろしながら花月さんは言った。


「一人で行かせる訳にはいかないだろ」


半ば呆れたような声色で柊さんは返す。その後方では目の色を輝かせている竜胆さんと涙目の僕がいる。


「今更集団行動の方が違和感があります。しかし、今回はお礼を言うべきでしょうか。萩から聞いたとは思いますが研究員があろうことか外にいます、こんな好機を柊も見過ごさないでしょう?竜胆は...」

「大丈夫、もちろん迷惑ならあたしは空木くんと隠れるよ!でもでもちょっとついていきたいなあ。だって絶対おかしなことをしてる!この目でみたいじゃん〜」

「まーったく...遊びじゃないんだぞ」


目を輝かせている竜胆さんとは逆に、柊さんは溜息をついた。少々疲れたような様子にも見えた。


「わかってるからみたいの!」


喚くようにぎゅっと目を瞑り口をあわあわと動かしながら竜胆さんはどうやら駄々を捏ねている様子だった。


「私は構いませんけれど、柊はどうしますか?」

「ああ...連れていくって萩に言っちまったからな。花月の邪魔はしないよ、問題無い」

「本当?やったあ」

「その代わり俺が下がれと言ったらちゃんと聞くんだぞ、さっきみたいに勝手に煽ったりしないこと」

「御意!」


竜胆さんは敬礼をしながら柊さんを見てコクコクと頷いた。こうして僕らは花月さんと共に『重要な事柄』があるであろう場所を目指すことになった。とはいえそれは目と鼻の先だ。軍隊が使う護送車のようなものの先にある建物、それが目標らしい。しかし、僕は足手まといにならないだろうか?一抹どころではない不安を背負いながら花月さんと柊さんの声に耳をやる。


「勿論これが罠である可能性は否めません。ですが今まで隠密にやってきたのですから正面から突破されるとは思わないでしょう、ましてやそれを行う人物が私であると予想するでしょうか」

「確かに俺が出ると思うだろうな。正面切って花月が来るとは俺だったら思わんね」

「ですから距離を保って欲しいです、私一人で命知らずに突破したと思わせたい。混乱に乗じてこっそりあそこの左手のドア...施錠があるなら開けておきます。兎に角待ち合わせは中にしましょう」

「でも、だ。銃撃されたらどうするんだ?」

「腹立たしいことにですね、彼等は私の“命”は狙えないのです。これは確信的なものです」

「信用していいのか」

「出会うまで私がなぜ生き延びていたか、真面目に考えれば簡単なはずです。私も自惚れではない、決して力だけではないのですよ」

「...わかった、5分後だな」

「ええ。きっちり5分でやり抜きます」


花月さんは立ち上がると柊さんと目配せをし、真っ直ぐ走っていった。柊さんは萩さんと連絡をとっているようだった。


「あたしあんまり花月が戦ってるとこ見たことないの」


竜胆さんは囁くような声で喋りかけてきた。


「そうなんですか?」

「うん、大体あたしは柊といるか留守番してるから、花月と一緒に戦う事がないんだよね」

「でも、仲が良さそうですよね」

「そりゃ、家に帰ったら一緒だからね!」


彼女は小さな声で笑った。刹那、空木くんって面白いって言われない?と頬杖をつき僕の目を見て言った。言われるわけがない。関わる相手がいなかったのだから!竜胆さんは依然僕を見つめながらくすくすと笑った。


その時だった、目の前の建物から爆発音が響き渡った。僕らは音の方向へ目を凝らす。すると柊さんが僕と竜胆さんの方へ向き直り、深く息を吸うとこういった。


「頼むから二人とも離れないでくれよ」


僕たちは柊さんに向かって何度も頭を上下に振る。柊さんも理解したことを示すよう頷き目を開いた時だ。目の色が変わって見えた。そう、スイッチが入ったような...ぎらついた目だ。初めてその目つきをした柊さんと行動をする。そういえば、出会った時はこんな顔をしていなかった。鋭くはあったが穏やかでいつも通り、生活を共にしている時と近い表情であったから初めてみる表情に背筋が伸びる感覚がした。

何かあったらと柊さんは僕にハンドガンを渡した。簡単に操作を教えてもらったものの誤射をする気しかせず使いこなせる気はしなかった。しかし時間はやってくる。


「よし、5分丁度。いくぞ」


柊さんと竜胆さんは立ち上がった。もう一度爆発音が聞こえた後建物の入口付近に煙幕のようなものが立ち始める。僕たちは歩き出す。


「いいか、無理はするなよ。何かあったらすぐ言ってくれ」

「は、はい!」


竜胆さんはグッドポーズをすると柊さんは加速する。僕は柊さんが見えなくならないようなるべく近くを走った。筋肉は走る邪魔にならないのだろうか?柊さんは僕が問題なくついていけるペースだと認識したのかいよいよ本格的に走り始めた。置いていかれることはなかった、足に自身はあったし、二人ともそれを恐らく知っているから。

僕が得意なのはハードル走で県大会でメダルを取ったことがある。長距離走こそ得意ではないが、短距離走ならあまり人に負けることもない。スポーツに熱意が向かなかったことに関しては我ながら哀れであると感じていた。そんなことを考えている間に花月さんが先程言っていた左のドアに到着し、柊さんと竜胆さんは壁に張り付く。僕も慌てて真似をする。

柊さんはドアに近づきこう言った。


「開けるぞ」


柊さんはノブに手をかけ扉を開く、そして建物の中に銃を向ける。まるでそれは人のゲーム画面を観戦しているようで恐怖すらも感じなかった。


「問題無い、来い」


竜胆さんは頷き、僕に目線で合図を送った。遅れぬようドアに入り焦げ臭い匂いに心臓が激しく動き始める。竜胆さんはドアの鍵を締め、煙たい視界の中柊さんは壁に耳を当てていた。


「ここに花月はいないみたいだ、少しだけ待っててくれ。鍵を閉めて、5回ノックがあるまであけるなよ」


僕たちは頷いて柊さんが新しい扉を開ける所を見送り鍵をかけた。

しかし10秒もしないうちに5回のノックが聞こえた。竜胆さんと僕は目を合わせてゆっくりと確信を扉の向こうへと委ねた。そこには当然柊さんがおり、こっちだと告げた彼の背を再び追うこととなる。


床に転がっているのは名札だった。野村と書かれている。何か見たことの無いロゴマークだけがあり、会社名などは一切ない。


「空木、右気をつけろ」


柊さんの声に右をみると白衣を纏った男性が倒れていた。どこにも出血はしていないが、ぐったりとしている。果たしてこの男性は生きているのだろうか。柊さんはハンドガンを構えながら歩いている。足音はまるで初めから存在していないかのごとく聞こえない。きっとクセになっているんだ、音殺して動くの。


僕たちが出てきたドアからここまで少し円形になっている。煙幕で見えなかったが右側は地面から1m位から上がガラス張りで誰でも中が見える構造になっていた。映画の研究所とかに出てくるやつだ。薄気味悪く感じた。煙幕が風で流れると時折見える硝子の中は散らばったデスクの様に見えた。そしてこの施設は結構広さがある。外から見た様子ではあまり高さこそなかったものの、こうも横に広い構造だったのか。


「あれは、花月?」

「ん?あれか?」


柊さんは銃を下ろさなかった。理由は簡単である。花月さんはこのガラス張りの中で白衣を着た人と喋っている様子だ。


「二人ともしゃがむんだ」


僕たちは柊さんの言う通りにするしかない。柊さんの手招きで中に入れる場所まで先導してもらう。視界が悪くわからなかったが、この中はそこら中に人が倒れているようだ。

柊さんのハンドガンは白衣の男を捉えていたが、発砲する様子も近づく様子もなかった。


「花月の邪魔はできない」


小さくつぶやくと僕たちのように彼もしゃがむみ、今まで向けていたハンドガンを腰にしまい別の銃を取り出した。


「...それで、貴方も博士と言った。立場のある人間が一体何を知りたいのです?」


花月さんの声が部屋の中で響く。


「てんじ君も_無事なのか?」


聞こえた男性の声は若くはなかった。30代後半から40代くらいの、渋さが出てくる声。


「てんじ...?そのような方は存じ上げません」

「そんな...、確かに6年前のあの日、あそこから逃げたはずなんだ...。柊_天二てんじくん...」

「ひいらぎ_柊と仰いましたか?」


その発言に柊さんは固まった。僕たちも混乱していたが、会話中の手前ただ息を潜めるしかなかった。


「柊という名の者なら知っています。そうですね、特徴はつり目つり眉で目力が強い、そしてなにより...身体能力が人知を超えている」

「!きっと、いや間違いない、彼が天二君だ。赤ん坊の時から父親似で...、いやそうか。ならよかった」

「私が想像している人と同一人物であるのならば確かに生きています。しかし何が良いのですか?貴方達のせいで彼は異常な身体になってしまった」

「全くその通りだ。言い訳の余地もない。」

「...まあ、貴方も子供を人質に取られていた。少し言い訳をしてみてくださいよ、くだらないと思ったら止めていただくので」

「言い訳をしてみろ、か...。そうだな...昔話になってしまうが。柊 俊平しゅんぺいは天二君の父親でな。僕の大学時代の親友だった。婚姻届の証人も、結婚式の仲人も頼んでくれてね...奥さんとも接点があって、天二君が産まれて、彼のご両親よりも先に天二君を見せてもらったくらいだ。全てが狂ったのは、入社して、暫くしてからだ。天二君が1歳を迎えてから攫われた。忌まわしい会社の手で」

「...どうして、堂々と彼を攫う必要が?」

「俊平と僕は人体実験のようなことを厭わない会社の為に能力を行使しないと訴えた。同時に辞めるとね」

「なるほど。引き止めておくために子供を人質に」

「その通り。しかしそれで終わらなかった。奴らは思うように言うことを聞かないと俊平の奥さんを殺した挙句彼を監禁し洗脳しようと試みた」


柊さんは乗り込む気がないようだった。

ただしゃがんだまままっすぐ壁の方を見つめて会話を聞いる様子だった。僕も竜胆さんもとても声を掛けられるような状態ではなかった、知り合って間もない僕に何が言えるのだろう。こんな話を聞きながら。一体何が言えるのだろうか。


「僕はそのまま地下研究所に異動になった。僕も結婚をしていた。愚かであるが、彼女を同じ目に合わせないよう極力、奴らの言うことを聞くしかなかった」

「恥は、持たなかったのですか」

「ずっと、持っているよ...。結局彼が第一の被験者として亡くなったこと。後悔しない日はない」

「よく、わかりました。柊...天二は、ご家族も実験の被害者であること」

「君が手榴弾を使ってくれたお陰で、通信が乱れ天二君の事を聞けて感謝をしている。我々研究員には身体のどこかにGPSと盗聴器が埋め込まれている。恥ずかしながら話をできる場は限られていてね」

「それはなにより。しかし、あなたの息子さんも柊天二本人も恐らく、その会話を全て聞いています。私より本人達に話しては?」

「天二君と...良定がここにいるというのか?」

「少なくとも、その約束です」


花月さんが何を言っているのか僕にはわからなかった。息子?良定?思えばさっきから何を言っているのだ、柊さんの事といい。


「父親の、親友?」


そう思った矢先柊さんはポツリと呟くと虚ろな瞳で声の方へ振り返る。


「俺ちょっと、話聞いてくる。空木は」

「ぼ、僕は全くあの大丈夫です!」


柊さんは小さく頭を上下に振ると、立ち上がり部屋の中へと足を向けた。


「本当に行かなくていいの?聞く感じお父さん、なんだよね」


竜胆さんは小声で囁く。


「いやいや!知らない人ですし、どう考えても怪しくないですか...?」


僕は竜胆さんと身を小さくしながら内部を覗く。花月さんは一番高さのあるデスクに腰をかけていた。その50cm程先に立つ男...柊さんは男を見据えると声をあげる。


「本当に__俺を...俺の親を知っているんですか」

「天二君...!?ああ、本当にそっくりだこんなに大きくなって...。そうだ、知っている、知っているよ...。すまない君には辛い思いを...」


先程僕の父を名乗った男は、しゃがみ柊さんの腕を握るとあろうことか泣き出した。


「ごめんなあ、俊平、天二君...僕は約束を守れないまま...」

「あの時、俺を逃がしたのは...あんただったんですね」

「あんなことしかできなくてすまない...。生きていてくれて、本当に本当によかった。ああ、もう本当に」


男は感極まっている様子だった。柊さんはどんな顔をすればいいかわからない様にみえた。その時あることに気がつく。胸元に『空木』と書いた名札がついていることに。


「ごめん、おまたせ」


後ろから僕らに小さく声を掛けたのは息を切らせた萩さんであった。

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