第2話 人為的損傷 壱
目を丸くした少女に名を呼ばれた。
そこでやっと正気に戻った
「あ、キョウさん...!」
僕は急いで窓に駆け寄り見下ろしたが、そこにあるはずであるキョウさんの姿はなかった。訳が分からないまま無意識に身を乗り出しかけたところ「危ないよ」
女の子は僕の肩に手をかけ、首を傾げる。
「大丈夫?」
「僕は、大丈夫です!でも...」
状況が上手く呑み込めずたじろぐ。
「誰か一緒にいたの?」
「い、いました!キョウさ、あ、あの、女の子が!」
うまくでてこない言葉を聞きその子も窓を覗いた。すごく真剣な顔が見て取れる。
「ウツギくん、みて。あれきっとクッションだよ。だからその子生きていると思う」
紫色の髪を二つに括ったその子は腕を伸ばし説明してくれた。
「でも、だとするとその子黎明隊かもしれないから引こう、まだ囲われてはいないはず」
「黎明...?」
「後でキッチリ説明するね。あたしは
竜胆と名乗った彼女は僕を安心させるためか微笑むと素早く何処かと連絡を取った後僕に手を差し伸べた。
「一旦安全な所まで着いてきてほしい。あたしが守るから」
理解はできないままだった。
でも、僕がここで呆然と尽くすよりは何か少しでも咀嚼できる情報が欲しかった。
その手を取ると彼女は僕の手としっかりと握手をし、ありがとうと力強く言い僕の学校を歩き始めた。見慣れ始めた筈の学校は竜胆さんの背中越しにみるからか別世界のように感じた。
「ごめんね、何も情報がないと思うんだけど。あたしは一方的にキミの事をしってるんだ。走るの得意なんだよね?」
「えっ、あ、そんなことはないと...」
「オッケー、地形はウツギくんの方が詳しいと思うけどこのままあたしの後ろをついてきてもらえる?」
「わ、わかりました!」
外からは聞いた事の無いような音が飛び交っていた。いや、正確には聞いたことはある。でもそれはゲームや動画の中だけだ。でも実際に聞いたらこのような音だろうと推測ぐらいはできる。恐らく間違いない。
「あ、あの...これってもしかして銃声...ですか...?」
「うん。何度聞いても好きになれないや」
竜胆さんはあたかも頻繁に聞いているように言い放った。玄関口に差し掛かると竜胆さんは背負っていたリュックを下ろすと徐に何かを取り出す。その形状、僕でも見たことがあった。
「見るのはじめてかな?驚くと思うけど、弾は睡眠薬みたいなのだから殺傷力はないよ」
直ぐにわかった。銃だ。誰だって見たらわかる。そしてその大きさ 一度でもFPSをプレイしたことある人なら察しはつくと思う。恐らくSMGで間違いない。高まるような気持ちの一方この状況、本物という恐怖が今更押し寄せてきた。
「あたしがもってるのに殺傷力は無いけど相手が持ってるのは正真正銘の実弾。だから当たったら危ないじゃん?できる限りきみのことを護るけどすぐそこ、あそこの直線だけ走り抜けてもらいたいの」
見慣れた道を指差すと竜胆さんは再びリュックを探ると一つの物を取り出した。
「これって...」
「うん、防弾チョッキ。念の為。でも絶対弾一発指一本触れさせない」
真剣な表情は揺るぎない決意のようなものが瞳の奥から感じ取れる様だ。今の僕に信じられるのはその言葉しかないことを報せるように銃声は響いた。だから、彼女の言葉を信じそれを受け取り身につけた。
「あそこまで走ればいいんですね...?」
「うん、あたしが先に出て確認するから合図したら走って直線の建物の陰までお願いします」
竜胆さんは荷物を持ち上げ立ち上がった。
僕の意志関係なしに何かは始まるみたいだ。
この環境音に立ち向かう覚悟なんてできていない。走り抜けるだけとはいえ本物の銃声の圧は僕の身体を震わせる。竜胆さんは既に下駄箱を目前にしてこちらを振り返った。パクパクと動かした口元は恐らく頑張れの4文字だろう。そして彼女は昇降口を出る。僕も急いで付近に向かう。
少女は辺り全方位をそれは機敏に警戒していた、これほど迫力を帯びている少女と銃の組み合わせを初めて目にした気がする。
竜胆さんは校門の右側に寄り遂に僕に手招きをした。
そして僕は言われた通り校門から直線数十メートル先のビルをめがけ走り出す。途中ふと竜胆さんの方に目をやると端で出血した人間を見たような気がした。堪らず止まりそうになったが竜胆さんの走れという合図に従った。夢中で走った。たかが数十メートル。一瞬だった。だが永遠のようでもあった。そのせいか恐ろしく疲れ銃声から逃れるようビルの入口に身を隠した。
隠れるごときでこの音から逃れられるはずもないのに。
時間にしてどれほど経ったのだろう。竜胆さんがこちらに来るまで体感では30分、いや1時間ほど独りで居た気がしていた。そのため彼女が遅くなってごめんね少しトラブルがあって、5分くらいかかっちゃった。という言葉がとても本当とは思えなかった。自分の顔が強ばっていることはよくわかる。上手く表情を作れずにいるとビルの外に誰かが来たような音がした。僕は自身でも異常だと分かる程大袈裟に驚き咄嗟にビルの奥側まで走った。
「よー、悪い遅くなった」
「柊!待ってたよー。怪我人の所にいってたの?」
「ああ、想定外の被害だ。忙しくなるな」
二人して暗い雰囲気を纏ったが一瞬だった。
「そうだ、空木くん。この人は仲間の
「よぉ空木、よろしく」
竜胆さんと知り合いらしい柊と呼ばれた人は声に反して小柄な男性だった。身体付きは男性だが僕と同じくらいか僕より小さいかぐらいで真っ赤な長い髪を高い位置で結んでいた。鋭い目付きではあったがあまり恐い感じではなかった。
「あ・・・?あぁ・・・はい、お願いします...」
安堵したようにビルの奥から入口側に足を向ける。銃声は変わらず響いていた。よくわからないが僕は彼女らを頼る他ないことがすんなりと理解できる。
それはこの世の全てが仕組まれていて僕の人生がそう決まっていたと思うほど。だから逃れる方法など存在しないのだと。
「んじゃ行くか、そろそろ」
「オッケー、空木くんあたし達のハウスへレッツゴだよ!」
華やかな笑顔に圧倒され危機感という概念を忘れかける。だが彼女の腕には銃がしっかりと握られていた。
そしてふと思った、人を殺さない銃なんて 本当にあるのだろうか。
竜胆さんと柊さんについていきながら二人の洋服が血塗れていることに気付いた。二人ともここに来るまで救助をしていたんだ、当たり前だ。なんて言い聞かせるようにしていた。すると突如足が踏み出せなくなった自分が一番驚いた。今更身体が理解して、足がいうことを聞かなくなっている。まずい。不味いだろ。
「おい、大丈夫か?」
足元から視点を動かす。先導していたはずの柊さんが目の前にいた。己の頭が動くことに情けなくも安心した。膝は小刻みに震えている。
「おーし、大きくなってからのおんぶなんてあんまり経験できねえだろ。寝ててもいいぞ。そういや竜胆、花月はまだ来てねぇの?」
僕をのせて歩き始めた柊さんの背中は、服の上からは想像のつかなかった安定感に満ちていた。先程までパニックになりかけた頭は『筋肉マッチョな人の身体ってすごいなー』なんて何処か冷静に働いていた。
「花月、負傷者の援護行くって連絡あったよ。包帯も麻酔弾も足りるのかなぁ」
竜胆さんの背中は少し不安そうで手にする銃を装填する。先程とは違う小さい銃を持っていた。花月という人は仲間なのであろう。頼られているから柊さんみたいな筋肉マッチョを大きくした感じの人なのかな、今動く脳味噌は大したことを考えられないらしい。そうやって自分を楽観視する自分もいた。
「問題あったらいかねえよ。萩も作戦変えんなら俺にちゃんと報せろよな」
柊さんは機嫌が傾いた様に言葉を遠くに放った。
[なに柊、負傷者いたら優先してって花月にも柊にも言伝えたはずだよ]
柊さんの腰の辺りについている無線装置から穏やかだが重みのある男性の喋り声が聞こえた。
「その命令、俺にだけだと思ってたんだよ。....あ?てかなんで無線繋がってんだぁ?」
柊さんは首を腰に向ける。
多分、僕の膝かなにかが触れていたのだろう。竜胆さんが笑いながら柊さんに目を向ける。
柊さんは一瞬バツの悪そうな表情で僕の方を振り向いた後、応答をした。
「強いからって変に無理させんなよ」
[もちろん単独行動してほしいわけないからね。16班がすぐ近い、合流してもらうよ。俺もそっちに向かうからまた後で]
無線の先の声が途絶えた直後 ブツ、と小さく切れた音 少し空気が凍って感じた。柊さんは、はあ と溜息をもらす。
「すみませんでした...」
咄嗟に僕は謝ったが目が合った柊さんは心外にも「?」というような表情を浮かべた。
「なんで謝るんだ。俺が勝手におんぶしたのに」
困ったようにそう言うと柊さんは何事も無かったように歩き出した。
見て容れ以上に優しくて助かった。
こんなマッチョの彼の力なら僕の骨などきっとバキバキに砕けるだろう。ボコボコにされ灰と化する負け犬エンドが幾度もプレイしたかのように浮かぶ。どこかの分岐でミスしなくてよかった...なんて考えていたら涙すらでてきそうだ。僕の放った有難うございますは骨伝導だけを通しても鼻声だったとわかった。
「空木、オメー意味わかんねえな」
「ふへ?!そうですかね、いや、はは...」
咄嗟に答えるも一番意味がわからないのは僕だ。そもそもこの状況は一体なんなんだ?だって爆発音は遠のいたものの鳴り止まないではないか。夢であってほしい、というか現実として受け入れ難すぎる。考える頭、まだ恐怖からか動かない身体。柊さんという人は同じくらいの身長の僕を背負ったまま息も切らさず階段を登る。さぞかし運動神経が良いのだろう。
「空木くんはヘイセイを生きてるからね〜」
ぴょんぴょんと軽快に階段を登る竜胆さんはよくわからない言葉を口にした。
「育った環境かー。平和ってのは図太く生きられるんじゃないのか?」
それは柊さんも同じだった。僕の頭は疑問符でいっぱいになった。
「えと...お二人は平成産まれじゃないってことですか...?」
ここで僕の頭の中は
いくつかの仮説で占められる。
こんなに現代な制服を着用しているのにまさか昭和時代からワープしてきたとでもいうのか。平和に慣れてないなんて戦争時代、最低でも約100年前だ。いや、今僕の置かれている状態で否定はできない。異世界とかパラレルワールドの可能性だって有り得る。だってなんだ?朝までは通常通りだったじゃないか。普通に登校をし、くだらない妄想をいつも通りして、ふと今までしたことのなかった居眠りをして...。
おかしい。そこだ。何か事変が起こったのなら僕が昼寝したせいだ。過去の学校生活で昼寝なんかしたことがない、だから僕の校内での孤独は増幅していった。真面目だと教師には思われたいだろう。とにかく完全に分岐が起きたのだ!居眠りをしたせいでイベント出現条件が全て揃ったのだ!
「ああ、平成は終わった。とっくにね。今は令和だ」
階段を登りきると柊さんは僕をゆっくりと下ろした。
「へ?」
分岐により僕のいた時代がレイワとやらになったということか?でも、キョウさんと委員会で必要な物を作っていた時確かに平成××年度と書いてあったではないか。あれは昼寝という分岐点を越した後ではないか。僕の頭は混沌に包まれる。
そうだ!キョウさんが僕に紙切れをくれただろう!?今の今まで忘れていた、何よりの大ヒントを。
急いで紙を開こうと掌を開くと丁寧に握られていた紙切れは水分を吸い込みへたっていた。いかに僕が緊張していたかわかる。焦っていたがちぎれない様ゆっくりと開いた。何か、何だろう 混沌への、又はいなくなった彼女の残すヒントは一体なんなのだろう。
滲んでいたがしっかりと読めた。が、僕の予想に反してとてもシンプルで。4文字確かにこう書いてあった。
【 生きろよ 】
「レイワなのにヘイワじゃないなんてね〜」
竜胆さんは口を尖らせて皮肉っぽく言う。
少なすぎる。到底ヒントとも思えない。だが内容からしてキョウさんは少なからずこうなることを知っていたのだ。僕は運んでもらっていただけなのに全力で走ったような心拍数、身体の熱、真夏でもないのに汗ばんだワイシャツが体に纒わり付く気分の悪さに上着を脱ぐ。聞くしかない。僕より知っている人がいるのなら、聞くしか。何が起きているのか知らなければ。
「どういうことで、何があったんですか!レイワという元号は世界線が移動して...パラレルワールドで、お二人は違う世界から来たのですか?」
言い切ってから更に心拍数が上昇していくのを感じる。目の前の二人は顔を見合わせ、竜胆さんは眉を下げ口元はにっこり、柊さんは小首を傾げ先に声を上げたのは竜胆さんだった。
「この街がね、嘘なんだよ」
予想とは違うフレーズに動揺する。
「俺らじゃ上手くいえないんだけど、神奈川県...特に此処は、此処の市だけは切り離されたってか他の場所と違うらしい」
柊さんは頭に手をやり言葉を探りながら喋っているみたいだった。
「嘘...で、切り離された...?」
僕の存在の方がオカシイということだろうか。そりゃあ別世界の人からしたら僕の方が別世界の住民でしかないけど...。まるで日本の中で、ここ神奈川県の横浜市だけが別世界と言いたげだ。
「んーと。萩が言ってたことを言うと、ここの街は空木くんのための場所で、他の都道府県や市とは切り離されているって。だから空木くんの想像する他の都道府県全体が情報操作?で作り上げられたって、そんなようなことを言ってたよ。あたしもふわーっとしかわかんないから萩に説明してもらおう!」
僕の頭は「意味不明」という単語の周りを囲んでいた。ただぐるぐると意味不明、どういうこと?と。情報操作ってなんだろう、実は東京から京都に都が移ったとか?愛知県民の運転は全国で一番美しいとか?北海道で海鮮物はとれないとか?実はでっかいどうではないとか。
いっそ別世界とか言って貰える方が咀嚼しやすかったと思う。
竜胆さんは無線機をピピピと押して【萩】という人に連絡をとり始めた。だがそれが繋がる前に数台、車が此方に向かってやってきた。
「きたきた。俺らより上手く説明してくれるよ。悪いな、頭の方はまるでダメなんだ」
「右に同じく!」
申し訳なさそうに目を伏せる柊さんと、元気よく挙手をする竜胆さん。命を救ってもらったところ失礼だが、だったら何故この二人が僕のもとに来たのだろうか。
その真意は車から降りてきた人物に聞くべきであろう。
「ごめんお待たせ。空木良定くん初めまして、俺は“
僕の前に立ったのは無線から聞こえた声の主だった。金髪で肩まである髪、沢山のピアスが夕暮れを受けて光る。低い声だけでは想像つかなかった出で立ち。彼は、大人ではなく少年であった。
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