非/日常編
烈奇官編1『人喰い箱』
かつてはこの通りにも、人の活気が飛び交っていたそうだ。
地元民に愛された小さな商店街も、今では衰退の一途を辿る、もの寂しいシャッター街となっている。
住んでいる者はごく僅かに残っているものの、昼夜問わず、人通りは無いに等しい。
小川を挟んだ向こう岸には、現代の需要に沿った歓楽街が広がっているため、通行人のほとんどはそちらへ足を運ぶ。
心もとない街灯がチカチカと点滅し、光源に引き寄せられた虫の羽音と、自分の足音だけが聞こえる通路。
この息を引き取ったような静けさと寂れ具合から、人はこの場所に不気味という評価をつけたがる。
しかしその実、廃墟というほど放置されてるわけでも、不貞の輩が溜まり場にするほど無秩序でもない。
何故ならこの一帯が、一応公的機関の私有地となっているからだ。
関係者以外立ち入り禁止の柵を跨ぎ、更に奥へと進む。
辿り着いた先は、植物の蔦に今にも呑み込まれそうな、三階建てのこぢんまりとしたビル。
例に漏れずここも一階部分にはシャッターが下ろされており、薄れた字で『夢路書房』と残されている。
その昔、古書店だったこの建物こそが、現在の我らが事務所となっていた。
脇にある階段を使って、事務所として使用されている二階へ上がる。
扉を開ければ、出発した時と全く同じ光景が広がっていた。
「こら、電気くらいつけなよ。何見てるの、ウリス」
夜食の買い出しから戻ってみれば、真っ暗な室内に煌々と輝くテレビ画面。
そこには報道番組が映し出されており、大きなテロップで『関東圏で相次ぐ、女性の失踪事件』と銘打ち、議論が交わされていた。
しかしこんな大々的な報道は、きっとこれが最後になるだろう。
……何故なら、我々
普通の警察では、対処しかねる案件と判断されたらしい。
「うぃ〜センパーイ、お疲れ様っす。とりあえずSNSになんか書かれてないかね〜と見てたんですけど」
スイッチを押し部屋の明かりをつけると、ウリスがこちらに両手を差し出してるのが見えた。
早く買い出しの品を寄越せ、と催促してるのだ。
「見てたけどー? 箱の手がかり、見つかったのかな?」
曲がりなりにも職場の先輩に、この寒空の下、徒歩で片道20分はかかるコンビニにおでんを買いに行かせたのだ。
しかも5分園内にもコンビニはあるというのに、「あそこは練り物の種類少ないから嫌」と、ありがた迷惑なこだわりを発動したおかげで、良い運動をしてしまった。
生憎、乗用車は上司が乗っていってしまい、移動手段は歩きしかなかったのでしょうがない。
それは良いにしても、この間、調べ事に精を出すという口実で居残ったからには、なんらかの収穫はあって欲しいところだ。
……しかしそんな心配は杞憂だったらしく、女は不適な笑みを浮かべ、勝ち誇った様に胸をはる。
「出どころ不明の、信憑性もないやつではあるんですけど……妙に具体的な内容のを見つけましたよん。しかも、報告書には載ってなかったやつ」
「へー。なら、ご褒美をやらんとね」
すでに冷め始めてしまった戦利品を手渡すと、普段感情の起伏に乏しい彼女の瞳にも光が宿る。
猫舌のウリスにとって、容器に溢れんばかりの、しかも適度に冷まされた練り物は宝石に等しいのだろう。
「やった〜、ありがとうございまっす」
「はいはい。それで?」
「ハフハフ……ごくっ。えっと『その箱のねじ巻きを回すと、一番聞きたい人の声が再生される』らしいです」
「箱に? 元々無いでしょ、ねじ巻きなんて。それ今回の事件と関係ある?」
「まあまあ、百聞は一見に如かずっふよ」
口いっぱいに練り物を頬張りながら、スマホの画面をこちらに向ける。
覗き込むと、そこには今時珍しいほどに、いかにもな怪しい個人サイトが表示されていた。
黒背景に蛍光色の文字、無駄に明滅するエフェクト、難解なオブジェ……。
長く見ていれば、視覚的、精神的にも何らかのダメージが蓄積されそうな感じだ。
「どうやって見つけたの、こんなサイト……」
「なんでも、そっち界隈だと有名らしく。それより、ここ見てください」
画面をスクロールさせた先に、俺達にとっては無視できない内容――写真と共に、意味深な文章が綴られていた。
――箱は天下の回りもの。真に望めば、それはあなたの元へ、現れる。
さあ。思い浮かべて。もう一度聞きたい『あの人』の声を。
念じて、優しく回してごらん。
夢の扉は目の前に。
「……どういうことだ?」
今年の2月に入ってから、すでに数名の女性が失踪している今件。
当初、被害者達に面識はなく、性別以外の共通点は無しとされていた。
しかし一部の被害者に限るが、彼女達の所持品や、失踪する直前に居たとされる場所から、似たような木箱が発見されたのだ。
サイズに多少差があるものの、材質や特徴的なデザインが合致しており、これが唯一の手がかりとなっている。
……とはいえ、この箱の情報はまだどこにも公表されてない。
連続事件の証拠として提示するには、説得力が弱いから……これが表向きの理由。
ところが本来、捜査関係者しか知り得ない箱の情報を、この投稿者は持っているらしい。
何故、これをガセネタだと一瞥出来ないのか……?
それは写真に映る、箱の精度にあった。
正方形で赤黒く、金箔で彩られた幾何学模様。
ねじ巻きがついてしまっている点を除けば、見た目はこちらが所持する資料写真と瓜二つなのだ。
……こんなことが可能なのは、事件関係者と見ていいはずだ。
「やっぱ怪しいっすよねぇ? あーあ、サイト主の身元特定して、直接話聞き出せたら簡単なのにー」
「ぼやかないの。そこまで深く関わりたくないから、
「分かっちゃいるんすけどね。でも機械に強いインテリな人がいたら、こんな時心強いですよね〜。もれなく全員、機械音痴ですから」
「機械が天敵なのは、俺たちの
キハラは忘れかけていた夜食を取り出し、時計を見上げる。
22時を過ぎていたが、構わず封を切り口に運ぶ。
コリコリと甘いこの食感が、疲れた身体に染み渡るのを感じながら、もうじきに戻るであろう上司らの帰りを待つばかりだ。
――烈奇官。
人ならざるものが関与してるであろう怪事件を取り扱う、警察組織に属するが秘匿された部署である。
今回烈奇官にお呼びがかかった理由は、ある人物の証言が発端となった。
『箱の中から黒い靄が出た後に、恋人が吸い込まれてしまった』
現在はその凄惨な現場を目撃したショックからか、まともに話すことが難しくなった彼だが、まだかろうじて正気を保っていた頃、最後に訴えたのは以下のことだった。
――自分の愛するものは、箱に食われた。
箱は食事をしていた。
だから骨を砕く様な咀嚼音がしたし、直後箱は大きくなったんだ、と。
警察は最初、気が触れた奴の妄言だろうと考えていたが、通報にあった公園へ向かい、青ざめる事となる。
それは6個目の箱が発見された以上に、そばの茂みから、彼の証言を裏付けるものが実在してしまったからだ。
言わば、食い残しとでも言えようか。
血肉がまとわりついた骨……それも喉仏だと判明。
その後のDNA鑑定の結果、それが彼の恋人のものだと導かれてしまった。
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