第2話商業的価値とは何か?

 本音を言えば、語りたい内容は多岐にわたる

 さまざまなデータを引用して厳密さを保ちたいし、ある程度の硬い文章で、ロジカルな文章を書きたいが、ある意味で、それの殆どは枝葉とも言える。

 長々としたエッセイを読みたくない人も多いだろう。

 だからこそ、オッカムのカミソリのように余計な枝葉の部分を削ぎ落として、この場で、本エッセイで最も重要視していることを書こうと思う。


 それさえ完全に理解できれば、このエッセイを読む必要はないし。

 それを読んでズレていると思うのなら、このエッセイを読む必要はない。 

 本エッセイで語りたいことは、一つの問いかけに集約されるだろう。


 それは、


 『作品の商業的価値とは何か?』


 と言うことになると思う。


 極論を書くが、多くの作者は商業的価値のある作品が作れないし、編集者は商業的価値のある作品が分からない。小説投稿サイトでは、商業的価値のある作品が必ずしも評価されるとは限らない。


 これが今のライトノベル業界が陥ってしまった現状だ。


『作品の商業的価値とは何か?』


 この問いに対して、様々な切り口が考えられるだろう。

 明確な正解があるとは言えない難問だ。永遠のテーマとも言える。

 何をもって、商業的価値とするかも曖昧だ。

 例えば、小説投稿サイト上では、人気があって何万人もフォロワーがいる作品でも、出版したとして悲しいほどに売れない作品が殆どだというのが、今の書籍化というビジネスモデルの現実だ。

 しかし、書籍化されて売れないとは言え、web上で人気があるのなら、それは広告費を稼ぐ商業的価値の高い作品とも言える。

 だが、ここでは、そう言った書籍化されて売れない作品というのは、商業的価値の低い作品として取り扱う事にする。

 逆に言えば、投稿サイト上では人気がないが出版したらすごく売れている作品というものもある、そう言ったものは商業的価値が高い作品とここでは扱う事にする。


 本エッセイでは、問題解決にフォーカスし、その為の問題提起に紙面を割きたい。

 したがって、具体的な数字やデータなどについては、らんたさんのこちらのエッセイに譲ろうと思う。

 若者のライトノベル離れ 約10年で市場半減のショック    https://kakuyomu.jp/works/16817330659071865553 

 こういったデータに頼らずとも、新刊で出版された本のamazonの売り上げランキングを見れば、どの程度その作品が売れているのかある程度の予測はできる。

 勿論、書店ですごく売れている可能性は排除できないが、出版不況で書店も数が減ってきた今、amazonで売れていないものが、書店で売れているとは考えづらい。


 少し脱線したが、ここでは、作品の商業的価値とは、


『作品の持つ独自性と大衆性のバランスによって決定される』


 という切り口で見ていこうと思う。

 あくまでも、これは一つの切り口であって、普遍的な正解とは言えないとは前置きしておこう。

 しかし、この切り口で見る事によって、今のライトノベル業界のみならず、多種多様なエンターテインメント業界の現状を整合的に理解できると思う。


 次回から、大衆性と独自性について少し掘り下げようと思うが、ここまで読んでピンと来なかった場合、時間の無駄になるので、読むことはここで辞めておくことをお勧めする。

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