第1話 風の吹くままに
『剣星』――――。
今から二十年前に起きた第三次世界大戦で轟いたその通り名は今や伝説となっている。
その人物は当時若干十八歳という年齢で戦場に赴き、可変式人型強襲騎兵『トランス・ギア』で戦場を駆け巡り、瞬く間に各地で戦果を上げ、戦争終結後に所属していた騎兵団を去り姿を消したという――――。
時は西暦二千二十年。
賞金稼ぎを生業としているアンジェリカ・バレンタインの朝は基本的には午前六時頃の起床から始まる。
パジャマ代わりのショートパンツとキャミソール姿でまだ目覚めていない金色の瞳を擦りながら洗面台で歯磨きをして顔を洗い、背中付近まで伸びている綺麗な赤色の髪を後ろで束ねたら着替えて準備運動をし、自宅のランニングマシンで三十分程軽くジョギングするのが日課となっている。
外でなく中でジョギングするのは天気に左右されないのと、部屋の温度と湿度が適切に保たれているからだ。
寒い日と暑い日と雨の日と風が強い日は嫌いである。
朝から外に出てそんな天候なのはせっかくの気分が萎えてしまう。
特に梅雨の時期は湿気が多くてじめじめして嫌いだ。
梅雨が過ぎ、季節は初夏が訪れてやっとじめじめから解放されたというのに今度は朝から暑すぎる日々が続いている。
全く、困ったものだ。
ジョギングが終わったら今度はトレーニングマシンを使って軽めのウエイトを使った筋トレで全身を程よく鍛える。
別にマッチョになりたいわけではない。
ただ健康で在りたいためとスタイルの維持のためには適度なトレーニングは欠かさない。
それなりに歳はとってしまったが日々の絶え間ない努力によって作り出したスタイルには絶対の自信がある。
トレーニングを終え、大きめの鏡に映る自分の身体にアンジェリカは言い聞かせる。
《今日も私は綺麗だ》と――。
ちなみに、疲れない程度にやるのが日課に出来るポイントだ。
トレーニングが終わったらシャワーを浴びて、洗濯機を回して自動掃除機が部屋をある程度掃除している間にトイレや細かい所の掃除をし、それが終わったら朝食の準備をして洗濯物を干したら一日の家事を終わりとする。
朝食はパン、サラダ、目玉焼きにその日によってハムかウインナーかベーコンを添えて、デザートにヨーグルト、そして食後にコーヒー。
毎日同じようなメニューだが、朝食はこれくらいが丁度いい。
ただ、お昼は基本的に外食が多くカロリーが高めになる日が多い。
カルボナーラ、ナポリタン、ミートソース、たまに他国の食べ物。
別にパスタ系だけではないのだが自国の料理がアンジェリカは好きである。
何故なら美味しいからだ。
さて、今日はどのお店に行こうかな。
ラジオを付け、今朝からの繰り返しのニュースに耳を傾ける。
今日も世の中は大変なようだ。
戦争が終わってもう十五年も経とうとしているのに世界は一向に平和にならない。
聞こえてくるのは《トランス・ギアを使った犯罪が~》……が多い。
まぁ、皮肉にもそのトランス・ギアの犯罪のお陰で賞金稼ぎとして仕事になっているわけなのだが……。
朝食を済ませたら窓から遠くに見える街の景色を眺めながらタバコを吸う。
ただ、タバコと言っても身体に害がある葉巻タバコやニコチンや有害物質が入っているものではなく、吸えばフィルター越しに新鮮な酸素が供給され水蒸気の煙が出るカートリッジ式の電子タバコだ。
別に吸っても吸わなくても何も害はないのだが、大戦当時に普通のタバコを吸っていた名残りで吸っているに過ぎない。
今でも普通のタバコは販売しているが美容の天敵なのでそちらはもう吸わないことにしている。
「アンジェ、ミラから依頼が来たわ。準備して。」
昼食のことを考えながら食後のコーヒーを飲み、タバコを吸ってぼんやりラジオを聞いていると、テーブルに置いていた携帯端末の画面がパッと光り、少女のような擬似的な音声がアンジェリカを呼んでいる。
「久々の連絡ね。ベータ、今回の相手と賞金額は?」
まずはそこだ。モチベーションに関わる。
「今回の相手はあの『剣星』を名乗って最近暴れ回っいるダグラス・ファミリーの幹部ダニエル・ローバーよ。部下を引き連れて輸送金を積んだトレーラーを襲撃するみたい。賞金額は五百万ダール(※一ダール一円)よ。」
『剣星』の言葉にアンジェリカはピクリと反応し、眉を細め遠くの景色に目をやる。
「へぇ~、また『剣星』が現れたのねぇ……。場所は?」
「ここから約百キロ先のニール地区ね。どうやらそこで暴れるみたいよ。」
「ニールか。あそこには美味しいパスタのお店があるのよね。お店まで壊されちゃたまらないわ。」
タバコを吹かし終えアンジェリカは早々に準備を進める。
使い込んだ操縦服に身を包み手袋を着けブーツを履きヘッドギアを被る。
年期が入った自分の必須アイテム達を身に纏いガレージへと向かい、これまた年期の入ったアンジェリカの愛機である深紅のトランス・ギアの元へと赴いた。
「アンジェ、悪いけど貴女の愛機は大分ガタがきてるわよ。そろそろ新調したら?」
一九九八年式スコーピオン。
通称、九八(きゅうはち)式スコーピオン。
アンジェリカの愛機。
アンジェリカの友人によって設計され造られたメーカー非公認のワンオフ機であり、学生時代から乗り始め、長い年月が経っているが今でも現役で乗っている。
「ベータ、それは出来ない相談だわ。貴女と同じで替えが利かないのよ。」
西暦二千年に勃発した第三次世界大戦、通称『サード・ウォー』。
そこで初めて導入されたのが可変式人型強襲騎兵トランス・ギアであり、アンジェリカもその戦争へ参戦し愛機である九八式スコーピオンと共に戦地で活躍をしたのだが、終戦から十五年の月日が経った。
左肩に画かれた当時アンジェリカが所属していた部隊のエンブレムもだいぶ色が痩けている。
人も機械もそれなりに歳は取る。
ガタがきてるのも分かる。
現代の発展したトランス・ギアの技術力からすれば最早二十二年も前の機体など時代遅れの骨董品なのも分かる。
それでもアンジェリカはこの機体に乗る。
それこそ愛着というものだろう。
たとえ古くてもこの機体はベータと同じく五年も続いた泥沼のような大戦を生き抜いた戦友なのだから――。
機体の後部のコックピットハッチを開き慣れた動作で操縦席へ乗り込みハッチを閉じ携帯端末を差し込みデータを読み込む。
「各部はとりあえず異常はなしよ。ただ、経年劣化で突然どこかがイカれる可能性があるわ。アンジェと同じで。」
「んん? ベータ、一体何回言わすの? この私に経年劣化はないわ。訂正してちょうだい。」
「あら? アンジェ、気づいてないの? 貴女だってもうそれなりに歳はとっているのよ。だってもう三十……」
「はいはい、そうね! そろそろ新調しなきゃね! 経年劣化で頭がイカれたベータを!」
「アンジェ、この私に経年劣化はないわ。訂正してちょうだい。」
「全く、毎度毎度乗る度に歳のことを……。はぁ、もういいわ。さぁ、『剣星狩り』に行くわよっ!」
いつものやり取りを終えてアンジェリカは車両形態の九八式スコーピオンを起動させ、充分にエンジンを暖めてから軽く吹かし、ギアを入れてゆっくりと走り出しガレージを後にした。
機体は加速し、速度計のメモリが徐々に上がっていき、モニター越しに視界に映る景色は次々に通り過ぎていく。
機体のボディに当たる風切り音も速度と共に音を変えて奏でていく。
いつもの事ではあるがアンジェリカはこれから戦いがあるというのにただトランス・ギアに乗って走る感覚が昔から好きだった。
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