第2話
「か……かわいい」
「え?」
ゼロは無意識にそう言葉にしていた。
(っ! 俺は何を言ってるんだ)
王女は顔を赤らめ、信じられないような目でゼロを見ている。
「あ、今のは……ですね、その、気がついたら言葉に出ていて……申し訳ありません!」
そう言い頭を下げるゼロ。
「私が怖くないの?」
「なぜ怖がる必要があるのですか? 俺は護衛兼世話係なのですよ?」
「……無理しなくてもいいのよ?」
「無理はしてません。むしろ光栄です」
ゼロがそう言うと王女はゆっくりゼロに近づいてくる。
特に害はないと思いゼロは動こうとはしない。
そして王女はゼロの手を取り両手でゆっくりと震えた手で握る。
ゼロは自分の顔が熱くなっているのを感じた。
「あ、あの?」
ゼロが困惑していると王女の瞳から涙が溢れる。
「ど、どうしましたか?!」
「ご、めんなさい。私を怖がったり、不気味がったりしない人は初めで……もう、諦めてた。物心ついた時からずっとここで、一人で暮らしてきたから」
それから話を聞くと食材は外に置いてあり、その傍には料理の本があり、それを見ながら死なないようにずっと一人で暮らしてきたこと。
屋敷の敷地外には一度も出た事がないこと。
そして何故自分は一人なのかとずっと思っていたら、ある日食材の横に料理の本じゃない本が置いてあり読んでみると悪魔の事が書かれていたと。曰く悪魔は血の色の赤い色を好むと。曰く悪魔の生まれ変わりは赤い髪に赤い瞳で生まれると。そんなことが書いてあったようだ。
この話は有名なのだが、生憎とゼロは仕事に役に立たない本など読んだことがなかったので知らなかった。
それを聞いたゼロはだから自分がこの依頼に選ばれたのだと思った。
話終えると、我に返った王女は恥ずかしそうにゼロから離れる。
「ご、ごめんなさい、嬉しくて、つい」
「いえ、気にしないでください。そんな事情があったのなら誰だってそうなります」
「ありがとう」
「では、今更ながらに自己紹介をさせて貰いますね。ゼロ・グラーです。これからよろしくお願いします」
頭を下げるゼロ。
「私はイリーシャ。よろしくね。家名は名乗ることを許されていないわ」
「……はい、イリーシャ様」
「様は必要ないわ」
「しかし──」
「私は家名も名乗れないのよ? 大きな屋敷に住んでいるだけで使用人もいない」
「……後々ということで」
「まぁいいわ、今はそれで。今日は遅いからもう寝るわね」
「分かりました。では、俺は」
そう言い部屋を出ようとすると引き止められる。
「……今日はここにいて」
「それは……」
「怖いの、また、逃げるんじゃないかって」
「……分かりました。今日だけですよ」
「ありがとう」
ゼロはイリーシャが眠りについたら王宮を調べるつもりだったのだが、イリーシャに手を掴まれてしまった。
その手は柔らかくて何故かゼロは振りほどく事が出来なかった。
(何やってるんだか……依頼内容を思い出せ。イリーシャは家名を名乗れないと言っているが王族だということに変わりはない。だったら、場合によっては俺はイリーシャも殺すことになるんだ。余計な情は身を滅ぼす。分かってるはずだ)
そしてゼロも明日に備えて眠りにつく。
手はそのままで。
朝、目を覚ますゼロ。
目を擦ろうとするとイリーシャの手がまだあったことに気がつく。
「どれぐらい寝たんだ?」
窓を見てみるとカーテンから少し明かりが差し込んでいるのが分かった。
(いつもは明るくなる前に目が覚めるはずなんだがな......)
ゼロは疲れていたんだろうと自分に言い聞かせイリーシャを起こす。
「イリーシャ様、朝ですよ、おきて――」
そこまで言い、イリーシャを起こすのをやめる。
ゼロは護衛兼世話係として来たことを思い出した。
だったらイリーシャが目覚める前に朝食を用意しなくてはと思いイリーシャの手をゆっくり離させキッチンへ向かう。
裏の組織なんて所で働いていれば当然人に恨まれる。
だから毒を盛られないように大体の料理は覚えている。
ちなみに9は料理を出来ないが毒を見破る目を持っているので特別だった。
「なんだこれ……いや、考えて見れば分かることか」
ゼロが目にしたのは普通なら食べようとすら思わない腐りかけだったりしている食材とは言えないものだった。
悪魔の生まれ変わりなんて言われている人にまともな食材が渡るわけがなかった。
その中でも一番マシなものを使いスープを作る。
味見をしてみるが正直不味い。
ただ、これ以上のものをこの食材で作れる気がしなかったのでイリーシャを起こしに行こうとすると、ドタドタと音が聞こえ勢いよく扉が開く。
イリーシャが泣きそうな顔で来たのだ。
そしてゼロを見つけるとゼロの元に走り胸に抱きつく。
「ゼロ! 昨日は一緒にいてって言ったわよね!」
「俺は護衛兼世話係です。なのでイリーシャ様が目覚める前に朝食を準備していたんですよ」
「……また逃げたのかと思った」
「申し訳ありません」
素直に頭を下げるゼロ。
「次からどこかに行くなら起こしてくれていいから一言頂戴」
「分かりました」
「これ、ゼロが作ったの? 美味しそう」
「味は期待しないでください」
ゼロはイリーシャの前にスープを置き部屋を出ようとすると呼び止められ一緒に食べようと言ってくる。
護衛兼世話係なので、と説明しても引き下がらないので仕方なく一緒に食べることにしたゼロ。
「美味しい」
そう言い涙を流すイリーシャ。
「無理しなくていいですよ?」
ゼロはこのスープが不味いことを知っているのでイリーシャが無理をしているのだと思う。
「ほんとに美味しい。こんなに美味しいものはじめて食べたし、人と食事をしたのもはじめて」
そう言われ、ゼロは本気で言っているのだと理解する。
いつもあんな食材で料理をしていたのだとしたら、これが美味しいと感じても不思議じゃなかった。
ゼロはイリーシャの幸せそうな笑顔を見て嬉しく思いながらも何故かは分からなかったが無性に腹が立っていた。
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