3-2 ハト②
「こんにちはー。わたしハトって言います。⚫︎⚫︎駅にある大通りの茶色い建物知ってますか。わたしあそこで事務員をやっているんですけど。場所分かります? ほら、あそこ美味しい焼鳥屋さんがあるじゃないですか。あ、でも待って、お好み焼きやさんも美味しいし、隣の肉屋さんのコロッケも美味しいんですよ。えー、どっちかな。悩むなー。あ、でもでも真向かいのパフェ屋さんのボリュームがあってー。そうそう、あそこのストロベリークレープがすっごく甘くて‥‥」
などと彼女は私と顔を合わせるなりにマシンガントークを始める。開始早々、面食らう展開だが、推測するに彼女は事前に私の性格を聞いていたのではないだろうか。もしかすれば気を遣って、無理やりテンション高く振る舞い、話題を作ろとうしてくれているのかもしれない。
私は無口な男だから、このように一方的に話しかけられでもしなければ間が持たないどころではない。事実、今まで会ってきた女性たちは顔を合わせてから、ずっと私が沈黙し続けるので、
そういう次第だから私は女性との交際に対して諦めている部分があったが‥‥。もしかすれば相性の合う女性に初めて巡り会えたのかも知れない、などとほんのり期待のようなものを考えてしまう。彼女に少しだけ興味が出てきた。
「でねー。そこの八百屋の角を曲がると、犬がいるんです。ポチっていう子なんですけど、すごく人懐こくて。で、そうそう、さっきの同僚の山田さんなんですけど。山田さんの隣のおうちで飼ってる猫ちゃんがイグアナと喧嘩しててー」
八百屋? 犬? 山田? 猫?? イグアナ??? どういうことだ? ちょっと考え事をしている間にハイスピードで話題が切り替わっている!?
私は戸惑いながらもすぐに理解した。間を持たせるために、やはり気を遣ってやってくれているだろう。彼女のその心遣いに深く感謝した。
それにしても次から次へと話題を作り出すトーク技術は見事なものである。ふと考えてみる。この女性が隣にいたら私は一切口を開かなくとも関係は成立するのではないだろうか。なるほど、それはいいかもしれない。
⚪︎
今日とてせっかくの休日なのである。本当はこのような場などに来たくはなかった。今回に限らず釣りに行きたいところをいつもいつも嫌々、母親連中に見合いの場に引っ張って来られているだけなので、見合い相手を目の前にしても考えることは釣りの事ばかりで、今まで自分がどういう女性が好みなのか碌に考えてこなかった。と言うか考えるまでもなく自分に合う人間がいるとも思っていなかった。だからすべては無駄な時間なのである。
しかし彼女と関係を築くのは楽そうに思えた。その楽そうという気持ちが、初めて私を少しだけこの縁談に前向きにさせる。それは私側から女性側に提示する唯一の条件だったのかも知れない。
ますます彼女に興味が出てきてしまう。
と、ここで定食屋の女性従業員が注文していた料理を運んでくる。
「ハーイ、うみさん。いつものデラックス定食とアジフライ追加ね」
この定食屋の店主は私の幼馴染で小学生からの釣り仲間だ。料理を持ってきた女はその幼馴染の女房になる。よく働く女である。休日の度に旦那を釣りに連れて行かないでとさっき軽く挨拶した時に小言を言われた。
奴の女房は片手に持っていたどデカい料理を私の前に配膳した。
大盛りご飯に味噌汁とサラダとお新香。大きなメンチカツにエビフライが二つとカニクリームコロッケが二つ。さらにはアジフライがついて1000円というお得感バツグンの看板定食である。しかも味も絶品。美味そうな揚げ物の匂いが胃袋を刺激してきた。
さっそく始めたいところだが、今日は連れがいるということで、一人で食い始める訳にはいかない。私は割り箸を取り出して机の上に置いた。そして目の前に座る彼女の様子を伺う。普通の女性が私が頼んだ料理の量を見たら、さぞや面食らうだろうと思われたが‥‥。
「そっちのあなたは、チーズカツレツマヨマヨボンバーね」
と奴の女房はいったん厨房に戻ってから両手で、重量を感じさせる料理を持ってくる。彼女の前には私の料理に勝る量のドデカ料理が配膳された。
熱々の揚げ物の上に特製の白いソースがふんだんにぶっかけられている。ソースから匂い立つ溶けたチーズが揚げ物の匂いと相俟って実に香ばしい
驚く間もなく、さらなる大物が運ばれてくる。
「それと、超ビックたこ焼き宇治金時デラックスね。ごゆっくり〜」
山を連想させる超大な緑色のかき氷であった。そこに定番の餡子が乗っかり、その上に大きなたこ焼きが一つ乗っかっている。
んん? WHY? なぜに、そこにたこ焼きが?
などと考える前に、そんな疑問を瑣末なものにしてしまうほどのボリューム感に圧倒されてしまう。まさに山だ。壮観なのである。だからして、これだけ迫力があるなら、たこ焼きが一つぐらいあってもおかしくないだろうと妙に納得してしまう。
彼女は「わー、美味しそう」と言って普通に喜んでいる。
私は唖然としながらも、しかしまたもや感心した。小柄のように見えて、食は細くないようだ。私はよく食べる女というのは嫌いじゃない。ますます好感度が上がってしまう。
「おいしー。このかき氷、すっごい美味しいね」
そっちから食うのか。しかもかき氷にたこ焼きとはどういう悪食なんだ? などと先程は妙な納得感を得てスルーできたものを、少し冷静になって思い直してみたのだが。幸せそうに甘いものを頬張る彼女を見て心が和んでしまう。その笑顔を見て。まあ、かき氷にたこ焼きがのるくらいことは偶にあるだろうと再び納得したのだ。
しかし私はふと思った。この店に長いこと通っているが、こんなメニューあったっけ?と壁紙に書かれているメニューを見渡したが、なかった。
「あ、これね。裏メニューらしいの」
裏メニューをすでに熟知しているとは、たぶん彼女は今日初めて来店したはずだと思うのだが、
「おいひ〜〜❤️ あのね。ここの裏メニュー。有名なの。だからお見合いに来たんだ」
などとぶっちゃける。いつの間にか敬語がなくなり、タメ口になっている。私は彼女の裏表のない、かつ、気さくな人柄に好印象を持った。
⚪︎
「あ、それ美味しそう。頂戴」
と、彼女は私の皿からエビフライを引ったくっていき、そうして自分の皿から交換として、カツを差し出すかしばし悩んだ末に、お新香を二切れよこしてくる。
–––ほほう、そう来ましたか。
一見、不平等で理不尽なトレードのようだが、私はいたく感心してしまう。
考えてみよう。彼女が今やったことはこういう意味のことなのだ。今日、我々は初対面であり、何かと遠慮し合う間柄だ。なのでその遠慮の垣根を取っ払う為に、あえて唐突におかずを交換し合うことで同じものを食っているという一体感を増させたのだ。その際に交換するおかずは何でもいい。彼女はやはり気遣いの女性のようだ。さらにそこで明らかに釣り合わないトレードをすると緊張で凝り固まった場を、ちょっとした笑いでほぐせるだろう。(わたし以外にやったら、多分怒られるかもしれないが)
「それでね。さっきの佐藤さんの話なんだけど、面白いの。その人、弓道をやっているから、絶対に当てるからって言い出して〜。そしたら引っかかっていた木から全部落ちてきて、ドバドバドバ〜て、自分の頭にぶつかっちゃって、それ見てみんな笑っちゃって、アハハハ」
やはり少し考え込むと、話題が変わっている。実に不思議だ。
私は佐藤さんのことはとんと存じないが、人柄を察するにきっとお茶目な人なんだろう。木から何が落ちてきたか気になるところだが、それは考えないことにした。
「だから絶対、宇宙にはね。いるのよね。宇宙人。いない、いない、て怒る人がいるけど。実を言うとね。その人たちはみんな宇宙人なんですって。有名な学者さんの説。これホントにホント。テレビで言ってた。で、その学者さんがね。実は私も宇宙人だったんです。とかオチをつけるの。もー、こわい。それでね。こっからがすごいの。さっき言ったそのエキゾチック物質があるとね。タイムマシーンが作れるらしいの。タイムマシーンなんて作れたら絶対、宝くじ買いに行っちゃう」
話が宇宙まで広がっている。まぶたを一回、開け閉めしている瞬く間の出来事だった。実に驚くべきことだ。
これと似たような感覚には覚えがある。小説などを読んでいる時によくある事だ。ひっかりのある台詞や一文の描写に思考を奪われて、考えながら無意識に4、5行、先を読み進めてしまうと、もう展開が完全に一転してしまっていて、内容が分からなくなり、読み直す必要が生じる時などだ。
つまり彼女の言葉は小説的だ。注意深くしていても捉えどころがなく、言っている意味は深く、何度も読み直す必要があり、知識が広く話に興味が尽きない。
声も心地よい響きを持っている。彼女の話ぶりは小説というよりも詩に寄っているのかもしれない。とても魅力的に思われた。
タイムマシーン? できるかもしれないね。
「もー、本当に頭きちゃう。その人、嫌味ばかり言うから、私も嫌味を言っちゃった。あなたの髪先だって鼻毛みたいだよって。その人、意味が分からないみたいな顔をして唖然としちゃってね。傷つけちゃったかな。悪いことしたかな。でもね、私だって怒るんだから。言わなきゃ、言わなきゃ」
今度は誰かを怒っている。嫌味を言ってやったと言っているが、その様子はどうにもチャーミングだ。
私は常々、思うのだ。女性を醜いと感じるのは他者への攻撃性を露わにした時に、意地の悪い本性を見せた時だ。優しげで見た目が整っている女性でも、それを見せてきた時に私は非常に残念に思うのだ。その人をもう美しいと思えなくなってしまうのだから。
しかしこれは不思議なのだが、愚痴を言う時に可愛らしいと思える女性は好ましく感じる時がある。恐らく根が善良だから言葉通りのことを本気では言っていないのだろう。ただ不満があって勝手にブーブー言っているだけだ。私の母親もちょうどこんな感じだった。聞いた話だと、男は自分の母親に似た性質を持つ女性を好きになると言う、もしかしたら本当に彼女は私にとって好ましい女性なのだろうか。
以上、纏めよう。
礼節があり、言動も一流、振る舞いにも心遣いがある。よく食べ、母親に似た部分があり、心根も美しい。それが彼女だ。
結論を言おう。
私は今、日本女性の美と品格を備えた大和撫子のような女性を目の前にしているのかもしれない。
⚪︎
「あ、ピーマン嫌い。あげるね」
こらこら、好き嫌いはやめなさい。
「人参もあげるね。これもあげる」
おーい。そういうことしないの。
童心を忘れないこの行儀の悪さ。彼女は天真爛漫な女性でもあるようだ。さらに魅力となるポイントが加わった。彼女の人物像は奥が深い。
では、私の方も何かお礼をしないといけないな。すでに身を食って、尻尾だけになっているアジフライのシッポを彼女の皿に乗っけてあげる。
すると、
「アハハ、なんでシッポだけのせるの〜。アハハハ」
彼女は本当に楽しそうに笑い出した。
私はその彼女の笑顔を見て固まってしまった。私にとって、この時、この瞬間が生涯忘れらないものになったからだ。
––––––––––––––。
目の錯覚ではない。向日葵が咲いたのだ。
彼女は太陽のように明るく、向日葵のように笑う女性だった。
童心を忘れないこの行儀の悪さ。彼女は天真爛漫な女性でもあるようだ。さらに魅力となるポイントが加わった。彼女の人物像は奥が深い。
では、私の方も何かお礼をしないといけないな。すでに身を食って、尻尾だけになっているアジフライのシッポを彼女の皿に乗っけてあげる。
すると、
「アハハ、なんでシッポだけのせるの〜。アハハハ」
彼女は本当に楽しそうに笑い出した。
私はその彼女の笑顔を見て固まってしまった。私にとって、この時、この瞬間が生涯忘れらないものになったからだ。
––––––––––––––。
目の錯覚ではない。向日葵が咲いたのだ。
彼女は太陽のように明るく、向日葵のように笑う女性だった。
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