総力戦2


 ここアーテル・レギアの領民の間にはこんな噂が流れている。


『新しいアーテル・レギア伯は男を六人も囲ってるらしいぜ』

『まあ大きな壁――きっと見せられないような淫蕩な生活を送っているのね』


 もっともこれらは事実だし、流したのは私だ。

 何故こんな家名に泥を塗るようなことをしているかと言えば。

 理由は単純――偽装だ。


 聖女と勇者のための学院を追い出された

 学院を追い出され、聖女として生まれた名声は地に落ちた。

 それでも家と元聖女ということで宛がわれた僻地でこんな噂が流れたのであれば、王は、他の貴族は、国民はこう思う。


『元聖女が気を違えてしまうとはな――』

『ああ、イライザ・グラティアリス《あの女》はこのまま緩やかに悶死してくれるだろうか』


 そうなると誰も触れない腫物の扱いしかなくなる。まともに視察もない。あっても形式的に領地を巡るだけ。少なくとも、交易のための荷馬車の荷物をいちいち調べはしない。当然、屋敷の絨毯なんて剥がしたりはしない。

 お飾りの伯爵位だから。聖女として代々的に宣伝した女だからと、お情けで領地を持っただけ――その上、女だから。

 何もしないと思ったのだから。

 だから私は自由にやった。

 誰にも見咎められないのであれば、爪を研ぎ放題だった。


 その中の一つが爆弾これだ。


「爆弾――ですか」

「マールクも知らなかったの?」

「地下に荷物を運んだことはある。しかし中身までは、機密だからと」

「ええ、そうよ。だから貴方にしか任せられなかったのよ」

「秘密の兵器――それを使えば私でもアンデッドに対抗できるということですか?」

「ふふ、楽しみにしてくれていいわ」


 この爆弾――爆発の魔法を込めた弾はかねてより我が家で開発されていた武器だ。

何代も前からずっと。何代前だったかは忘れた。興味もない。

 このレシピを下さった叔父様にしてもそれは同じ。

 追い出されたというのは許せない。

 追い出された方がとてもではないが許せそうにない。

 あの女を許すことは出来なかった。


 ”許せない”の一念で完成させた爆弾だったが懸念は残っている。そのせいで実戦に投入は出来ない、まだ開発の途中の物なのだ。

 騎士は勝手に木箱を開けて一本取り出し、赤い輝きを眺める。


「ちなみに衝撃を与えると爆発するわ」

「えぇっ? ちょちょちょ、マァジかよ!」

「いやぁぁっ! 落とさないで落とさないで」

「ふふっ、なんてね。そんな箱に納めて移動させてたくらいよ。そんな簡単には爆発しないわ。まあ爆発したらこの広間は吹き飛ぶでしょうけど」

「やべぇ、ここがか?」

「それどこれはどうやって使うんだ?」

「そうね。どこか広い所へ行きましょう」


 威力を考えるととても室内では使えない。とはいえ敷地の外で使えば狂信者に目視されかねない。

 もっともあの感知範囲なら爆発の魔力で分かってしまうだろう。ただそれが冷気によるものではないと、わざわざ知らせる必要はない。


「この辺りで如何でしょうか?」


 『手の内を知られたくない』という私の気持ちを察知した楽師マールクが案内したのはうまや。正門から本館へ続く道の片側に使用人のいる別館で、反対側がうまやである。現在5頭の馬を繋いでいる。木製の簡単な建物の前は曳いて運動させることの出来る狭い広場。もっとも楽師マールクは外に連れ出すことが多いけれども。

 それでも少なくとも壁の内側ではもっとも開けた場所ではある。


「ここから向こうに投げましょう。騎士ラスロお願い」

「おう、任せろ」

「大丈夫かな? どのくらいの爆発の大きさなの?」

「そうね。大体あの木辺りまで投げれば大丈夫よ」


 正門からうまやへの視線を切るための並木が10mと少しのところにある。庭師たちは可哀想だけれども、あれを犠牲にする他ない。


「んじゃいっちょ行くぜ! そーい!」


 どうにも気の抜ける掛け声とともに、一歩踏み出して大きく手を振る。ゆっくりで緩やかなフォームとは裏腹に、投げ出された爆弾は赤い一条の光となった。

 ほとんど直線に近い軌道で勢い良く幹に当たる。


「おっ、何にも――」


 爆発の魔法を取り囲む石。魔力を通さない石だ。砕いて粉にしたものを練り込めばそれは魔法に耐する力を得る。蚕に食べさせ育てれば魔法に抗する糸を吐いたりも。

 この爆弾では砕かず石のままで加工したものを使う。更に内側に特殊な溝を彫って割れやすくしてある。それにヒビが入れば爆発に負けるように。

 木の幹に当たり、地に転げると――小気味よい高い音が微かに耳に届く。


「いえ入ったわ」


 一瞬の静寂の後、轟音と閃光。

 目と耳が眩み。騎士ラスロの背後に居た私にも衝撃が来て、臓腑が上下するのを感じた。

 私の周りの貴公子プリンスたちも手を盾にしてもなお爆風に押される。学者ジェルジは片膝を付き、貴公子フェレンツは尻もちを付くほど。

 個体差だろうか。思っていたより爆発が大きく、威力も高い。

 投げつけられた木は跡形もなく、向こうまで視界が通ってしまっていた。


「――凄い武器だ」

「ひょーすげぇ!」

「確かにこの爆弾があれだけあれば千とかの兵でも俺たちだけで勝てそうだ」

「そうかな?」

「そうだぜ。見ろよジェルジ。木が跡形もなくなってんだぞ?」

「いや、使いづらいね。なんで攻城兵器って言ったか分かったよ」

「そういえばそう言ってましたね。なんでです? 守りにも使えますよね」

「壁が持たない――だろ?」

「ええ、そうよ」

「――投擲用の道具もあるだろ?」

「ご名答。そっちは開発はまだね。試作品は幾つか作ったのだけれど。半分以上発射の衝撃で爆発してしまうの。現状は手で投げるのが精一杯ね」

「ええ、ていうか。私たちそんなのの上で暮らしてたのですか?」


 一瞬の静寂――一斉に私に目が向く。

 その種類によってはやり直しの必要もある。と考えていたけれども――


「まあでも、兵ならともかくよ。相手はおっそいアンデッドだろ?」

「ああ、何が来ても跳ね返せるよな」


 現実離れした威力のお陰だろうか。危険な物の開発をした経緯や、危険な物の上で生活させたことなど。どこ吹く風だった。

 常ならば不信の目を向けられても可笑しくはない。

 けれども向けられたのは自信の目。勝利への期待の目。

 使用人たちは戸惑いが強いけれども、それでも怯えは消えた。

 貴公子たちの歓声に合わせて顔が明るくなってきている。

 皆の気力の高まりを感じて、私の心にも自信が沸いてきた。



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