森林脱出3


「おはよう。イライザ」


 駄目だった。

 魔物の数が多い。オウルベアだけでなくダイアウルフも居た。特にウルフは群れて数が二桁を越えていたため、倒し切った頃には魔力が空になっていた。

 単純に戦力不足、武器が足りない。


楽師マールクその馬車ではないわ。舞踏会にいくわけではないのだし、荷馬車で結構」

「荷馬車――? それは幾ら何でも。イライザ様にみすぼらしい馬車は似つかわしくありません。イライザ様に釣り合う馬車はこれだけかと」


 確かに一理ある。私に似合う馬車といえばこれ。艶のある黒い車体、黒い車輪の内には赤いラインが入り、御者の席にも赤い布を使った豪華な物。しかも板ばねを使い揺れを抑えた、この国自慢の輸出品でもある。

 対して荷馬車は簡素な物だ。木をろくに加工せずに使った車体。座ればささくれが

当たるし、揺れを抑える機構もついていない。乗り心地は最悪だろう。


「嬉しいわ。でも今はいい。今必要なのは運搬力よ」

「なら2台用意するというのは――」

「無理よ。いい馬がそこまでいないでしょう。それを御す者もね。さあ、分かったら武器を積み込んで頂戴。絵師イストバンも弓矢を持ってきなさい。出来得る限り積むのよ」

「そこまで仰せならば――」

「――何をするんだ?」

「狩りよ」


 荷馬車であることで寒くなった。けれども運搬力が上がったことで全員分の外套を用意出来た。重くかさばる毛皮の外套もだ。

 オウルベアの頭部の薄い色合いの毛色、より高級な方を貴公子フェレンツに。そうでない部分を騎士ラスロに。ダイアウルフは料理人タマシュ

 ひょっとしたら仲間と思って襲ってこないかもしれない。


 勿論、そんなことは無かった。


「ひぃぃっ!! 何でこんなにっ魔物が襲ってくるんですかぁっ! これじゃ私たちが狩られる側みたいじゃ」

「フェレンツ、後ろからうるせぇっ!」

「これだけの肉か――腕の奮い甲斐があるってもんだ!」


 騎士ラスロ料理人タマシュが並んで魔物に対峙しつつ、絵師イストバンが援護。

 楽師マールクは馬車を操り、学者ジェルジは馬落ち着かせるため前に。

 貴公子フェレンツは「いざと言う時は君を守るよ」と言ったところまでは格好はよかった。


「イ、イライザ。こう魔法でばーんとやってしまうというのはどうでしょう? 冷気で凍り付かせれば肉も長持ち――うん、そうだ! それがいい。そうしましょうよ!村の皆にだって持って帰れるでしょう。ね? ね?」

「――何を言っているの? 出来得る限り魔力は温存します」


 騎士ラスロの剣一本だった前回と違って大分余裕がある。

 料理のために狩りでもしていたのか料理人タマシュの動きが実にいいのだ。まるで魔物の先を読めているかのよう。堂々とした戦い振りだ。

 2匹のオウルベアだけは魔法と弓で処理した後は見てて安心できる。


「そうだよ。おかしい。イストバンも矢を使い過ぎない方がいい」

「――ああ」


 流石に学者ジェルジは異常事態に気付いている。無表情で分かりにくいけれども絵師イストバンも何かおかしいとは思っているだろう。


「しかし魔物が何故こうまで執拗に襲ってくるのでしょうか?」


 遅れて楽師マールクも気付く。

 そう普通は魔物は人を襲わない。特に徒党を組んで馬車に乗った人間たちなど魔物であっても勝ち目が薄いと分かるから。

 魔物だからこそ、野生で生きている生物なれば危険をおかして襲ったりはしない。

生きるために、食べるためにしかその牙は発揮されないのだから。


「空腹にしてもあれだよね」

「イライザ様。子供がいる――とかではないでしょうか? 子を守る親は時に凶暴になるものと聞いたことがあります」

「こ、子供? わ、私たちは子供は襲わないですよーだから帰ってくださいねー」

「分かるわけないでしょうに。それにそうだとしてもおかしいわ」

「――一緒に攻撃してくる理由がない」

「それだよねぇ」


 答えは薄々気付いてはいる。けれどもそれを言うかどうか。逡巡している内に魔物はすべて片付いていた。


「おい、いつまでダベってんだよ。こっちばっか働かせてよぉ」

「す、すみません――っておお! 凄い全部倒したのですね。見事見事ですよ!」

「せめてさばくのは手伝え」

「え、いや私は血は――ねぇ?」

「手伝わないと肉はないぞ。働かない奴に俺は料理を作らんからな」

「えぇぇ、やりますやります」


 どうするか――正直足止めは喰らいたくはない。

 考えている通りならば怖気おぞけが走る。けれどもそれを確かめたい気もする。


「なぁ――なんか揺れてないか?」

「ん? どうでしょう」

「いいから手を動かせよぉ」

「いや、揺れてるね。段々大きくなってるよ」

「――来る」


 微かに感じた揺れは今や地を響かせ、風を巻き起こす。

 絵師イストバンの向いた先――森が揺れていた。


「乗りなさい! 楽師マールク、急げる?」

「はっ、やってみます」

「マジかよ。俺の肉ぅぅっ」

「そんなこと言ってる場合じゃない。とんでもない数でしょこれ」

「――ああ」

「魔物の群れの暴走。聞いたことはあるが――」

「知っているの?」

「あ、ああ、でもここらではないよ。もっと南の方での話だ」

「どういう話?」

「んーまあ、魔物の群れが暴走したら注意しろって話」

「そ、そりゃそうでしょぷっ! うっ、ひたはんだ」

「坂を下り切りました。ここからは揺れますよ。まだ来てますか?」

「それを先に言ってっ先に! ねぇジェルジ治して、痛いです」

「まだ後ろから来てるよ。隣の領地まで抜けちゃった方がいい」

「それだけではないでしょう料理人?」

「あ、あーまーんー」

「歯切れ悪りぃな。お前の料理かよ」

「ばっ――! 俺の料理がいつどこで食感悪かったんだ!」

「いやぁ、ないんじゃね? そのくらいの勢いで言っちまえよ。どうせ良いことじゃないんだろうけどよ。お前もフェレンツみてぇにビビッてんのか?」

「はぁったく。まあ後ろにはもっとやばいのが居るから。一緒に逃げた方がいいって話だよ。確か砂漠の方だったか草原の方だったか。旅して生活してる部族の話だ」

「はっ、それで必死に俺らを襲ってたってわけか」

「なら僕らよりやばい奴らに追われてるってことかな?」

「――そうなる」


 崖に向かって魔物が走って来るのに違和感があった。

 縄張りがあるはずの魔物が何故に、と。

 追い立てられていたのだ。私よりも危険な相手に。

 それは一人しかない。

 奴しかない、あの狂信者しかいない。


「まあでも大分離れてるからな」


 そうだ。料理人タマシュの言う通り、分離れている。

 あの森の揺れの遥か向こうに居るのだとしたら、徒歩では半日は掛かろう。

 それにこちらは馬車。

 ならば逃げ切れるのではないか――


 そんな淡い期待はすぐに裏切られる。


「うあぁぁっぁあっ。た、たすけっ!」


 貴公子フェレンツの豚のような悲鳴とともに。

 私の身体も宙へと投げ出され、舞った。

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