本館防衛3


「――フォーメーションを変えよう。盾を持って階段へ。そうだ。縦に」


 身体の大きな男から順に扉を持たせて階段上部に並べる。3枚の扉を使って階段を横に塞がせ、背後に剣持ち、更に背後に追加の盾。


「階段の途中ですかい? その、逃げ場が――」

「――剣で背後から援護させる。それにここだと上から狙いやすい」

「なるほど」


 庭師の疑問にも素直に答える。

 一人でいることの多い絵師イストバンだったけど、意外にも部隊を率いる才があるのだろう。配置に着いた皆は納得した顔。理詰めの隊列に安心して構えた。


「――左右に分かれよう」

「ええ、そうね。ああ、そうだ絵師イストバン。敵の数だけど。ゆうに100は下らないわ」


 もっともこれは最低これ以上いるだけというものだけど。初めて具体的な敵の数を伝えた。

 絵師イストバンなら大丈夫だろうと。この冷静さがあるならば、より確率の高い方法をとってくれるだろうと。


「――ん――矢は温存したい」

「そうね。主に私が対応します。撃ち漏らした場合は――」


 いつもの感情のなく返答ではなく、頼もしく頷いた。

 まともに攻撃魔法を扱えるものは私一人。彼が時折山に入って狩りをしているとは聞いてはいたけども。まさかここまで頼れるとは――嬉しい誤算だ。

 そんな喜びの余韻を破壊したのは貴公子フェレンツの声。


「ひぃぃぃっ!! 来た、来た来たぁぁ」


 腰砕けの老人の悲鳴のような情けない台詞が開戦の合図となった。


「おうらぁっ!」

「ひぃ来るなっ! 来るなっ!」


 盾の後ろから二人は剣を振う。斬るというよりはないで後ろに弾き飛ばして落とすイメージだろう。

 基本的に盾役は押し合わない。ただ持つだけでも素人には重く、体力的に厳しい。

斜めに構え、むしろ上らせるようにしていく。

 不十分な体勢で上って来たところを剣で落とす形になる。


「手前ぇで最後だっ!」


 最後のアンデッドが薙ぎ払われると、手すりを越えて――腐った果実が落下した時のような音を立てた。


「ふうっふうぅぅっ! ねえこれで――」

「次、来ます」

「ふううぅぅぅ」

「豚かよ。ほら、戦なんて喧嘩と同じだ。吠えるんだよ! しゃあぁぁっっ!」


 響く声に引き寄せられたのか、次のアンデッドは速やかに辿り着く。


「うぅぅあああ!」

「良いぞ! おらおら落ちやがれ!」


 軽快に落としていく――けれども恐れ知らずのアンデッドたちに躊躇はない。

 日々鍛えている騎士ラスロはともかく、貴公子フェレンツの顔は既に青い。


「ふぅっふぅっ、こ、交代です。代わってくださいぃっ」


 勿論交代要員はいる。その隙を埋めるために魔法もある――けどあまりに早い。

 出来得る限り節約しなければならない。

 ここは1発? ――いや、2発か。

 先刻の絵師イストバンの矢のイメージで脳天を刺し貫くだけの小さな氷の矢を飛ばす。

 上手く双方が刺さった。しかも後ろに反れるように落ちたお陰で後方のアンデッドも巻き込み落下。止めとはならないまでも大きく隙が出来た。

 調子は良かった。

 上って来るアンデッド。

 剣戟の音は鈍く響き。

 落下し水気のある潰れる音。

 疲労し交代時には魔法を放ち、たまさか来る同時交代時には矢が風を切る。

 淡々とやってくるアンデッド。順々に処理される音。

 踊るようなテンポ、リズムがあった。

 その理由は休みなく増えるアンデッド。

 そういえば囮に出なくてもずっと来ている。

 匂いか? 音か? それとも生命を感知する何かがあるのか。

 その理由が分かったのは、リズムを打ち破る貴公子フェレンツの悲鳴。


「ああ、ああぁぁっ! あれは――あの服! あの髪――!!」


 やたらしっかりとした身体と服を持ったアンデッドが混じっていたのだ。

 どこか見覚えのある衣服、料理に適した格好。汚れているものの白だったコートと首に巻いたスカーフ。そして頭の髪は――茶色。

 短く切ったウェーブがかった癖のある髪の毛はまさに料理人タマシュのもの。

 彼が、アンデッドと化した彼が私たちの居場所へと先導して来たのであろう。


「ううぅ、いやだいやだ。私は私はっぁぁぁ!!1」

「馬鹿、おい! フェレンツ、持ち場から離れてんじゃっ――」

貴公子フェレンツどこにっ?!」

「すまないすまないぁぁぁあああぁぁぁっ! いやだぁぁ!」


 錯乱してフェレンツは剣を放り出して二階の奥へと走っていく。


「ううああぁ、イライザ様!」

「たすけ――」


 開いた隙は大きかった。貴公子の援護のなくなった端の盾は乗り越えられて陥落。

アンデッドが一つの大きな口のように広がって迎えて――閉じた。


「――下がれ! 後ろの盾の後ろで立て直せ。援護するっ!」

「そうは言ってもよぉぉっ」

「5秒耐えなさいっ」

「5秒――っつてもなぁっ!」


 全力――今までの魔力を節約した魔法とは違う。

 全身の魔力をかき集めた全霊の一撃、でなければ――。

 正直燃費は最悪。出来れば使いたくない。この一撃で残りの魔力の大部分を使ってしまう。ジリ貧必至の一発。

 けれども、もう私の腹は決まっていた。


「まだかよぉ」

「祈りなさい――」


 一度に大量の敵の足止め。私の中で持っているもっとも広範に影響を及ぼせるのは冷気の魔法。ただ幾ら得意と言っても調整は難しい。

 広すぎれば騎士ごと凍らせる。

 温度を下げ過ぎれば階段が落ちかねない。

 甘すぎればアンデッドの動きを止められない。

 だからもっとも微調整が利き、感覚的に操れる器官――口から冷気を放出した。


「うぉぉ何か来たぁぁっ! つつつめっつめ、冷てぇっ」


 口から吐いた冷気は白い霧となり、床全体をうっすらと覆う。

 がくんとして動きが止まるアンデッドたち。

 それでもまだ魔法は止めなかった。

 アンデッドの腰から、胸、頭をもやが包み。もがく腕だけが残る。堅い鉄を折った時のようなバキッという音が連続して響いて――


「こ、凍った。これだけの数を? うぉおおすげぇぇぇ!」


 喜びも束の間――従僕アンナの言葉が私の冷気よりも場を凍り付かせた。


「門が破られました――」


 身体から力が抜けたのが分かった。

 思ったより魔力を使ってしまったからか、絶望的な台詞のせいか。

 骨がなくなったように膝が崩れて、手すりにしがみつかなければ姿勢を保てない。


「イライザ様。大丈夫ですか?」

「ああ、従僕アンナ。私はいいわ。もう――」

「まだ終わってないさ」

「でももう魔力も。矢だってほどなく尽きるでしょう。貴方たちだけでは――」

「だろうね。でも今日まで君に仕えてきたんだ。このくらいはやるさ。最期は自由にやらせて貰うよ」


 強がりだ――だって学者ジェルジの手も、従僕アンナの足も震えが隠せていない。


「好きになさい」


 でも私は許した。

 彼らの死は無駄にしない。とか格好いいことを言うつもりはない。私はまだ死ぬ気はないのだから。

 ただ彼らの意を汲み部屋へと戻った。


「ひぃっっ! イライザ。すまないすまないすまない――」


 扉もなく家具もなくがらんとなった部屋。隅っこで膝と頭を抱えて折檻を受ける子のようにした貴公子フェレンツが居た。

 泣きはらし赤くなった目、腫れた目蓋はもはや私の貴公子プリンスのそれではない。


「ここに居たの」

「すまないすまないすまない。イライザすまない――私を許して」

「良いのよ。もう」

「そうじゃない。すまないすまないすまない。嫌なんだあんなアンデッドになるのはあんな姿になるのは。あんなみすぼらしい姿になるのは」

「誰でもそうでしょう」

「違う。あんなに祈ったんだ。私はずっと祈って来たんだ。毎日毎日毎日毎日毎日、主に祈りを捧げて来たのに! あんな姿に、主に見放された存在になりたくないっ! あんなに祈ったのに祈りが届いていなかったなんて。疑いたくないんだ!」

「聞きたくないわ――」

「ああ、御免なさい。イライザ。でもお願いだ許して許して許して」

「だから良いと言っていますっ」

「ああ、そうか。そう言ってたね。なら頼む。自分では出来ない。禁忌に触れることは出来ないんだ――だからお願いです。私を――」


 目を背け、意識を話しても無理矢理わって入る貴公子の鳴き顔。

 絶叫のように上げた悲鳴は残酷で決定的な決別。


「私を――殺してくれ」

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