第18話 病室での記念日。
思わぬ事故に、怪我をして意識を失ってしまったものの、耕造は、生命に支障はなく無事だった。しかし、全治3ヶ月、2週間の入院を強いられることとなる。肋骨骨折、右肩打撲。包帯でぐるぐる巻きにされた耕造は、病院のベッドで退屈な日々を過ごす。
耕造は、ベッドで、うつらうつら眠りこけていた。そこへ、由香が、見舞いに来た。
「耕造さん、起きて。」
由香は、そっと、耕造の体を揺り動かした。
「耕造さん、耕造さん。」
耕造は、目をパチクリさせると、由香の顔に注目して、向き直る。由香は、
「耕造さん、美味しいメロンを持ってきたわ。」
そう言って、手提げを持ち上げて見せびらかした。
「ウファぁ、いいねぇ。」
「今、剝いてあげるわ。」
由香は、手提げからメロンと果物ナイフを取り出して、剝き始める。
「耕造さん、気分は、どう?」
「うむ。悪くない。」
「怪我、早く良くなるといいね。」
「くしゃみしたり、笑ったりすると、まだ痛むんだ。」
耕造は、メロンを果物ナイフで、丁寧に剥く由香をじっと見つめる。いつも束ねている髪を今日は下ろし、赤色のセーターに、ダメージジーンズという格好でワイルドな印象だ。耕造は、唾をのんだ。由香は、メロンの皮をむき終えると、手のひらの上で、上手く細かくナイフを入れる。
「耕造さん、美味しそうでしょう。」
手から果汁がぽたぽたと床に落ちる。由香はお構いなしだ。皿を手提げから取り出すと、切ったメロンを載せて、爪楊枝をさっさと刺した。
「耕造さん、あーんして。」
耕造は、由香に、メロンを口に入れてもらい、もぐもぐと味わう。暫くすると、耕造のほほに涙が伝わった。
「由香、話がある。」
由香は、そんな耕造を見て、一瞬たじろいだが向き直る。
「耕造さん、なあに。」
「由香、そこの引き出しを開けてくれ。」
由香は、言われるがままに、引き出しを開ける。中に血に染まったケースを見つけた。
「耕造さん、これは何ですか?」
「由香さん。中を開けてみてくれ。」
由香は、緊張して、そのケースを開ける。すると、可愛らしい、輝く、小さな指輪が、そこに収められていた。
「耕造さん。」
「由香さん、俺と結婚してくれ。」
自然と、ゆっくりと、由香の目から涙がこぼれた。
こんな耕造の姿から、こんな形で、結婚を申し込まれて、戸惑いと、嬉しさの入り混じった感情がわいたが、すでに由香には覚悟ができていた。背筋をピンと伸ばして耕造の目をまっすぐに見つめる。
「はい。喜んで。」
耕造は納得して、ほほ笑む。だが、傷口が痛んだ。
「なに大丈夫だ。これから2人で頑張ろう。」
「はい。」
この部屋だけ時間が止まったかのようだった。2人は、延々と語り合った。いつまでもいつまでも仲むづまじい光景があった。
冬の夜が訪れようとしている。あと、幾日もすれば、春の気配が漂うだろう。
2人の結婚式、披露宴は盛大に行われた。
3年後、長女、琴音が二人のアパートでハイハイする。
その後、要コーポレーションによって、耕造は、ローンを組み、現在の家を新築する。
そして由香は、久留美を身ごもった。
夏が過ぎ、秋の風が星林町に吹き始めたころ、2女、久留美が誕生する。
現在に至る。
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