第30話:夏の昼の夢
窓から眺める中庭は、丁寧に刈り揃えられた深緑の草花が青々しかった。子供たちが集まって、なにやら楽しそうに笑い合っている。
その中には、保護者のように子供たちを見守っている大人の姿もあった。
何を話しているのかは、窓を隔てているせいで、聞こえない。煩く鳴く蝉の声だけが、僅かに届いている。
そのうちの一人の少女が、こちらを見て手を振った。
三宅は思わず、手を振り返していた。
「行ってもいいのに」
後ろから、そっけない声が聞こえて、振り向いた。
ベッドの上で、少女が上半身を起こしていた。
青白く、疲れたようなその顔をしているが、柔らかさを感じさせる頬は、まだ幼い。左の目尻にある小さな黒子が、可愛らしい。
「いいんだよ。今日も●●ちゃんと遊ぶから」
「じゃあ、また、本のお話をしよう?」
●●は花が開いたように、嬉しそうな笑みを浮かべて言った。なんだかんだといいながら、彼女は三宅に離れて欲しくないのだろう。
三宅は頷いた。今日も、またいくつか本を読んできた。
「どんな本が良い?」
「冒険の話! いろんな国を旅するの。旅先では不思議な人たちに出会って、戦ったり、仲良くなったりするの」
「それなら……」
三宅は、本の粗筋を語る。少女が、喋る二輪車と一緒に不思議な国々を旅する話だ。
目を閉じて話に聞き入る少女に、ゆっくりと語りかけた。彼女の瞼の裏では、果てしない幻想の世界が広がっているのだろう。
自分の役目は、その世界を彼女に見せてあげることだった。
「わたしも、どこか遠くへいきたいな」
話を終えると、少女はぽつりと呟いた。
「いけるよ。もう、ずいぶんここにいるんでしょ? もうすぐだよ」
何の根拠もない言葉。その言葉の重みを、三宅はまだ理解できていない。
「ねえ。また明日も、来てくれる?」
少女は寂しそうに言った。
「うん」
「じゃあ、これ」
少女は、傍らに置いていた本から、しおりを抜き取った。しおりの表面はつやつやとしていて、美しい青い花が彩られている。
「いいの?」
「うん。もうひとつ、あるの」
受け取ったしおりを手に持っていた本に挟むと、本がまったく、それまでの平凡なものと違って見えた。自分だけの、とても大切で特別なものに思えて気分が高揚した。
「また来てね」
「うん!」
少女に向かって返事をする。
すぐ、誰かが呼ぶ声がした。三宅は、急いで部屋を出て行った。
そこで、目が覚めた。
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