第26話:彼方にて

 数えきれないほどの夜を超えて、星を数えていた。


 ただ一人、深淵の底にうずくまって、星を数えるのだ。

 天空を指さし、一つ、二つ、と。


 それが唯一、この晦冥かいめいで与えられている自由であった。

 ここには、よき隣人であり、誰にも親しみを向けることも敵意を向けることもない暗黒のほか、何もなかった。


 ひとつが瞬き、ひとつが消える。それは繰り返す、生と死の円環。

 胸の奥にあるのは空虚ですらない。


 ——そこにあるのは、ただの、無。


 無間地獄の中で、自らの意志すら消え失せて、ただひたすらに、星を数えていた。意志などと呼べるものが最初からあったのかどうかすら、分からない。


 ある夜を超えた時、闇の中で、手の触れそうな距離に何かが現れた。それは弱弱しい燈火ともしびのようで、ふいに燃え上がったかと思うと、すぐに消えてしまう。


 そんなものが、一つ、二つと増え、次第に視界を覆いつくすまでになった。

 それらとて、何ら情動を左右するものでは無かった。


 天空にあるか、地にあるか。星と燈火にはそれだけの違いしかなく、ともすればその燈火は、次第に地を赤く染め上げて、天の星の瞬きを隠してしまう程になった。


 現れては消える燈火が、次第に憎らしくなった。

 これほど近くにありながら、手を触れることもできず、愛おしむ暇すら与えず、わが身を嘲る様に消え失せる。

 燃える大地は空を照らし、天を仰ぐこともやめてしまった。もう、星は見えなかった。


 その時は突然訪れた。


 眩い燈火が明確な形を成したのだ。見る間に、少女の姿を作っていく。

 見慣れぬその光景を、無心で眺めていた。微塵の期待も、関心もありはしなかった。それが、言葉を発し、動き出す瞬間までは。


「あなたは、だあれ?」


 燈火の少女は、そうして、赦され得ぬ大罪を犯した。少女との時間は、癒えることのない宿痾しゅくあをもたらしたのだ。


 それから、また幾つかの夜を超えた。語りつくせぬ夜を、少女と共にした。

 少女の燈火は、ある時、漆黒の空へと昇っていく。感慨も無く、その様子を眺めた。

それが何を意味するのかも、知らないままに。


 また、数えきれないほどの夜を超え、少女を待った。けれど、少女は現れなかった。


 そうしてまた、幾つもの夜を超えてから。


 ようやく、少女が永遠に失われてしまったことを知った。


 代り映えのない天と地が、再び繰り返された。ただ一つ、新たに芽生えたものを除いて。


 それは、少女がこの地に残した、罪。


 ——その罪の名前は、孤独と言った。

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