第3話

 事件が起きたのは私が高校三年生のときだった。冬休みになり、受験がいよいよ最終盤に突入していた頃だった。その頃には幸人は家族の一員として過ごしていた。中年の顔も体の成長もしなかったが、一丁前に朝昼晩の三食を食べ、床に肘をついて頬に手のひらを乗せてテレビを見る姿はまさに中年の男だった。血のつながらない、ましてや私の膝にも届かない男がいることに最初は恐怖でしかなかったが、危害を加えられないまま過ごすうちにあまり気にならなくなった。それでも犬のように時おり母の脚にしがみついては腰を振る仕草にはさすがに嫌気がさし、幸人に辞めるように言った。

「だって、佳奈子さん、きれいだからねえ。小人の本能がうずくのよ」

 決まって幸人は悪びれもせずに言っていた。どうやら幸人の好みは熟女であり、私は幼すぎて対象外のようであった。それが今考えると幸運と言える。幸人が運を運んだのかどうかわからないが、父はとんとん拍子に出世を遂げ、同時に教団でも幹部の役職を得るようになった。おかげで収入は増え、狭いアパートから新築の一軒家に棲むことができた。

「幸人のおかげ。ありがとう」

 幸人は母に頭を撫でられると、むくむくと陰茎を反り立たせた。

 そんな折、両親から話があると言われ、リビングテーブルに座るように促された。私の向かいには母、その隣には幸人、私の隣には父という並びだった。

「実はね、由紀はお姉ちゃんになるんだよ」

 母は幸人の頭を撫でるのと同じ要領で自分のお腹を優しく擦っていた。

「え?」

 私は喜びよりも驚きに支配されていた。そのあとに奥から突きあがってきたのは濁った恐怖だった。

「もしかして……」

「そう、幸人との子」

 口に手を当てた。私の背中を父が優しく叩いた。

「すごいだろ。また内に子どもが増えるぞ。しかも幸人との子なんだからまた幸運を運んでくれる子が増えるってわけだ。心配はするな。お父さん、収入が増えたから、一人家族が増えたところでもうあの貧乏アパートに引っ越すようなことにはならない。貯金もたっぷり蓄えてあるからな」

「いや、お父さん目を覚ましてよ」

 さすがに私も無自覚な父に頭の中で何かが弾けた。父はなぜか呆気にとられた顔をしていたのも余計に私に陽を注いだ。

「お父さんの奥さんが、こんな小人に寝取られたんだよ。なんでそんなにヘラヘラしてられるの? こんなおっさんと、しかも小人だなんて……。気持ち悪い」

「な、なんてこと言うんだっ」

 父は私の背中を撫でていた手をそのまま頬に叩きつけた。たちまち父は幸人の表情を伺った。幸人の眉間には深いしわが寄っていた。

「幸人、違うんだ。由紀はな、受験期でナーバスになってて、わざと言ったわけじゃない……」

「てめえっ。わしのことを気持ち悪い言いやがって。来いこらあっ。殺してやる」

 小人はテーブルを乗り上げて、ヨチヨチ歩いて私のところまで迫って来る。こんな小さな親父のどこに恐れる要素などあるのだろう。私はそのまま拳を出っ張った腹にめりこませた。

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