第23話 アウルンテ


 図書館は街の西側、古い石畳の路地を進んだ先にあった。外観は他の建物と同じように石造りだが、入り口に彫られたサーリスの花が目を引く。中に入ると、ひんやりとした空気が広がり、歴史の重みを感じさせる静寂に包まれていた。


 「ここなら何か分かりそうだな。」


 ノアが呟きながら棚を見渡す。俺も同じように古い本や記録が並ぶ棚を目にするが、どこから手を付ければ良いのか分からない。


 受付で街の歴史に関する資料の場所を尋ねると、親切そうな司書が案内してくれた。


 「こちらです。この街の成り立ちや、一族について書かれたものがここにあります。」


 司書に礼を言い、本を開くとサーリスの花にまつわる話がいくつも記されていた。かつて、この街を築いた一族「アーヴェル家」は、この花を「幸運と再会の象徴」として崇めていたらしい。


 一族の名前はわかったが、肝心のばあちゃんの名前がわからない。これじゃ、一族とばあちゃんの繋がりに確証がない。


 「次は記録庫を見てみよう。だが関係者でもない物が閲覧出来るかどうかは怪しいな。」


 俺たちは再度受付へ向かった。


 「すみません、この街の記録庫を見たいのですが……」

 「申し訳ありませんが、関係者以外は閲覧が出来ないのです。」

 「そこをなんとか! 祖母がこの街の出身かどうか調べたいんです。」

 「申し訳ありませんが……」


 俺と司書との押し問答がしばらく続いた。が、結局、記録庫は見ることが出来なかった。


 ちょっとくらい良くないか?

 ここの地主の娘の孫だぞ?

 正確には孫じゃないけど……

 確証もないけど…………


 「しょうがないさ。ただの旅人に見せられるものではないだろう。」

 「そうですけど……」


 はぁーと深いため息をついた。図書館で分かったことは、一族の名前が「アーヴェル」ということだけだ。ばあちゃんとこの街に繋がるような確証は得られなかった。


 「アーヴェルという名前だけでも分かったんだ。次にどこを探すべきか、宛は見つかったな。」

 「えっ、どこですか?」

 「記録庫だ。」

 「……ノア、何を言ってるんですか?」

 「記録庫だよ。」

 「それはわかってます。さっき記録庫は入れないって言われたじゃないですか。聞いてなかったんですか?」

 「普通は入れないだろう? だから黙って入るんだ。」

 「なっ!? それって不法侵入じゃないですか!?」


 流石の俺でもそれは思いつかなかった。

  

 「それ以外の方法がないからな。」

 「いやいや、さすがにやばいです。バレたらどうなるか……」

 

 こういう時ってだいたい「バレなきゃいいだろう。」って言うんだよな。

 俺が心の中でそんなことを考えていると、「バレなきゃ大丈夫だ。」と、案の定ノアは言った。ニコッと怪しく微笑んでいた。


 これはバレるやつだ。絶対に。そう、アニメとかで決まってる流れだ。フラグだ。

 そうとは思っていない様子のノア。


 「何か策はあるんですか?」


 ノアは不敵な笑みを浮かべると「大丈夫だ。絶対にバレない。」と言った。不安だ。こんなことが前にもあった。その時も結局バレていたが。


 ――その日の夕方、俺たちは記録庫がある図書館を訪れていた。夕方の図書館、利用者は俺たち以外に誰も居なかった。図書館の入口付近の本棚の影に隠れた。


 策ってなんだろう。

 本当に大丈夫か?


 受付には昼間押し問答をした司書がいた。このままでは見つかってしまう。その時、ノアは司書に杖を向け、小さい声で詠唱した。

 

 あ、もしかして……


 司書はプツッと糸が切れたかのように意識を失い、机にバタンと倒れて動かなくなった。


 「ラキ、もういいぞ。来い。」

 俺は言われた通り、ノアの元へと駆け寄った。


 「もしかして、眠ってます?」

 「あぁ、ぐっすりとな。」

 ノアはニコッと笑って言った。


 やっぱり。ノアの考えた策はこうだ。

 まず、ノアか受付にいる司書に「睡眠魔法」をかける。魔法にかかったら図書館の奥の記録庫へ向かう。鍵がかかってるから何とかして外す。そしてアーヴェル家に纏わる書物を探す。


 記録庫へ向かうところまではいいけど、問題は鍵だ。どうやって外すか。物理的な鍵じゃないかもしれない。魔法がかけられてるかも。


 一松の不安を抱えながら、俺たちは記録庫へ向かった。記録庫の扉には金属でできた鍵がかけられていた。魔力感知で探ってみたが、魔力は感じられなかった。どうやらこの金属の鍵だけがかかっているらしい。


 「この鍵だけだな。」

 「そうみたいですね……。ルトゥームで鍵を作りますか? 」

 「鍵穴にあった鍵など作れんだろう。」

 「じゃあ、物理攻撃で壊しますか?」

 「それだと音が大きいな。司書が起きるかもしれない。」

 「それじゃあ、一体どうやって……」


 俺が言い終える前に「朽ち果てし命よ、終焉の地に眠れ。プトレクス。」とノアが詠唱した。

 すると、金属でてきていたはずの鍵はボロボロと腐り、床へ落ちていった。


 「腐りの魔法だ。後で睡眠魔法と一緒に教えてやる。」

 「本当ですか!」


 新しい魔法と聞いてつい、大きい声を出してしまった。ノアは口元に指を立てて静かにしろと言った。司書は起きてないようだ。

 

 記録庫に入り、アーヴェル家に纏わる書物を探した。記録庫には街を創設した家系や重要人物の記録が大量に保管されていた。中には塔の管理者の名前もあった。昨日会った塔の管理者である女性の名前も記されていた。


 大量の書物からアーヴェル家の書物を探すのは苦労した。あってもばあちゃんとの繋がりを示すものではなかった。

 ノアと手分けして探すが、見つからない。ここにも繋がりがないと半分諦めかけていた時だった。

 記録の中に「かつて街を去った家族」の話について記述があった。


 これだ……っ!

 

 その家族の特徴がばあちゃんの特徴と一致した。街を去ったという娘、去った年数とばあちゃんの歳の頃が近い。更にはその去ったとされる理由も書かれていた。その娘は商人であった青年と駆け落ちしたと記されていた。


 「ノア、間違いないです。ここはばあちゃんの故郷です。」


 ばあちゃんの故郷は、やっぱりここだった。ばあちゃんとアウルンテとの繋がりを見つけ、俺は安堵した。

 じいちゃんは一緒にここを出てから一度も帰っていないと言っていた。俺がここに来たことを知ったらなんて言うだろう。


 調査を終えた俺たちは図書館を後にし、塔を見上げながら「じいちゃんとばあちゃんにここに来たことを伝える。」と決意した。


 ふと司書と鍵を思い出した。

 

 「そういえば……司書と鍵はどうするんですか?」

 「司書はしばらくしたら起きるだろう。鍵は元には戻らないからな。騒ぎにはなるだろう。」

 「騒ぎって、バレたらどうするんですか……」

 「ま、大丈夫だろう。」


 そう言いながら彼はニヤッと笑っていた。


 その大丈夫は大丈夫じゃないんだよな……

 絶対疑われる。


 俺はまたため息をつき、「あとで睡眠魔法と腐り魔法、教えてくださいね。」とだけ言った。



 ――翌日。

 「ノア、数日はこの街にいてもいいですか?」

 「あぁ、構わない。何か用事があるのか?」

 「ばあちゃんの故郷なので、色々見て周りたいなと思って。」

 「なるほどな。……そうだ、ラキ。お前の防具も一式買い換えよう。この一年で随分背が伸びたようだからな。」


 自分では気づかなかったが、言われてみれば防具が少しキツいと感じる。

 こうして防具の新調と、アウルンテの観光を兼ねて、しばらくこの街に滞在することに決まった。

 

 そんな会話をしていると、宿屋に司書と街の警官らしき人が訪ねてきた。やはり記録庫の件だった。

 俺たちは「なんの事だかさっぱり。」としらを切った。司書たちは疑わしそうな表情を浮かべながらも、追及を諦めたのか宿屋を後にした。

 

 横にいるノアを見るとまたニコッと笑っていた。


 「旅をする上で、こういうことはよくあるもんさ。慣れろよ、ラキ。」

 「……はい。」


 この世界で生き直そうと誓った日から、俺は犯罪にはもう手を染めない。どんな状況でも、それだけは守ろうと決めていたが、旅をするためには時にはそういったこも必要だと、この時知った。



 あの日、ノアと二人で旅を始めてから、いくつもの場所を訪れ、いろんな人と出会った。そして、何も知らなかった俺は、少しづつこの世界を知っていった。


 だが、きっとこれは始まりに過ぎない。


 まだ知らないものがこの先に待っている。知らない場所、知らない人。

 そのすべてをこの旅の中で見つけたいと思う。

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天涯孤独の男が超王道のファンタジー世界に転生して人生をやり直してみた話 たかしの @takashi-no

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