第22話 花を掲げる塔


 ノアとの旅も2年目に突入していた。これまで色んな所を巡ってきた。湖が見える街アトラント、人間を嫌う町スカーレッタ、魔力が封印された村、奇妙な遺跡、などなど。森や山や沼地、道無き道を歩いてきた。

 

 そんな中、今回たどり着いたのは、これまでとは少し趣の異なる街だった。

 入口には「アウルンテ」と書かれた立派なアーチが構えてある。アーチを抜けた先には高い石造りの塔が街の中央にそびえ立っていた。どこか荘厳な雰囲気を醸し出している。

 俺たちが街へ着いたのは、夕方を少し過ぎて暗くなり始めたころだった。そのせいか、通りを歩く人影はまばらだった。


 「今日はここで宿を探すか。それから明日は物資の調達をしよう。」


 そう言ってノアは歩き出した。俺もそれに続いた。

 宿屋を見つけると、荷物を置いてローブを脱ぎ、そのままベッドへダイブする。


 「疲れたー……。」


 アウルンテに着く前、森の中で遭遇した鳥系の魔物「フォーゲル」の群れに苦戦したばかりだ。空中を飛び回るフォーゲルを仕留めるのにかなり手間取った。


 「もう寝るか? 私は酒場に行くが。」

 「いえ、ご飯は食べます。」


 ベッドの誘惑に抗いながら、ムクリと体を起こした。

フォーゲルの一件で疲れ果てているとはいえ、俺は少し嬉しくもあった。今回の戦闘で、自分が風魔法をようやく習得したと確信できたからだ。


 「けど、もうちょっと早く使えるようになっていれば……。」


 フォーゲルとの戦いを思い返す。飛び回る相手に対して風の刃を放つのは、動きを止めるには有効だったが、初めて実戦で使ったせいでうまくコントロールできず、何度も無駄撃ちしてしまった。


 「初めてにしては上出来だと思うがな。」

 ノアがベッドに腰掛けながら言った。


 「飛び回る敵に対応するには、風魔法が最適だ。お前にとっては大きな一歩だろう。」

 「そうですかね。」


 それでも課題が残っているのは事実だ。風魔法は便利だが、まだ力の加減や狙いをつける技術が不足している。この旅の中で、もっと使いこなせるようにならなければいけない。


 「自信を持て。そのうち風を操るコツも掴めるさ。」

 その言葉に少し背中を押されるような感覚を覚えた。


 ノアと一緒に宿を出て、近くの酒場を探した。宿屋の数件隣に、ちょうどよさそうな店があった。


  「いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞ!」

 明るい声に迎えられて席に座り、メニューを見る。野菜中心のメニューが並んでいて、この店の特色を感じさせる内容だった。


 食事を済まし、明日の予定ついて話をしていた。


 「この街は大きいのでギルドがありそうですね。」

 「そうだな。ギルドがあればいくつか依頼をこなして金を稼いでおこう。」


 お皿を下げに来たウェイトレスに、「すみません、この街に冒険者ギルドはありますか?」と聞いてみた。

 「えぇ、ありますよ。街の外れにありますけどね。」


 そうウェイトレスが答えるとキッチンへと戻って行った。すると再度ウェイトレスがこちらへ来て、テーブルに小さなトレイを置いた。カップに入った香り高い花茶が目に入った。


 「こちらはサービスです。冒険者様の疲れを癒すために、サーリスという花で作ったお茶なんですよ。この街の特産なんです。」

 「サーリス……いい花の香りがしますね。」


 ノアがカップを手に取り、一口飲んだ。


 「いい香りだ。それに、美味い。」

 

 俺も一口飲んでみる。花の甘みが口の中に広がった。ほっとする味だ。


 「美味しい……。」

 「良かったです! この街の近くにはサーリスの花畑があるんです。ぜひ、見に行ってみてくださいね。」

 ウェイトレスは微笑むと、キッチンへと戻って行った。


 「サーリスの花畑か。ギルドに行く前に見に行くか。」

 「そうですね。行ってみましょう。」

 俺たちは花茶を飲み干し、酒場を後にした。



 翌日、俺たちは街を出て、サーリスの花畑を目指した。

 朝のアウルンテは、昨日と違って街を行き交う人々も多く、商人や旅人が忙しなく動き回っているのが見て取れた。

 街を出て歩くこと約10分。小高い丘の上にたどり着いた。一面に咲くオレンジ色の花が、柔らかな陽光に照らされ輝いていた。

 しばらくその光景を堪能したあと、俺たちは街へ戻ることにした。


 アウルンテと書かれたアーチをくぐった時、ふと目に留まったものがあった。それは、街の中央にそびえ立つ塔、そこに掲げられている旗だった。

 昨日は暗くてよく見えなかったが、風に揺れるその旗には、大きな花の模様が描かれている。おそらく先程見に行ったサーリスの花だろう。しかし、花の模様が気になったわけではなかった。


 これなんて言うんだっけ?

 家紋? 紋章?

 花はサーリスなんだろうけど……


 「これ、どこかで……」


 どこかで見たような気がする。しかも、つい最近見た覚えがある。

 俺が塔を見て立ち尽くしているのに気づいたノアが、声をかけてきた。


 「どうした? 何か気になるものでも見つけたか?」

 「あ、はい。あの旗の紋章、どっかで見た気がするんですが、思い出せなくて……」

 「ん? それならこれじゃないか? ほらお前の……」


 そう言ってノアは俺の左胸を指さした。


 「えっ?」


 指をさされた自分の左胸を見た。それは自分が纏っているローブだった。左胸には刺繍が施されていた。そして、旗の紋章とほとんど同じものだと気づいた。


 「そっくり……というか同じだ。」


 ノアが俺のローブを覗き込む。


 「確かに、そっくりだな。でも、たまたまじゃないか?」

 「そうかもしれません。けど……」


 このローブはばあちゃんの手作りだ。

 この紋章も何か意味があって刺繍したんだと思う。

 だとすると……


 「ここは、ばあちゃんの故郷かもしれません。」


 ノアは少し目を細めながら塔を見上げた。


 「ラキの祖母の故郷?」

 「はい。ばあちゃんはどこかの地主の生まれだったらしいです。この街は結構大きいですし、何よりこの紋章……共通点があります。」

 「そうか、なら可能性はあるな。……調べてみるか?」

 「えぇ、そうですね。」


 ノアの問いに俺は頷き、もう一度旗を見上げる。

 ばあちゃんの故郷かもしれない街。偶然たどり着いた街だけど、偶然じゃないかもしれない。何かに導かれてたどり着いたのかも。俺はそう思わずにはいられなかった。


 広場は商人や職人で賑わい、聞き込みをするには絶好の場所だった。


 「じゃあ、私は花について情報を集めてみる。ラキ、お前はその旗について、街の人に詳しく聞いてみてくれ。」

 「わかりました。後で合流しましょう。」


 俺は広場にいた年配の男性に声をかけることにした。


 「すみません。あの塔に掲げられている旗について、何かご存じですか?」

 「あぁ、あれか。あれはこの街の象徴でね、塔も旗も何百年も前からあるものだよ。」


 男性の穏やかな口調に少し安心しながら、さらに問いかけた。


 「あの花の模様には何か意味があるんでしょうか?」

 「もちろんだよ。あれは「サーリスの花」といって、この地方にしか咲かない珍しい花なんだ。かつてこの街を創った一族がその花を大切にしていたと聞いているよ。」

 「この地方にだけ……一族、ですか。」


 俺は男性に礼を言ってその場を後にした。

 

 次に、塔そのものを調べるべく近づいてみた。入り口には簡素な扉があり、観光客でも自由に出入りできるようになっていた。

 塔の内部は螺旋階段が続いていて、上に登るほどに花の模様が施された装飾が目につく。壁にも床にも、細かな彫刻が施されており、その中心にはやはりサーリスの花が描かれていた。

 

 装飾をじっと見つめていると、不意に背後から声をかけられた。


 「その模様が気になるのかい?」


 振り返ると、女性が立っていた。その女性は塔の管理者だと名乗った。


 「実は、この塔の旗に描かれた紋章と、同じ刺繍が施されたローブを持ってまして……」

 俺はそう言いながら自分の着ているローブの左胸を指さした。

 

 「あら、本当だ。これは珍しい話だね。サーリスの花はこの街に縁のある人々にだけ深い意味を持つものだから。」


 女性の言葉に、俺は思わず踏み込んだ質問をしていた。


 「どういう意味があるんですか?」

 「無事に帰ってきますように、という意味さ。ここは商人や旅人が多く出入りする。そんな人達が無事にここに帰って来られるよう、サーリスの花を目印にしたのさ。」


 俺はその話を聞いて確信に近いものを得た。やっぱり、この街はばあちゃんの故郷なんじゃないか、と。


 「そのローブを作ったのはこの街の者かい?」

 「確信はないんですが……多分そうです。」

 「そうかい。ならその人にとって君はとても大切な人、ということだね。」

 「大切な人……」


 ばあちゃんにとって俺は大切な人……。ばあちゃんは今元気だろうか、じいちゃんはどうしているだろうか、二人のことを考えた。


 「話していただきありがとうございました。」


 塔を後にしノアと再び合流した。管理人の話を伝えると、彼は腕を組んで考え込んだ。


 「なるほどな。私が聞いた話も似たようなものだった。ただ、それだけじゃまだ確定とは言えないな。」

 「そうですね……もう少し調べてみる必要がありそうです。」

 「なら、ここの図書館を当たってみないか? この規模の街なら何か残ってるかもしれない。」


 俺は頷いた。まだ具体的な証拠は何もないが、ここで終わるわけにはいかない。この街が本当にばあちゃんの故郷なのか、俺は確かめたい。

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