青血とパキケファロサウルス娘③
「何してるんですか?」
向こう側に歩いて行きながら、内心どうやって話しかけようか迷っていた夏生がいろいろ考えた末に導き出した言葉だった。
「‥‥…?」
手を止めた坊主頭の高校生に顔に、明らかな不信感が表れている。
そりゃそうだと夏生は冷静になりながら、沈黙に心臓の鼓動を速めていた。
「サ‥‥…サッカーの……キーパーの自主練。ちょうどいつも使っている広場が改修工事をしているから」
「あ‥‥…そーなんスね」
しばらくまた重い沈黙が続く。
両者、そのあとうまく繋げられずにマゴマゴしていた。
水音だけがやけにしっかり聞こえてくる。
「キミは……まだ中学生じゃないのか?」
先に切り出したのは高校生のほうだった。夏生は食い気味に返事をしてみせる。
「‥…っはい!そうです!」
「なら、ダメじゃないか?こういうことは」
少年は煙草を吸うジェスチャーをしてみせた。
「あ―――見えてたんスね」
「キーパーは視野の広さが大事だからな。どこ中?」
「一中です。
「俺の母校だ。‥‥…今はこんな不良がいるんだな」
「僕は不良じゃないですよ」
「煙草吸ってるのにか?」
「偏見ですよ。それじゃ、たまに見かける煙草吸ってる婆さんも不良になっちゃう」
また少し沈黙があった後、2人は弾かれたように笑い出した。
坊主頭の少年は、
夏生と同じ中学を卒業した後、サッカーの強豪校に進学しており、現在高校2年生。ポジションはキーパーで光るものはあるそうだが、どうにもいまいちパッとしない選手らしい。
「それでこうやって練習終わりに自主練してるんだ。どうして学校でやらないのかって?っはは……たしかにそうだよな。でも、俺みたいな補欠には、練習するスペースなんて与えられないのさ。……それに、いつの間にか強くなってたら、なんかカッコイイだろ?だから隠れて自主練してるんだよ」
「そうだったんですね。……なるほど」
夏生は、その眩しい笑顔にやどった、ほんの少しの陰りを見逃さなかった。
だからと言って、先ほどパキケファロサウルス娘と話していたような「無駄」について議論することはなかった。緊張ゆえに、単純に忘れてしまっているというのもあったが。
「夏生くんは、サッカー好きか?っていうか、部活は何部?」
夏生は一瞬ためらったが、悟られないよう、努めてスラスラと答えた。
「サッカーは別に人並みです。部活は帰宅部ですよ」
「そうなんだ……そう言えば、一中は部活強制じゃなかったな……」
打ち解けて来たのか、人懐っこい翼の性格のせいか、2人は様々な話をした。
しかし、やはり懐かしさからなのか、自然と話題は中学のことが多い。
「給食にあのフルーツパンってまだある?噂じゃもうないって聞いたんだけど」
「僕が1年生のころにはあったんですけど、今年から無くなりました」
「サッカー部はどんな感じ?強いの?顧問が変わっちゃったから行きにくくてさ」
「どうっスかね。ちょっと分かんないです」
「松財先生っているよな?まだ、美術の先生狙ってんの?」
「えっ、何スかその噂!!」
なかなかどうして、よく会話が弾んだ。
しかし、夏生自身の学校生活の話題になると、その弾みが鈍くなった。
途中、夏生の顔を見て気づいたのか、翼が話を切り上げた。
「悪い。学校にそんな興味が無いから不良やってたんだよな」
「いえ、別にそういうわけじゃ……あと、不良じゃないっスよ」
「学校はでも毎日行ってんだろ?俺はそういうカウンセリングのプロとかじゃないから詳しいことは分からんけど、あんまり楽しそうな表情してないよ、夏生くん」
「……やっぱそうっスか。なんも面白いことがないんですよ。毎日毎日同じようなことの繰り返しでね……」
「ふーん……だから煙草吸って、不良やってんだ」
「まぁ……たぶん……あと、不良ではないっスけど‥‥…」
そこで何を思ったのか翼がグローブをはめて、川を背にして夏生から距離をとった。そして、同じように立ち上がった夏生の足元へボールを転がした。
「蹴ってみなよ。俺、受け止めるから」
「えっ?……でも……」
驚きと同時に、焦りのような怒りのような、激しい感情が一瞬夏生の胸を貫いた。
面白いことがないからといってサッカーがしたいわけではなかった。
それに、この…スポーツに熱中して解決しようとするやり方が、夏生は常々嫌いだった。
人生や日々の憂いを「熱中」で誤魔化すやり方が嘘臭くて、その場しのぎのまやかしのようで、嫌いだった。
「いーから!1回パーンと蹴ってみな!余計なこと考えずにさ!」
「いや、いーっスよ。俺、やったことないし……」
「なにぃ?……よっしゃ!」
つかつかとやって来て、夏生の言い分など無視して。
翼はおかしなテンションで、蹴り方を教えた。
「いいか?まずは距離をとってしっかり踏み込むこと。軸足がボールから近すぎても遠すぎてもだめだ。最後の一歩を大きくな。そして足を振り上げる。膝から下の振りが特に重要だ。後はインステップ……足の甲らへんで蹴る。つま先は駄目だ。慣れてないと怪我するからな」
先ほどとは打って変わって、暑苦しく妙にうっとおしい様子に夏生もイライラし始めていた。
「だから、やんねーって言ってんだろ!スニーカーだし、サッカー興味ないっての!おせっかいで気持ちわりーんだよ」
辛辣な言葉が、意思とは裏腹に口から飛び出していた。
「1回くらいいいだろ別に!ほら、じゃぁそういう怒りとかも込めて、殺す気で打ってこいよ!」
夏生にはどうしてか分からなかったが、翼の方もなぜか意地になって退かなかった。
出口が見えず、もはややきもきするのにも疲れたので、さっさと終わらそうと、夏生は両手を振った。
「分かった分かった!分かったっスよ!!1回蹴れば満足なんスね?」
わめいていた翼は口を閉じ、グローブをぱんぱんと鳴らして合図とした。
夏生はまた少しだけ距離を取ってボールを置き、眉間に皺をよせたまま、翼を見た。
意外と素直に助言を守り、静かにボールを置いて、助走の距離だけあとずさりする。
にゃろう、好き勝手やりやがって。ビビらせてやる。
怒りに燃える夏生の目は、激しく翼の顔面だけを捉えていた。
助走をつけ、最後の一歩を大きく踏み込み、振り子のように足を振るう。
しかし、振りすぎてしまったためにその勢いでバランスが崩れ、ボールは凄い勢いのまま翼の上を噴き上げていった。
頭上高く飛んだボールは、向こう岸近くまで飛んでいってしまい、さらに夏生を尻餅をついて倒れこんでしまう。
「ったぁ~クソ、やっぱりうまくいかない……あ、しまったボールが……」
慌てて取りに行こうとした夏生の前に、翼が走りこんできた。
その目は好奇心やら興奮やらで大混雑している。
「夏生くん!これから!……いや、夏休みの間だけでいい!一緒にサッカーの練習しないか?」
「……はぁ!?!?」
素っ頓狂な声を響かせる頃には、気づくと辺りは十分に暗くなっていた。
その後、翼は暇を見つけては橋下の夏生に会い続けた。
「夏生くん!さぁ、サッカーするぞ!」
「げ、また来たんですか!僕はやらないっスよ!」
「いーじゃん、なつくん!!自分も応援しがいがあるってもんスよ!」
「お前は黙ってろっての」
翼は何度もやってきた。
夏生も何度も断った。
パキケファロサウルス娘は何度もポンポンを振った。
だが結局、3人はこの橋下に集まることをやめなかった。
時にふてくされ、時に煙草をくわえたまま、時に恥ずかしそうに。
夏生は少しずつ、ボールを蹴るようになっていった。
夏休みはそういうわけもあってか、かなり本格的に練習になっていた。
最初はいつもの橋下で3人。
それが、いつのまにか、涼しい風を感じるようなるころには2人に減って、場所も運動公園に変わっていた。
夏生の靴も今ではスパイクに変わっていたのだった。
夏生が練習に行こうとした秋真っ只中のある日、何気なく鞄を整理していると、だいぶ前に買った煙草の箱に2本残っているのを見つけた。
どうにもそれが懐かしくって、どうにもそれが妙に悲しくって。
夏生は部屋中探してライターを探し、やっとの思いで火をつけた。
「ゴホッ、ゴホッ……久しぶり……」
「…自分はいつもなつくんを見てたんで、別にそんな気はしないっスけど……久しぶりっスね」
喉から肺にかけて、シャリシャリとした痛い煙がゆっくりと流れていく。
うまく息ができなくて、涙目になりながらも、夏生はまた吸い込んだ。
「なつくん……毎日、楽しいっスか?」
ポンポンをゆっくり振りながら、パキケファロサウルス娘は静かに聞いた。
夏生はそんな異形の頭を見つめて、薄く笑ってかぶりを振って答える。
「別に、楽しくはないな。相変わらず面白いことは何もないし、つまらない毎日だと思う。でも‥‥…前と違って……」
「‥‥…前と違って?」
夏生はそこで少し間を置いて、煙草をふかし続けた。
むせることもなく、とてもスムーズに。
でも、その目はどこか真っすぐで、灰色ではあったが、けむってはいなかった。
「……前と違って、楽しいことがあるように、がんばろうって思えるようになったかな。何か楽しいことはなくて、がんばったからって楽しくは簡単にならないんだけど、なにか……こう……熱くなれるんだよ。前はそうは思えなかったけど‥‥」
「そっスか‥‥‥‥」
不意にパキケファロサウルス娘が笑ったような気がした。
「僕、サッカー部に入ろうと思うんだ。サッカーが好きかどうか、まだ分かんないけど……だから、その‥‥…これからは……」
夏生の口からその次の言葉出てこなかった。代わりに空虚な白煙がゆらゆらと出ていった。
「だから、これからは……」
「なぁにしてんスか!なつくん!時間がもう迫ってるっスよ!」
「えっ……あ、ほんとだ。わるい、僕行くよ!」
空いたペットボトルに吸い殻を入れて、夏生はバックを掴んで、部屋から飛び出して行く。
パキケファロサウルス娘はハイテンションのまま、ミニスカートをなびかせ、せわしくなくポンポンを振った。
「フレーッフレーッ!なつくん!ゴーゴーファイオ—ッな・つ・くんッ!!!!」
振り返りざま、夏生は少し笑って右手を上げた。
そして、もう振り返ることなく玄関を飛び出して、秋空の下をかけていった。
そんな夏生の息遣いが、今にも聞こえてきそうな静まり返った部屋の中で、パキケファロサウルス娘は1人、箱の中に残った最後の1本に火をつけ、口にくわえた。
「キミの体には、青い血が流れている。炎よりも熱くて、太陽よりも強く輝く青い血が。今はその血に従えばいいんだよ。……大丈夫。またどこかで会えるっスよ」
やがて冬へ成長していく冷たい風に乗って。
パキケファロサウルス娘は、吐き出した煙と共に、はるか向こうへと流れていくのだった。
青血とパキケファロサウルス娘 ミナトマチ @kwt
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