サムライJK今日も征く

ゆー

師と、弟子と。 〜約束事〜

第0話 かっこいい登場は基本

「はっ………、はぁ……っ!!」


人気の無い路地を、一つの影が駆けていた。

とうに夜も更け、月の光も微かにしか届かない頼りない道。影にとってそこは、これまでも何度も通ったはずの帰り道。けれども影は覚束ない様子で、幾度も脚を縺れさせながら、それでも必死に駆けていく。


「…………っ!!」


…何度、角を曲がっただろうか。ここに至り、ついに影の足が止まった。

影が飛び込んだ道、その先は行き止まりだったのだ。


「な、……なんで……」


影の震える唇から、弱々しい声が漏れる。


『おかしい』


『そんなはずは無い』


何度、自問自答したところで、何度、記憶を探ったところで、今、目の前に広がるのは、ただ、無機質に立ちはだかる壁だけ。




…こつん。こつん。




「…………ひっ……!」


背後から、静かに足音が近づいてくる。

緩やかな速度で。けれど着実に。

その音を、影はよく知っている。ここまで散々走ってきたのも、その音から逃げ出すためだった。


けれど、いくら走っても、音が遠ざかることは無かった。

あれだけ全力で走ったのに。

あれだけ緩やかな歩みなのに。


なのに、足音は一定の距離を保って、何処までも、何処までもついてくる。


「あ、ああ……」


影、いや、女性は、目の前の壁に縋り付くと、最早、立つこともままならずに、ついにはその場にへたり込んだ。


こつん。こつんっ。


今までずっと背後からついてきていた、けれど、決して近づくことの無かった足音が、ここにきて確かに近づいてくるにつれ、女性の身体の震えも大きくなる。


「だ、だれ、…か、………、れか…っ」


助けを呼びたくても、恐怖と疲労で既にまともに声は出ない。そもそも、

歯を鳴らして、涙を流しながら、頭を抱えて縮こまり、女性は必死に身体を守ろうとする。例え、それに何の意味も無いと分かっていたとしても。


『―――…』


視界の向こう側で、ぬるりと、物陰から這い出てきたその腕を視界に入れてしまい、女性の瞳は完全に固まった。


「……………ぅ、あ」


霧の様な靄に包まれて、黒く染まった肌。ついに姿を見せた追跡者は、辛うじて二足歩行をしているだけで、およそ人間と呼べる姿をしていない。

あまりに異質な、人ならざる者。


紛れもない、『怪物』だった。


『…………』


暗闇の中でも不気味に赤く揺らめく怪物の瞳。感情の見えない獣の眼光が女性を捉え、そのか弱い身体を射抜く。


「………!…………!!!」


これから己に起こるであろう惨劇が脳裏を過ぎり、女性は背後の壁に縋り付き、何度も爪を立てながら、声なき悲鳴を上げた。


その必死な様相をまるで意に介する様子も見せず、怪物は、緩々と女性に手を伸ばす。その爪は、いとも簡単に女性を引き裂くのだろう。


現実世界とは思えない、不気味に赤く揺らめく朧月夜の下、助けを求める彼女に救いの手は


…無い。
















『…待てぃ!!!』
















はずだった。






「…………ぇ………」


心を奮い立たせる、その力強い声は、彼女と怪物の頭上から聞こえてきた。

それは救いの主か、はたまた、新たなる混乱の火種か。

女性が、声の出処を探して上を見上げた、その時である。





『…ひとーつ、人の世の生き血を啜『ラジオ体操第一ぃーーーーー!!!』





『……ふたーつ、不埒な悪行三昧…』

『いっち、にぃ、さん、しっ、ごぉ、ろく、しち、はちっ』






『………み、…み〜っつ……醜い浮世の鬼を………!!』

『足を横に出してー!腕の運動ぉーー!!』







「「……………」」

『……………たいじてくれよぅ………』

『腕を横にー!』

「「…………………………」」


それは、一昔前の時代劇の口上……なのだろうか。

耳に届いたのは、年端もいかない少女の声、そしてあまりに場にそぐわない珍妙な音楽…というか、どこをどう聞いてもラジオ体操。いつの間にやら雑居ビルの屋上に悠然と佇んでいた小さな二つの影を、女性はあんぐりと口を開けて眺めていた。そして何故か、怪物も同じ様に。






『…た………タンマ!!』







『……ねえ、ちょっと、ちょっとちょっと……』


何とも言えない微妙な視線と、何とも言わない無の視線。まるで正反対の二つの視線に貫かれながら、影の片割れがしゃがみ込むと、横にいたもう一つの小さな影に向かって、何やらこそこそ耳打ちし始める。



『……あの、何でよりにもよってラジオ体操なの?“必殺・桃太郎うえ様“の曲流してって言ったのに……』




『…え?最後にラジカセいじったのこっちだって?……あー…そう言えば、朝のラジオ体操の指導員やった後にそのまんま…だった様な……』




『…いや、で、でも私、パッケージ渡したよね?“上様“のパッケージ。…え?中身違った?“ホリック“の総集編?』




『…………………………あー…、確かに…この間、何か深夜に急にベストを尽くしたくなって……』




『……で、でもでも、それにしたってラジオ体操はないよ。見てよ、下のあの視線。……が折角かっこよく登場しようとしたのに、何かもうもれなく可哀想なものを見る視線があうあうなんかもういいやとぉ〜う』

「うぇ!?」


女性のただでさえ開けっ放しの口が、これでもかと開く。

一体全体、屋上でどういう会話が繰り広げられていたのか、女性には知る由もないが、ひそひそ話していた屋上の影の片割れが、何とも気の抜けた呑気な声と共に、やけくそ気味に空中へと飛び出したのだ。

助けが来たのかと思いきや、それは己よりも若い謎の子供。さらにはその謎の子供が目の前で謎に投身自殺。

混乱に次ぐ混乱。女性の脳裏に無惨な挽肉の画が浮かぶ。


けれども。


「…しゅた」

「うぇえ!!??」


優に5階はあっただろう。だというのに、声の主は、いとも容易く、そして平然と、女性と怪物の間に華麗に降り立って見せた。余裕を見せて、わざわざ体操選手の様なポージングまで決めながら。

怪物も、謎の闖入者を警戒したのか、それとも状況を見極めたいのか、無言で距離をとった。


「…どうも、こんばんは」

「え、あ、は、はいっ…、こ、こんばんはぁ……」


目の前の異常を意に介する様子も無く、声の主が振り返り、丁寧に頭を下げた。

女性の目の前で、優雅に流れる長い茶髪がさらりと揺れる。


「…良い夜ですね」

「え、あ、はい…。…いや、あの、………」


礼儀正しく挨拶を交わす少女に、けれど女性はまともに言葉を返せない。

やはり声の主は、まだ成人もしていないであろう、女の子だった。


「………………だれ?」

「…通りすがりの正義のかわい子ちゃんです」

「かわい子………」


そんな彼女の服装はと言えば、何処ぞの制服だろうか。シンプルなシャツに短く詰めたスカート。長い脚は膝上までソックスに包まれている。一つだけ気になるとすれば、上に妙な紋様の入った白いジャケットを羽織っているが、やはり、何処からどう見ても普通の女の子だ。


「……………ちゃん?」







ただし、その顔に珍妙なひょっとこのお面を被り、腰にあまりに不釣り合いな太刀を携えてさえいなければ、の話だが。







無論、そうでなくとも、『何故ここに』。『どうしてここに』。他にも色々言いたいこと、聞きたいことは山程あるが、あいにくと、今はそれどころではない。


「……じゃなくて!!」


女性の向こう、少女の背後には、依然として黒い影が不気味に蠢いているのだから。


「あ、危ないわよ!貴方!は、早く逃げなさいっ!!」

「…おお、自分よりもまず、私の心配とは。お姉さんは良い人。好き」

「何を和んでるの…!?」


頭の上にぽわぽわとお花を咲かせながら、少女が和やかに(多分)笑う。

こちとら必死に決死だっちゅうに。もう何一つ状況が理解出来ない女性は、さっきから涙目だ。


「…まあまあお姉さん、落ち着いて?ほら、『大きく息を吸ってー!深呼吸ー!』しよ?」

「無駄に音声と呼吸合わせるのやめてよ」


因みに、今の会話の流れの中でも、普通にラジオ体操は続いている。咽び泣く女性の呆れを華麗に無視して、彼女の無事を確認した少女は振り返り、改めて目の前の怪物と相対する。鯉口を切るその身体は、どこまでも自然体。そこに焦りや恐怖といった感情は、微塵も窺えない。


「…もう大丈夫。…私はお姉さんを助けにきた」


そう静かに零すと、少女が手に持った鞘から太刀を緩やかに抜き放った。

神秘的な紋様があしらわれた刃が月光に照らされ、不気味に白く光を輝かせる。この世のものとは思えないその輝きに魅入られて、女性はまたも言葉を失った。


「…我々は■■。そこに暮らす誰かの日常を護るもの…」


顔の横に刀を携え、明らかに付焼刃のものではない、流麗な構えをとってみせた少女。彼女は、女性に視線だけを向けると、年相応に柔らかく微笑んだ。


「…どうか今は安らかに。目が覚めた時、貴方は今までの日常に戻っているはずだから」

「……え…?」

「…お休みなさい」


そう告げると、少女は刃を携え、果敢に怪物へと向かっていった。


今の言葉は一体、どういう意味なのか。


それを問う間もなく、背後からの突然の軽い衝撃により、彼女は意識を闇の中へと沈み込ませるのだった―――















▶『必殺・桃太郎上様』


お忍びで全国行脚する上様が、蔓延る悪をばっさばっさ斬り捨てる勧善懲悪時代劇。

落ち着いて考えると、『道理は敵側にあるのでは?』と疑問が残る場面が多く、『ひょっとして上様がただ暴れたいだけなのでは?』と、視聴者からよくツッコまれるが、殺陣のカッコよさで黙らせている。桃太郎要素は特に無い。


▶『ホリック』


売れない自称天才マジシャンと仕事中毒ワーカーホリックの教授のコンビが綾なすミステリードラマ。教授が毎度極限まで自分を追い込むので、『何故ベストを尽くすのか』と、視聴者からよくツッコまれるが、顔の濃さで黙らせている。

特に深い理由も無く、気づけば徹夜で朝まで見たらしい。

わいどんちゅーどぅーゆあべすと。

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