八 空木

「あんぎゃああああああああす‼ ウソだ————っ‼」


 咆哮ほうこうする大和やまと信長のぶながが、きししっと意地悪く笑う。


「もう決まったことだ。大人しく従えい‼」

「嫌だあああああああああああっ‼」


 手足をばたつかせて赤子のようにぴいぴい泣きじゃくる大和にかなとレックスは引き気味だ。


上様うえさまー。どんなお城にしましょうか」


 場の空気を読まずに平然とらんはひょっとしたら悪魔かもしれない。


「そうだな……」


 信長は腕を組んで考え込む。


「貴様たち、今の時代で思わず見上げるように高い城と言えばどんなものがあるか述べてみよ」


 大和はまだあんあん言って泣いている。そんな親友のことは知らない、とばかりに奏多が口を開く。


「う~ん、最近できたお城なんて知らないよー? 少なくとも日本にはお城なんて新しくできてないんじゃない?」

まことですか? う~ん、上様……お城が新しくできていないそうです……」

「なんと。城の一つもできておらんとはよほど不景気なのかもしれんな」


 信長は難しい顔をして漆黒しっこくはちひげを触る。

 そこへレックスがスマホをいじりながら見せた。


「ほら。『最近できた城』で検索してもヒットするの四百年くらい前のお城だよ」

「ほう。そのような便利な物があるのか。どれどれ……」


 信長は更に顔をしかめた。


「何だこのへんてこな文字は?」


 信長はアラビア数字を指差して不機嫌顔。

 レックスもまた一緒になって顔をしかめる。


「……それ? 数字だよ。分かんないの?」

「こんなうねうねした数字が読めるか! 漢数字で書いておけ!」

「そんな無茶苦茶な……」


 奏多がスマホの液晶ディスプレイをでながら、


「まあお城じゃなくても、ランドマークならこういうのがあるけどね」


 にっこり笑って差し出したスマホには東京スカイツリーの画像が表示されていた。

 明らかに信長の目の色が変わった。


「か、奏多! それは一体何だ!」

「へ? 何ってスカイツリーだけど。うち小学生の頃、大和と光秀みつひでとで上までのぼったよ」

「へえ。いいなあ。……はは、俺は何か蚊帳かやの外って感じだなあ」

「え~、そんなことないよ~」


 ようやく泣きやんだ大和が、何の気なしに部屋の窓から外を眺める。そこには街灯のあかりに照らされて立ちつくす藤山光秀ふじやまみつひでの姿があった。


「……‼ ミツ君‼」


 大和が叫ぶと、それに気付いた光秀は慌てて逃げていく。

 そこには、かつて一緒に遊んだ仲良しの幼馴染——更に言えば恋人——の面影はなかった。

 遅れて窓からひょっこりと身を乗り出した信長は、去っていく光秀の背中だけ見つめる。


「何だあいつは……。女々しいのう……!」

「上様ー。どんなお城造るか決めちゃいましょうよー」


 部屋の中から乱が信長に声をかけた。乱は大和のベッドの上でボヨンボヨンと跳ねている。


「……そうだな。うむ。……よし、決めたぞ!」


 信長は奏多の手からスマホを奪い取った。


「これを造るぞ‼」


 みんなにディスプレイを見せる。

 そこには東京スカイツリーが高々とそびえ立っていた。


「へ? それってスカイツリー……?」


 大和の目が点になった。


「そうだ! そして貴様たち喜べ! 貴様たちがしんやくである!」

「何だってー‼」


 頭を抱えているのはレックスだけだ。大和と奏多はきょとんとしている。


「ねえねえほり君どうしたの? 何でそんなしゃがみ込んじゃってるのよ?」

「まさか……のぶながが言ったことが分からなかったのか……?」

「え……? うん、そうだけど。フシンヤクって何?」


 レックスは「こんなめでてえ奴らはそうそういやしねえぜ」とでも言わんばかりに自分の膝をグーで思いっ切り打ちつけた。そして……衝撃の事実を口にする。


「普請役っていうのは……昔の言葉で一般に、土木工事をする人のことだよ……!」


 レックスが言い終わるか終わらないかくらいのところで、大和と奏多の親友コンビは信長に食ってかかった。


「ちょっと! 今回ばかりは本当にちょっと‼」

「信長さん! これはダメだよ、うちら非力な女子だよ!」


 信長はさも迷惑そうな顔で眉を垂れ下げた。


「ええい、貴様たちはいちいちうるさいわ! 女の身で余の役に立てるのだから逆にありがたいと思え‼」

「何そのジェンダーギャップ‼」


 半泣き状態の大和が信長に食い下がった。

 乱が素振り前の柔軟運動をしながらくすくすと笑う。


三方さんかた~。頑張ってくださいねー」

「嫌あああああああ! 絶対頑張らないぃぃぃぃぃぃいい‼」

「とりあえず堀君全部やってね♪」


 レックスはこれでもかと口を歪めて足を踏み鳴らす。


「何で全部俺がしなきゃいけないんだよっ‼」




 すっかり遅くなってしまったので、それぞれの親に連絡してからみんなで大和の部屋で眠ることに。みんなで大和のダブルのベッドに四人横に並んで眠る。


「なあ惟任これとう。壁に刀傷みたいなものがついてるんだけど」

「え? あ~、蘭丸らんまるに切られた」

「蘭丸に⁉」


 ガバッと身を起こしたレックスは恐る恐る壁の刀傷を触った。


「はい、すみません。私が切ってしまいました……。初め、時渡りをしてきた時に、大和殿をていやからと勘違いしてしまいまして」


 信長はたった一人、別室で眠っている。乱がついて行こうとしたが「来るな」と言われて張り倒された。


「あ~あ、上様がいないと寂しいなあ」

「てかダブルのベッドに四人は狭い! レックス! あんたどっか行って!」


 レックスが大和に床に蹴り落とされた。


「どっか行ってってなんだよ……! へいへい、野郎は床で寝ますよ……っておい」

「何よ。もうベッドには入れてあげないんだから!」

「蘭丸も男だぞ」

「そうねー。蘭丸も……ってえええっ⁉」


 乱に女子二人の視線が殺到した。


「いやあ、大和殿も奏多殿もいい匂いです!」


「「……合体技! 王天おうてんしょうじん‼」」


「ぐわああああああああああっ‼」


 乱の断末魔の悲鳴が夜の屋敷に響き渡る。




 信長はギャーギャー騒ぐ大和たちの声をぼんやりとした意識の中で聞いていた。

 今はベッドの中だ。


「まったくあのたわけどもは。静かに寝れんのか」


 つい、駆け出しの戦国大名だった頃のことを思い出す。

 いつも賑やかだった。


 ——そして。乱を除いてみんないなくなった。


「乱は大事にせねばならん。乱は宝ぞ」


 自分に言い聞かせるように。

 信長はそう口にしていた。

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