七 堅城

「ちょっとちょっと! ちょっとちょっと!」

「何だ」


 思わず大和やまとは「ちょっと」を四回発声していた。

 無茶苦茶にもほどがある。


「あのさ。冗談も休み休み言ってよ。何よ、城て」

「いやいやいやいや信長のぶながさん。いくら何でも城は……無茶言いすぎでっしゃろ!」


 かなは驚きのあまり関西弁になっている。

 レックスは言葉を失い、らんだけはパアっと花が咲いたようにいつものびた笑顔を信長に向けていた。


「さすが上様うえさまです! 見事な策ですぅ~!」


 乱にしっぽがあれば今頃高速で大きく振れているのだろう。


「はっはっはっ、そうだろうそうだろう!」

「だからちょっと待て」


 物申したくてしょうがない大和が信長と乱の会話に口を挟んだ。


「城って何よ! ここに立派な城があるでしょうが!」


 信長は聞こえんかったと言わんばかりに耳に手を当て、顔をしかめる。

 大和は両腕をひろげた。


「だ・か・ら! ここよ! あたしのお屋敷! ここが立派な城!」


 信長は耳をほじりながら、


「こんなチンケな屋敷が城だと? 大和、貴様寝ぼけておるのか?」

「ぷっ! 確かに上様の仰る通りですねえ。堀も石垣も何にもないのに」

蘭丸らんまる! あんたまで笑ってんじゃない‼ すっごく大きなお屋敷なんだよ⁉」


 信長と乱は、あっはっはっはと更に追い打ちをかけるように大笑い。富豪の娘としての大和のプライドはズタズタになってしまった。

 その様子をハラハラしながら見ていた奏多が大和の肩にぽんと手を置いた。


「大和。まあ生きてりゃ批判されることもあるさ」

「何それ。全然慰めになってないんだけど」


 レックスは部屋の真ん中で腕組みをして何か考えているようだ。


「レックス? どうしたのよ?」

「いやさ、何のために城がいるのかな、って思ってさ……」


 ……もっともな問いかけであった。乱を除いたみんなが信長をジトっと見つめたが、クレイジーな戦国大名はひるむことなく続ける。


「まだ戦乱の世は続いておるらしいからな。そんな混沌こんとんとした世に必要なのは城だろうが」

「……あのさ、信長さ。合戦ごっこは安土桃山時代に帰ってからやってくれる?」

「合戦ごっこだと……? この無礼者め! 我らがしていたのはまことの戦だぞ‼」


 大和の突っ込みに信長がみついた。


「よく聞け! 貴様たちには分かるまい、城があるだけでどれだけ睡眠が心地よく取れるようになるかが……睡眠は大事なのだ!」

「つまり睡眠の質が上がるってことでしょ? いや、睡眠が大事なのは分かるけど。話が飛躍しすぎててさ……何でそこで城なのよ」

は城がないとしっくりこん! 要はそれだけだ!」

「要はそれだけかよ!」


 レックスが呆れ顔で突っ込んだ。

 すると信長はとてつもなく意地の悪い笑みを顔に張り付けた。


「大和。奏多。レックス……。貴様たち『何でもする』と言うたのう……?」

「うぐ。ね、ねえ信長さん。急に城造るとか言われても。もっとよく考えてよ。うちらさっきから全然お話についていけてないよ……?」


 ひゅお、と音がした。信長が奏多の鼻先に扇子を突き付けたのだ。


「ひっ⁉ ひぇえっ⁉」


 腰を抜かした奏多を信長は威圧的に見下ろす。


「もうこれは決定事項だ! 文句を言う奴ははりつけにするからな‼」

「……ハリツケってなあに?」

「えっとね長谷川はせがわ。簡単に言うと……その、殺されるんだよ」


 レックスが解説すると、たちまち奏多はおびえだした。両手で肩を抱き、ガタガタと震える。


「えええええええっ⁉ 何でうちが殺されないといけないの~⁉」

「上様。して……城はどこにお造りいたしましょう?」

「そうさのう……」


 信長は漆黒しっこく八字髭はちじひげを触ってしばし考える。そして納得がいったかのように口元に弧を描いた。


「このチンケな屋敷の……馬鹿みたいに広い庭にするとしよう」


 これには大和が黙っていなかった。大和が両手を握りしめてずかずかと信長に歩いてくる。


「あんたねえ‼ そんなのお父様とお母様が許可するわけないでしょう! あたしんちの庭に……って好き勝手言うのもほどほどにしておきなさいよ‼」


 信長は挑発的に片眉を上げた。


「先ほど帰ってきた時にちらと見たが。実に城を建てるのによさそうであったぞ。城でも建てんとせっかくのよき場所が無駄になってしまうだろう」


 このままでは城が庭に建てられてしまう。大和は気が遠くなりそうになるのをこらえながら反論する。


「だからってそんな勝手なこと絶対に許さないから‼」

「大和殿……。お庭にお城があったらさぞかし絶景でしょうね……」

「え? ま、まあそうね、うん……」


 乱はさとすように続けた。


「各地から上様のお城を見るために民が集まり……大和殿の広き御心は永遠に語り継がれることでしょう……」


 大和は全身がむずがゆくなってくるのを感じた。


「い、いや~、そんな……あたしそこまでできた人間じゃないよお……!」

「大和殿は立派なおかたでございますよ」

「いやいやそんな……」

「大和何へらへらしてんの? バッカみたい」


 親友の奏多の言葉も大和には届いていないようである。大和は赤面して頰に手を当て、体をぴくんぴくんと左右に震わせていた。


「では……お城を造ることに納得していただけましたね?」

「もちろんです~! 二つ返事で了承します~!」

「上様ー! いいそうですよー!」


 あっけらかんと乱が言い放ち、大和は現実に戻った。


「へ? あたしってば何を言って……! ウソ! ウソでしょ⁉」


 今更青くなっても後の祭りだった。信長は底意地の悪そうな顔を大和に向け、悪徳代官のようにわらう。


「ざ~んねんだったぬあ~。や~ま~と~!」


 こうして大和宅の庭に城を造ることが決まったのであった。

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