婚約者のいる『運命の番』

メアリーはロザリーの中央付近に陣取れず、端っこの方に座っていた。


「君はロザリー嬢と付き合いは長いの?」


反対側に座っていた男子生徒に声をかけられた。ロザリー……、彼はロザリー目当てなの?婚約者のいる女性なのに。


「いえ、クラス替えで知り合ったばかりです。これからもっと仲良くなりたいと思っています」


ロザリーと仲良くなりたくても橋渡しできないと暗に伝えつつ、無難で面白みのない返答をしてしまう。ロザリーの周りは賑やかで、出会ったばかりの男子生徒達とも楽しく打ち解けているのに。

しかし彼は気にするふうでもなく続ける。


「そう。僕はセドリックとは学園に入学した中等科からの付き合いだよ。騎士科はクラスが違っても色別対抗試合が多いから、繋がりは深いかも。君は一般科?学科が違っても同じ学園の学生なのだから、もっと交流できたら良いと思わない??」


セドリック——ロザリーの婚約者の知り合いアピール??と思いきや、単に共通の話題であるロザリーとセドリックの繋がりを説明して会話を和ませているだけだった。


よく見ると、騎士志望にしては中肉中背で温和そうな顔立ち。政府高官を目指す文科の生徒としても通用しそうだ。実は大柄な男性ばかりでメアリーは少し緊張していたので、表情が和らぐ。


「僕は子爵家の嫡男なんだ。後継は大抵、文科に進むけれど勉強は一人でもできるし、足りない知性は有識者を雇うこともできる。結局最後に頼りになるのは自分の身一つだから、身体を鍛えることは我が家の家訓なんだ。だからセドリックが騎士科に在籍している気持ちはわかるよ。身分は違うけれどね」


さっきロザリーが婚約者には騎士になってほしくないと仄めかしていたことを言っているのだろうか。騎士は危険が伴う仕事だからロザリーの気持ちはわかる。けれど一般的に貴族籍の多くは近衛だったり安全な場所に配置されるし、さすがに爵位を継げば引退するだろう。男性には男性の身の振り方の考えがあるのだろう。


「あ、女の子にはこんな難しい話は良くなかったかな」

「いいえ、将来のことを真剣に考えてらして、とても立派に思いました」


微笑みを浮かべながら相手を見つめ返すると、男子生徒は目を丸くし少し驚いた顔をした。

真面目な回答過ぎたかな? でもこれは本心。メアリーも身の振り方を考えなければならない。

そう——ロザリーのように、戦略的に。自分をよく見せて、価値を高める振る舞いをするべきだ。

……分かっている。分かってはいるが、メアリーにはできそうもない。

和を乱さない努力はできても、和から突出して自分を目立たせるなんて無理だ。周りからどう思われるか気が気じゃないし、嫌われたらどうしようと不安が募る。

結局メアリーは運良く誰かに見初めて貰うしかないのだ……。自らの才覚で未来を切り拓ける人は本当に尊敬に値すると思う。


将来を憂いてついぼんやりしていると、男子生徒が突如佇まいを正す。何かあったのかな? 少し顔が赤く見える。


「あ、あの……君は! いや、自己紹介もまだだったね。僕は……」


さっきまで流暢に話していたのに、たどたどしくなったことに少し可笑しさを感じてクスクス笑いながら相手の言葉を待っていると、ワァと賑やかな歓声が聞こえてきた。


「セドリック、良かったよ!」

「お前、すげぇな。くじ運が良かったとはいえヒューバートに勝ったじゃん!」


騎士科の男子生徒達に囃し立てられながら、ロザリーの婚約者がこちらにやって来た。


トクン


メアリーは妙な胸騒ぎを覚えた。


「ああ、彼がロザリー嬢の婚約者のセドリックだよ。公爵家の嫡男で父親は王弟。王位継承権を持つ身分なのに少しも鼻にかけないいい奴だよ。成績も良いし剣術はあの通り。セドリックはいつだって皆んなの中心で憧れなんだ」


隣の彼が説明してくれる。どこか誇らしく、将来有望なセドリックと学友であることが心底嬉しそうだ。男の子はさっぱりしていて良いな。

メアリーはもちろんロザリーと仲良くなりたいし素敵だと思うが、どこか気後れしてしまう。

相手が素晴らしければ素晴らしいほど、自分が惨めに思えてしまうから。

さっきから胸がザワザワするのもそのせいではないだろうか。

卑屈になりたくない。

メアリーだって幸せになりたい。

大業でなくて良い。ささやかで良い。身の丈に合った穏やかな暮らしがしたい。

そのためにも女の子達の社交に上手く取り入らなければ。


「セドリック様、お疲れ様です」


ロザリーがセドリックにタオルを手渡した。本当に気遣いのできる有能な婚約者だ。

しかしセドリックにタオルは不要だったようで、控えていた従者にそのまま渡した。それもそのはず、セドリックは汗ひとつかいてなく涼しい顔をしているのだから。


「ありがとう、ロザリー嬢。彼女達はお友達かな?」

「ええ。皆さんにわたくしの婚約者を紹介したくて」


ロザリーは頬を染めて恥じらう。完全に恋する乙女のソレだ。貴族は政略結婚が多いけれど、本命の相手と結ばれるなんて幸せなことだ。皆穏やかに二人を祝福する。


「ロザリー嬢。応援に来てくれてありがとう。今日は勝てて良かった。皆の前で恥ずかしい姿を見せなくて済んだからね」

「まぁ! セドリック様、とても素敵でしたよ。セドリック様が負けるなんてあり得ません」

「そうです! お見事でした!!」


女の子達も続いて褒めそやす。セドリックはロザリーの婚約者だが、麗しい美青年を前に声を掛けずにはいられないようだ。その瞳に自分の姿を写して、あわよくば一声かけて欲しいと期待する。


確かにセドリックは魅力的な青年だった。遠目からでもわかるスラっとした長身に、鍛えられたバランスの良い体つき。生まれの良さが伝わる姿勢の良さは王者の貫禄そのものだ。

輝くような金髪に高い鼻梁、きりりとした眉にくっきりとした目——碧い目は男らしく、それでいて柔らかな物腰。騎士科の同級生から人気があるのも頷ける。


ドクンドクン


穏やかな会合に思えるが、なぜか少しピリッとした空気を感じる。それに胸の鼓動がおかしい。メアリーは周囲に気取られないよう、そっと顔を伏せた。


「ヒューバート……対戦相手は見事な手前の持ち主だ。決して侮れる相手ではないよ」


笑みは絶やさず、セドリックは穏やかに告げる。


「ええ、ええ! もちろんです。だからこそセドリック様が素晴ら——」

「あと、お披露目は結構だが、騎士棟に来られるのは困る。鍛錬は危険も伴うし、観覧が安全とは到底いえない」

「…………っ!」

「君の身に何かあったら心配なんだ、ロザリー嬢」

「!!!!!」


一瞬、来訪を咎めるような悪い空気になりそうになったが、杞憂だった。ただ婚約者を案じただけ。

これにはロザリーはおろか、その他群がっていた女の子皆のハートが撃ち抜かれた。

場の雰囲気を完全に支配するセドリックに、王家に連なる百戦錬磨の社交術が垣間見える。


一方、メアリーはそれどころでなかった。どこか体がおかしい気がする。メアリーは凡庸だが健康だけは取り柄だった。だからか、自分の異変にどう対応したら良いのかわからない。


友達の婚約者との対面。

きちんと挨拶しなくちゃ。

作法良くできたら、男性を紹介してくれるかもしれない。


幸せな結婚——わたしの夢……!!


気を引き締めて顔を上げたその時、こちらを向いたセドリックと視線が重なる。



!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ドクンドクンドクンドクン


尋常じゃない鼓動。

雷に打たれたような衝撃。


メアリーは目に涙を溜めた——いや、すでにこぼれ落ちていたかもしれない。


出会いは福音。結ばれることは天啓。

疑いようのない絶対的な感覚は、いつか見た童話の世界で知っていた。


彼は『運命の番』だ!!


……

ああ、なんてこと。彼はすでに友人の婚約者他人のモノだなんて。

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