第3話 世界の事情と神話の真偽

 ここはメリッサという町。

 フィーゼオ大陸の北東にあることは既に説明をしている。

 それでは大都市かというと、実はそうでもない。


「いい?メリッサはこっちの世界の人達が、一番最初に神の声を聞いた土地。神聖な場所なの」


 と、下から上目線で語るのは赤毛のロゼッタ。


「そこから説明すんのかよ!ってか、ここには当分戻らねえんだから先のことを話そうぜ」


 舌を鳴らして、つまらなさそうな顔をしている茶色髪の青年がケンヤ。


「…全くだな」

「トオル君」

「…分かっている」


 寡黙なのか、喋りたくないのか。

 見事カッコよい職種・魔法剣士を射止めたのは、長い黒髪の男。

 彼の名はトオルと言うらしい。

 そして彼に対して、レイの代わりとばかりに申し訳ない顔をしたのが青い髪の気弱そうな女、ユリ。


「まぁまぁ。でも、そうだね。これからのことを話す方が建設的だよね。ユリもそう思わない」

「うん…。シュウ君がそう言うなら…」


 早い段階からその片鱗を見せていたが、金色髪の彼が五人のバランスを取っているらしい。

 会話にも登場した通り、彼の名前はシュウ。


 彼ら五人に銀髪青年レイを合わせて一つのパーティが完成する。


 その前にチラリと登場した喧嘩っ早そうなトオルと、ロゼッタに色々教えていた眼鏡青年は違うグループだが、今も目が届く距離に居る。

 百人が列をなして大聖堂前のメリッサ通りに出たのだから、周囲は若者ばかりだ。


「あんまり説明を受けなくて、そのまま押し出されたんだけど。手間を掛けさせてゴメン。そんな俺に言えることじゃないかもしれないけど、…確か、パーティごとに役割を分担させるって」

「はぁ…。それって随分前の情報だぞ。十三支部ってマジの端の田舎だっけ?じゃあ、仕方ねぇか。俺が一から」

「ちょっとちょっと。ケンヤは自分より知識がない誰かに話したいだけでしょ。いっつも教えられてばっかだから」

「ロゼッタも…、だったような?って、違う違う。先ずはボクたちの向かう先を決めてからにしよう。道すがら説明したらいいしね」


 その言葉にユリとトオルは頷いて、銀髪を除いた多数決が成立した。

 そして五人は迷うことなく、道を西向きに歩き始めた。

 銀髪も盗賊用装備として受け取ったダガー・・・を仕舞いこんで、頼れる転生者たちについていく。


「俺はやっぱりイスタを目指したいぞ」

「アタシも賛成。そこが一番目立つし」


 歩くに毎に、少しずつだが他のパーティの数が少なくなる。

 ただ、そこには一定の法則があった。


「俺はどちらでもいいが、貴族組に先を越されるのは勘弁だな…」


 察しの通り、転生組と召喚組以外に過去の英雄の末裔組がいる。

 そしてまだ、十分に記憶に残っているだろう。

 いくら転生組が大切に育てられようと、最初に通されたのは仮の施設だ。

 その理由も、今までの経緯を読み解けば、直ぐに分かる。


「あ…の…。私は近く…からがいいかな。まだ怖いし」

「ユリ。安心しろって。伝説の戦士確定の俺が活躍…」

「ボクもユリの提案に賛成かな」

「ちょ、なんだよ。シュウは」

「ケンヤ。確かにこの日の為に鍛錬はしていたけど、ボクたちはまだレベル1だよ。目の前から少しずつが基本…でしょ。それに…」


 まるでRPGの主人公の見た目のシュウはにこやかに笑った。

 そして、金の前髪の間の瞳をユリに向ける。

 すると、赤毛の少女は肩を竦めて、首をゆっくり縦に振った。


「分かったわよ。だったら、ビシュマを目指しましょ。レイ、地図くらいは分かるんでしょ?」

「一応…。確か、フィーゼオ大陸の北の海側で、海の神リバルーズと関りがある地」

「全く。やっぱり分かってないわね。リバルーズは邪神、…ね?」

「ロゼッタちゃん…。災厄の前までは神様だから」

「まぁね。ちょっと前までは食事の時にお祈りしたっけ」


 こんな理由でシュウたちのパーティは進路を北向きに変えた。

 この辺りから歩く速さが増していく。

 レイは不思議そうに周囲、主に後ろを観察した。

 すると、さっきまであんなに沢山いた若者の数が随分減る。


「レイ。遅れているよ」

「あ…、うん」

「大半はイスタに向かったんでしょうね」

「そりゃそうだよ。俺達は貴族連中に負けられないからな」

「…でも、ゴールはまだまだ先だよ。ここで焦っても…」

「そう。結局、殆どは脱落するんだから…ね」


 ここは世界の端だし、やるべきことは全ての邪神の討伐だ。

 長い長い旅…、だから何も焦る必要はない。


「今日はここでのんびりと過ごすパーティもいるのか。だから宿屋の人が…」

「レイ。宿屋に泊まっちゃ駄目だからね。アンタみたいなのを狙って、準備金で貰ったお金をふんだくろうってんだから」


 装備だけでなく路銀も受け取っている。

 ロゼッタの半眼に、レイは革袋を大切に仕舞いこんだ。


「特に召喚組は狙い目…って話だし」

「そ、そうなんだ…」

「皆、その辺にしておこう。レイを怖がらせてどうするのさ。レイ。ここまで育ててもらったボクに言えることじゃないけど、人間をあんまり信頼しない方がいい。さ、行こう」


 シュウが北側にあるというビシュマの街に向かって歩き出す。

 ロゼッタは「シュウが一番怖いこと言ってる気がするけど?」と言いながら、彼に続く。

 残る三人も同じ。そうなれば、レイもやはり彼らに続くのだった。


 この異世界に気持ち悪さを覚えながらだけれど。


「邪神リバルーズは眷属が多い。イシュマに向かう前に、一箇所寄っていこう。アルテナス様の御加護を確かめたいしね」


 今はまだ分からない。

 その前に世界を知るべきだった。


     ◇


 神は最初に大地を作った。

 その後、太陽と海を作った。

 太陽神アクレス。海神リバルーズ。

 それぞれに神が宿ったのではなく、ソレ自体が神。


 では、最初に登場した神様とは…


「最初に生まれたのは大地の女神…か。その女神の名はフォーセリア。彼女もまた、邪神になっている…って、それっていつの話?俺たちが知ってる神話と同じ気もするけど…」

「うん…。普通はそう考えるよね。でも、大事な話なの。だって五百年前に、ちゃんと確認が取れているから」

「五百年…。あ、そっか。前回の厄災の時に神様と人間は会った…のか」

「うん!凄いよね!」


 鈍色の瞳が剥かれ、銀髪がフワッと浮く。

 道中で説明をしていた青髪の少女は嬉しそうに微笑む。

 すると、二人の前方から舌を打つ音が小さく響いた。


「ユリ。そのくらいにしとけ。んで、お前も簡単に信じるなよ。…五百年前の話だぞ。異世界人だってバリバリに中世人じゃねぇか」

「そうね。そんな奴らだから、ここも中世止まりなのよ。アタシたちがメインじゃないってどういう事よ…」

「それは…、そうだけど」


 ただ、他の四人は神話を信じていない。

 転生組にとって、今日までの年月は長かったらしい。

 彼ら彼女らも大切に育ったのだろう。

 とは言え、格差があったのは間違いない。


 それでも、召喚組のレイが口にしたのは全く別のことだった。


「五百年前だからって、五百年前の人間が来たとは限らないんじゃないか?」

「はぁ?」

「来たばかりのアンタに何が分かるのよ」

「そりゃ…。そうだけど、その可能性だって」

「はいはいー。そこまでだよ。皆、熱くなるのは分かるけど、これからリバルーズの眷属の一人、パルーの祭壇に行くのを忘れないで。そういうのもひっくるめて、ここからがボクたちの頑張りどころなんだ。そこはユリも分かってくれるよね」


 一人だけ声がないと思ったが、ちゃんと彼は聞いていた。

 しかも、間に立って「どぉどぉ」と皆を諫めている。

 すると…


「う…。うん。皆の気持ちも分かるから…。ゴメンね、レイ君」

「…えっと。俺こそゴメン。来たばかりで分からないにしても、軽率な発言だった」


 やはりシュウ。

 銀髪レイは肩を竦めて、軽く頭を下げた。

 彼の目から見ても、シュウは頼りになりそうな男である。

 何より、皆の考えの最大公約数を纏める力がある。

 こういうのをリーダーというのだろう。


「ゴメン…なさい。みんな…」


 ユリが申し訳なさそうな顔をすることで、神話の講義も終わった。

 ただそれ以降、ユリがレイの顔を見る機会は増えていく。

 レイが見返すと、目を逸らしてしまうのだけれど。


「ってことで、パルーの祭壇に入ってみようか」

「な…。いきなりダンジョン?レベル上げせず?」


 目を逸らされたことよりも衝撃的な一言だった。


 だって、いくら加護を貰ったと言っても、装備類を手にしたと言っても、眷属を祭る祭壇なら、旅立ってすぐ行く場所に相応しくない。

 周辺で魔物狩りをすると思っていたレイは、大きく目を剥いた。


「あれぇぇぇ。もしかしてビビってんの?」

「ビビるだろ!ゲームでも最初の洞窟にいきなりは入らないだろ」


 ロゼッタがクスっと笑う。

 そしてケンヤはしたり顔でこう言った。


「あぁ。普通はそう考えるよな。でも、大事なことなんだよ。それに五百年前だって、似たようなことが行われてるんだ」


 さっきのユリの文法そのままに、中身が違う言葉だ。

 ケンヤなりに考えたカウンター攻撃だった。

 但し、こっちは理解できない。

 レベル1で、ダンジョンに入るのが得策とは思えなかった。


「問題ないよ。その辺りはちゃんと調べたからね。それにさっきも言ったよね、——アルテナス様の御加護を確かめたいって」

「加護を確かめるって…」

「いいから来なさい。後ろで見てるだけでいいから」

「見てるだけ…か」

「レイ君、いこ?」


 今度のユリはみんなと同じ意見。

 そうなれば、新参レイは付いていくしかなくなるが


「…分かった。見てるだけ、だからな。俺、何も分からないし、戦った事なんて一度・・もないんだからな」


 大きな神が沢山いて、それぞれに眷属が居る。

 そう考えたら、膨大な人数の神を鎮めなければならない。


 それは確かにそう。


 しかも、レイにとってはチャンス。百聞は一見に如かずと言うし。


「さぁ。中に入る前に周囲の魔物を一掃しよう。皆、日ごろの訓練を活かして頑張ろう」

「野生生物も邪神の影響を受けてるんだっけ」

「そういうこと!さ、盗賊さん。邪魔にならないように頑張りなさいな」


 眷属を入れると無数にいるのだから、ここまで来ると他の冒険者パーティはいない。


 その中で、異世界の初めての戦いが始まる。


 そして早速レイは、この世界の恐るべきシステムを目のあたりにすることになる。

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