第7話 氷の魔道姫
「レリアさん!!探しましたよ……いきなりシトラさんと一緒にどこかに行って……」
「クレアさん!私クレアさんのことすっかり忘れちゃってて……ごめんなさい!」
疲れた様子のクレアにレリアが謝罪する。
「……まぁ、そういう元気なところがレリアさんの魅力なんでしょうね。ところで、シトラさんとはどんな話をされたんですか?……あぁいえ、話せない内容だったら良いんですけど……。」
「えっと……シトラに王都式の挨拶を教えて貰って、ここで先生してくれるって話になって、……そうだ!大変なんですクレアさん!私シトラと戦うことになっちゃって!」
「ど、どうしてそんな話に……?」
「その、特別試験の試験官がシトラみたいで!シトラに手加減は出来ないって言われて……。」
その言葉を聞いて、クレアは驚きの声をあげる。
「シトラさんが試験官なんですか!?それはなんというか……受かる人は居ないんじゃないでしょうか……。」
「……シトラってどれぐらい強いんですか?」
レリアの問いかけにクレアは顎に手をつけて少し考える。
「そうですね……私は、シトラさんと勝負が出来るものなんて、神話の中でしか見たことがないと思います。例えば……魔王とか。……そうですね、魔王という評価が適切だと思います。」
「……魔王。」
魔王という言葉を聞いて、レリアは自分とシトラとの間にある実力の隔たりを実感し出した。
「えっと……どうかしましたか?」
突然黙り込んで何かを考え始めたレリアに、クレアがそう問いかける。
「あ、あぁいや!何でもないです!そうですか……やっぱりシトラはとっても強いんですね……。」
どこか寂しそうにそう言うレリアに、クレアは昔の自分を思い出した。
周りの人がみんな攻撃魔法を上手く扱う中、自分だけ何も出来なかったときのことを。
クレアは、そっと優しくレリアに寄り添い話し出す。
「……レリアさん。実は私、回復魔法以外が一切扱えないんです。それで、昔は攻撃魔法が使えない落ちこぼれだと笑われました。」
レリアは黙ってクレアの言葉に耳を傾ける。
「だけど、私のお母さんだけは、私を信じてくれたんです。貴女の回復魔法は誰よりも素晴らしいって。だから、私は回復魔法を極めるって夢を持って、それで今はこんな制服を着られるぐらいにまでなれました。……レリアさん。私は貴女の刀を信じます。だから、レリアさんも夢は叶えられるって信じてください。貴女ならきっと出来ます。」
クレアは優しくレリアを撫でる。
レリアは、その優しい撫で方にイロハのことを思い出した。
イロハは自分の刀を信じてくれた。そして今、クレアも自分の刀を信じてくれている。
レリアには活力が満ち溢れていた。
自らを奮い立たせ、今すぐにでも何かを行動しようと体をそわそわさせる。
「……私!クレアさんに言われた通り、夢を諦めないで頑張ってみます!クレアさん!ありがとうございます!!」
そう言うや否や、レリアはクレアの言葉も聞かず突然に走り去ってしまう。
「えっ、レ、レリアさん!?えっと……が、頑張ってくださいね〜!!!」
クレアは突然走り去ったレリアの背中に応援の言葉を送る。
レリアの姿が見えなくなった後、クレアは困惑して頭を抱える。それと同時に、レリアならあのシトラの凍った様な心を変えられるかもしれない、とも思った。
レリアは学園の中で迷子になっていた。
威勢よくクレアの元を飛び出したが、案内が無ければ右も左も分からないのが現状だった。
「う〜ん……多分右!」
レリアは勘で行き先を決め、学園の中を歩き回っていた。
すると、突然後ろから何者かに話しかけられる。
「そこの君、どうかしたのかい?何やら迷っている様だけれど……。」
振り返ると、そこには白い制服を着た背の高い女が立っていた。
「あっ、えっと、道に迷ってしまって……」
「なるほど。もし良ければ案内しようか?君、名前は何て言うんだい?」
「私はレリアです!貴女は……?」
「私はネル。ネル・ランドリアだ。君はここの生徒じゃない様だけれど、何をしに?」
ネルにそう聞かれると、レリアはクレアの案内で来たが、勢い余って飛び出してきてしまった旨を伝えた。
「ふふっ、なるほど。元気がいっぱいな様で良いことじゃないか。ところで、腰に差しているのは刀かな?そうなると君は剣術を主にやることになるだろうね。どうだい?もし良ければ剣術棟の見学でも。」
「剣術棟……?」
「おっと、知らないのか。これは失礼。この学園は魔法棟と剣術棟に別れていてね。ここはちょうど二つの棟を繋ぐ橋さ。剣術棟は名前の通り、剣術について何でも学べる場所さ。より詳しくは……見た方が早いだろう。行ってみないかい?」
ネルの説明に、クレアは頷く。
「行ってみたいです!お願いしますネルさん!」
「あぁ。任せてくれ。」
そう言って、ネルは歩き始める。
レリアはそれに着いていきながら、ネルと会話をした。
「——なるほど。シトラさんの幼馴染なのか。彼女の噂はこっちにまで聞こえてくるよ。学園史上最強、だなんて呼ばれてるみたいだね。」
ネルはそう言いながら、一つの部屋の前で立ち止まる。
「さて、ここが総合訓練室だ。ダガーから両手剣まで、幅広くここで鍛えることが出来る。それと、ここは模擬決闘も出来てね。もし君が望むならやってみても良いんじゃないかな。」
ネルはそう言って部屋の扉を開ける。
中には広めの空間が拡がっており、黒い制服から白い制服まで、数十人程度が的に向かって剣を振っていた。
「すごい!みんな色んな剣を持っていて……あれ?でも刀を使ってる人は居ないんですか?」
「居るには居るんだが……今日は居ない様だね。あんまり刀は人気が無くてね……。」
ネルは刀に人気が無いことをまるで自分事かのように悲しそうに言う。
「そうなんですか……あっ!ここで試しに刀を使ってみても良いですか?」
「あぁ。構わないよ。せっかくだし、少し見させてもらっても?」
「はい!もちろん大丈夫です!」
レリアは周りに人が居ない場所まで行ったあと、腰に差していた刀を抜く。
「あれ、ネルさん。この的って全力で斬っちゃっても大丈夫なんですか?」
「うん?構わないよ。ちゃんと強化されているからね。誰もこれを壊したことはないよ。」
「そうなんですか!それなら安心ですね!」
そう言うと、レリアは深く息を吐き、刀を構えた。
見事な所作で刀を的に向かって振ると、的は綺麗に真っ二つに割れた。
「…………は?」
ネルが唖然と割れた的を見る。
レリアは何か不味いことをしてしまったという面持ちでネルにちらちらと視線を送ったが、ネルは呆然と立ち尽くすのみだった。
暫くお互い黙りこくっていたが、やがてレリアが恐る恐る口を開く。
「えっと……ネル……さん?その……ご、ごめんなさい……。」
レリアが深々と頭を下げると、ネルがどこか震えた声でレリアに尋ねる。
「ど、どうやってこれを……?」
レリアは聞かれた言葉の意味がよく分からず、ただもう一度繰り返して謝った。
「いや、謝罪は良いんだ。むしろ誇って良い。その、どうして……どうやって割ったんだ?」
「どうやってって……魔法がかかってたからそれごと……。」
「……この的にかかっていた魔法は上級なのだが?」
「……はい。上級だったら繋ぎは五個ぐらいだから、それを斬って……。」
「……繋ぎ?とにかく、君は上級魔法を斬れるのかい?」
「え?はい。上級ぐらいなら簡単に……。」
ネルは頭を抱えて空を仰ぎ、深く息を吐いてレリアに告げる。
「自慢じゃないが、私はこの学園で一番剣が上手いとされているんだ。その私が斬れる魔法は中級まで。君は……何者なんだい?」
「何者って……えっと……」
レリアが告げられた言葉に衝撃を受け、回答に悩んでいると、突然総合訓練室の扉が音を立てて開けられた。
「ここにレリアは居る?」
扉を勢い良く開けたのはシトラの様だった。シトラの声が部屋に響き、辺りは騒然とする。
「こ、ここに居ます!」
レリアが大きな声でそう返事をすると、シトラがレリアの方に向かって歩いて行く。
「レリア、伝え忘れてた。帰るってなったら最後に理事長室に来て。場所は……悪いけど誰かに案内してもらって。」
「うん!わかった!」
「それじゃ、これで用事はおしまい……ねぇ、この的はレリアがやったの?」
「えっ、そ、そうだけど……やっぱりダメだったよね?ごめん!!」
「いや、良いわよ。私が何とかしておく。……レリアも強くなったのね。さっき、変なこと言ってごめん。」
自分が謝ったつもりが、逆にシトラに謝られレリアは驚く。
「う、ううん!シトラが心配するのは当然のことだし……えっと……私こそごめん。シトラは私の事心配してくれただけなのに。」
「じゃあ、お互い様ね。後で仲直りの方法教えてあげる。」
シトラは少し微笑んで、それからネルの方を見る。
「貴女がレリアを案内してくれたのかしら?」
ネルは怖気づきながらも、首を縦に振る。
「そう。案内ありがとう。でも、レリアは私のものだから。」
シトラはそう言うと、最後にもう一度レリアを見つめてから立ち去って行った。
ネルは今まで呼吸を止めていたかの様子で息を深く吐いたあと、レリアに話しかける。
「シトラと幼馴染っていうのは本当だったんだね。あの氷の魔道姫と対等に話し合うとは……。」
「氷の魔道姫?」
「知らないのかい?シトラさんの異名だ。誰にも笑いかけないし、話そうともしない。氷みたいに冷たいからそう呼ばれているらしいね。詳しくは知らないのだが……。」
ネルはそう言うと、割れた的を見て、「これが氷の魔道姫の幼馴染か」と呟いた。
「……シトラはとっても優しくて私に笑いかけてくれるのに。」
レリアは小さくそう呟いて、シトラが去っていった方向を見た。
総合訓練室に居た生徒達がざわめくのを聞いて、ネルはレリアの手を握る。
「とりあえず、ここを移動しようか。少し注目の的になっているみたいだからね。」
レリアは黙って頷き、ネルと共に総合訓練室を後にした。
レリアは窓の外を見ながら、シトラの異名について思いを馳せていた。
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