エクストラ 美玖の追憶(10)<本編第6幕>

『なるほど。報告を受けてはいたが、イントロをほぼほぼイレイスか…………おめでとう、ここまで跳ね返したのは、キミが初めてさ』


 私立校の生徒会長専用室……その奥の部屋。ここは生徒会長が仮眠するためのベッドルームだって聞かされていた。実態は……羽田野が女の子を抱くための部屋。


 美玖も例外じゃなくて、下着を履いていなかった。今は何かが大事なところに触れた感覚で正気に戻った……美玖に残された記憶はそれだけで。気づいたときは、彼を押しのけ……シーツを体に巻きつけていたの。


 美玖の反抗……羽田野にとっては予想外で一大事だったはず。けれど余裕の顔を粘つかせながら、美玖に向けて笑みを浮かべていた。驚きが少しはあったけれど、美玖一人くらいは痛手でもない風に。逆に彼の威勢に圧されて、にらみ返すくらいしか思いつかなかった。


『まあ、怖い顔は止めようよ。キミ――須賀谷さんだったね――こうも縁があるなら誘いたくなるよ、ボクらの側へさ』


 何に誘うと言うの?――暴言暴力をぶつけられると予想したのに。彼の側へ引きこむ価値が美玖にあるなんて思えなくて、驚きしかなかった。


『そうだね、ポジションは筆頭愛人。それでこちら側に来てみないか?』


 なるとでも思う?――当然美玖は……美玖の心はヨシ君にあるから、乗り気になんてなるはずなかった。


『いいや。今はまだ、だね』


 未来でも、ありえない――依然として余裕の笑顔に、気合いを入れなおしてにらみ返した。こんな態度が羽田野の悪魔性を増大させたのかもしれなかった。次第に彼の笑顔に迫力が増してしまったから。


『その態度も好ましいよ。けれど……敵わないものがいることに、すぐ気がつくさ。その時が楽しみだね』


 近づく彼の顔に怖気づいて、身がすくんだんだ。このまま滅茶滅茶にされると思ったけから。でも……


『間近で身近な人物たちが変貌する様を見せてあげるよ。もちろん、大切な人の無事を考えるなら――聡明なキミだ、分かるね?』


 彼は残酷な宣言をしただけで。ただ美玖のせいで、美玖の周りの人たちに破滅が訪れる――あってはならないことだから、効果はなくてもさらににらみ返したんだ。


『ふふふ、その顔がいい。興奮が止まらないよ。キミで二人目さ、惹かれさせてくれる。キミは誇っていい。だからこの滾り、今は他で鎮めるよ。未来が楽しみでたまらないね』


 楽しそうにゆがめた表情で自身の愉悦を語り、羽田野は部屋を出て行こうと背中を向けた。彼の顔が見えなくなって緊張が抜けた。ようやく落ちつけると思ったところで、心を折る言葉が美玖に投げかけられたんだ。


『ああそう。どこへ訴え出てくれても構わないよ。それはキミの大切な人を危険に晒す、キミの決断だからね』


 再び心も体も強ばって、しばらくの間顔を上げることも体を起こすこともできなくなったんだ。


 これが夏休み直前に遭遇した……美玖の終わりの始まりだった。


   ◇◆◇


『なあ、美玖? 今日はアルバイトないしさ、駅前の商店街でもブラつかないか?』


 美玖の焼いた目玉焼きとベーコンを食パンにはさんで美味しそうに食べながら、ヨシ君が誘ってくれた。うれしくて『もちろん行くよ』……と答えたかった。でも美玖の選択は……


 誘ってくれてうれしい……な。でも、ごめんなさい。今日は出版社の人たちが来るから、約束は守らないと――ヨシ君のお顔がみるみる下を向いた。夏休みに入ってからずっと、ヨシ君とあまり一緒にいられなかった。それは……


『……そっか。うん、また誘うよ……………………ごちそうさま』


 ヨシ君は隠していた顔をサッとあげたら、笑顔を作っていて。そしてパンをむさぼるように食べて席を立ったね。食後のあいさつに、悲しみともイラ立ちとも取れそうな思いをにじませて。


 残されて一人、ヨシ君の席に向けて謝罪の言葉を繰りかえしたんだ。羽田野のシナリオ通りにしか行動できない美玖で…………ごめんなさいって。


   ◇◆◇


 私立校の生徒会室はいくつもの臭いを充満させていた。一つは香の臭い。羽田野たちが宴の景気づけと渡してきたもので。雪緒先輩が恭しく受けとり、小草城先輩たちで炉に火が点された。私立校も公立校も、普段は物静かな文芸女子たちが徐々に熱狂の声を上げ――壁の花となっていた男子たちに襲いかかった。


 男子をむき上げると食らうかのようにむしゃぶりついて。どこもかしこも下品な音で埋めつくされた。そして――あちらこちらでもう一つの臭い――男女の営みが醸しだす臭いが混じりだした。


 男子の中には大人たちも混じっていた。彼らは出版社が連れてきた人たちで。この乱痴気騒ぎの前に、美玖たちの作品を真面目に評価してくれていた。なのに今はただの獣になり果てて、年齢に見合う手練手管で女の子たちを手玉に取っていた。


 そんな大騒ぎの中だというのに、美玖の頭は冷えたままで。これが羽田野の言っていた美玖の本性だったのかと驚きだった。ねじ曲げられた雪緒先輩たちをかわいそうと思っただけで、行動をとりもしない美玖に嫌悪感が増していった。


 そんな美玖をそばで見つめていたハル君は、とても辛そうに顔を強ばらせて、拘束になっていない拘束を続けて。


『美玖ちゃん。辛いなら顔を背けてても、いいんだよ?』


 監視役として不適当な言葉をハル君からもらっても、首を振って目の前の光景を焼きつけ続けた。それは美玖だけみんなと違ってしまった罰だったから。この先無事に自分を取りもどせる女の子はどれだけいるだろうとも思ったから。


『でも、青ざめてるから心配なんだ』


 そして、もう一つ。美玖自身の欲に負けそうだったから。頭は冷えても奥深くは熱を帯びていたの。美玖の血液が奥深くへと集中して筋肉を波打たせて。この体はあの熱狂に飛びこみたがっていたようだった。だからハル君が緩くとも抱きとめていてくれたから、飛びこまずにすんだ気がしていたんだ。


 ありがとう。でも美玖はヘーキ。だから――ハル君が一瞬だけ呼吸を止めた。

 ハル君が怒られないようにしてね――ハル君は顔に力を入れたから、ハル君が何かの考えごとをはじめたと思ったんだ。そんな時には決まってお口をキュッと結んだりしたから。


 それから少しだけ間をおいて、胸に当てた手をムニムニとやんわり動かして。また時間をおいて、足のつけ根に片手を押しあてすりすり動かして。美玖は冷静な頭でもどかしさを抑えていた。


 その時考えていたのは……ヨシ君やっぱりダメだよ、ガマンなんてできないよ。だから、ごめんね。最後までは――それだけはダメだけれど、きっとヨシ君を満足させるから……


 美玖の視界には雪緒先輩が収まっていた。雪緒先輩は後ろから圧しかかられても、一心不乱におしゃぶりしていて。同じようにヨシ君に圧しかかられ、懸命にヨシ君へ奉仕する――そんな美玖の姿で心がいっぱいにしてね。だから……


 初めての女子活動会から帰宅するなり、ヨシ君に飛びついてしまったんだ。


   ◇◆◇


 次の女子活動会の前の夜から、ヨシ君の元気をもらうことにした。もちろん気持ちいいを分けあうことはしなかった。美玖とヨシ君が……兄弟の可能性が消えていたわけじゃなかったから。


 事情を知らないヨシ君は不満だったようだけど、少しは機嫌を直してくれた。だから美玖は……狂乱の女子活動会に足を運べたんだ。


 でも物足りないのは美玖も同じで。本当はこの世に戻れないほどに、ヨシ君と気持ちよくなりたい――満たされない気持ちだけ、少しずつ膨れ上がった。ただその不満は羽田野に見透かされていたんだ。


『誤魔化すなら、自宅でもこれを使えばいい』


 渡されたのは、雪緒先輩を励ます会でも使った香の原料。そして一本の木の棒とナイフ。


『キミの彼氏と同じ、作ってみたらいい。失敗したなら、いくらでも、どんな棒でも分け与えよう』


 変わらない粘つく笑顔に、羽田野の悪意を感じた。けれどシタい気持ちをガマンし続けるには、ちょうど良かったとも思えてしまい……無言で受けとり、急ぎ足でお家を目指したんだよ。


 それから度々ヨシ君を部屋から追いだしてしまったと、反省の日々になった。でもね、なかなかヨシ君と同じにならなかったんだ。よく似ていても硬さが違ったし、硬さも再現できても温かみだけはどうにもならなかったし。いくつ作って試しても、ヨシ君とは重ならなくて。



 こんな美玖でごめんなさい。ヨシ君を遠ざけてしまって――ごめんなさい。美玖の想いだけは、ヨシ君のそばにいるから…………見捨てないで…………


   ◇◆◇


『美玖ちゃん、最近寝れてる?』


 気まずそうな声色でハル君が語りかけてきた。今日は他の男子も女子もいなかったから、声を潜める必要もなくて。雪緒先輩も加羅立先輩たちも、他の女子部員も私立校の文芸部員も消えていた。まるで二人っきりにしてあげたとでも言いたげで。


 ……どうして思ったの?――はいもいいえも答えなかった。美玖自身でも判らなくなっていたから。もしかしてハル君なら助言をもらえるかもと、期待してしまうほどに。


『目が寄ってる。焦点がちゃんと合ってるように見えないんだ』


 視力が落ちたのかな?――木の棒とか塗料とか、間近でモノを見ていることは増えていた。そのせいかと思ったのだけれど――


『そうじゃない。安らぎの時間はあるのかって』


 ふふ、ありがとう。大丈ぶ――安らぎはあるから心配しないで欲しいと伝えかけたところを遮ってハル君が抱きしめてきたんだ。


『もう……これ以上…………見てられ……ないんだ……』


 ハル君が声を震わせていた。お姉ちゃんとしては鼻高々な美声を、ぬれた犬の弱音にしてごめんね。


『見たくないんだ……壊れていく、美玖ちゃんを………………見てられないんだ』


 最後には完全な涙声になって。ハル君の気持ちは十分に受けとったと思った。だから美玖の希望で答えたんだ。


 大丈夫。どんな道を歩いても、最後はヨシ君と幸せになるから――やっぱり大丈夫ではなかった。ハル君にヨシ君の名前を聞かせてしまったから、ハル君の声が荒ぶったんだ。


『そうだ。ヨシは――アイツは何をしてるんだ!』


 負担をかけたくないの。帰るところを失いた――ハル君をなだめようと、今度は間違えないようにと本心を話そうとした。けれど途中で言葉が出なくなった。今まで乗せられてやってきたことは、正しく失わない方法だったか疑問になったから。


 美玖が無言になったから、ハル君も言葉を失った。だからといって、ヨシ君への怒りは消えてそうもなかった。ただ怒りの向きは増えたように見えたんだ。


『ちっ!』


 怒りの表情でハル君が向けた視線の先には、生徒会長室への扉で。今日は不在にしている部屋主へ向けているように思えた。


『美玖ちゃん。諦めたらダメだ。悪いことは忘れよう。ヨシは……横におくけど。とにかく美玖ちゃん、間違った考えはしちゃいけない。ぼくが頑張るから……』


 言葉を失ったままの美玖に、ハル君はずっと語りかけてきたんだ。


   ◇◆◇


『ようよう、お姉ちゃん。こっちのテーブルにも接客してくれよ』


 最近大学生くらいの年齢でガラの悪い男子集団がアルバイト先のファミレスを訪れるようになっていた。直感でしかなかったけれど、羽田野の手先――使いすての下っ端ではと推察できた。


『はい、ただいま伺います』


 アルバイトの女の子はだれも近づこうとしないから、仕方なくと副店長が接客していた。目標は美玖だと考えたから迷惑にならないようにと思って、美玖が接客しようとした。けれど彼女に制止されてしまった。それで標的にありつけない状況に焦りだしたのか、ついには彼女を身代わりにしたんだ。


『年増でもういいや。隣に座って酌をしてくれよ』

『そのようなサービス、当店にはありません』

『堅いことは言わずにさぁ』

『断固としてお断りします』

『そうかい、そうかい。それじゃあ――』


――ドラガッシャーーン!!


 テーブルの上にあったコップやお皿が一斉に床に投げだされ、大きな不協和音を奏でたんだ。ただ副部長は見事に避けていた。イヤな予感をこれまで以上に感じていたのだろう。


 もしも美玖だったら…………いくら考えても、傷を負わないで済まなかったはず。そうなればヨシ君も事態を知って……無理無茶無謀をすると解かってしまったから、この事態を見守るしかなかった。


『逃げずに相手してくれよ』

『ご容赦ください』


 追撃する男子をひらひらりと副店長はかわし続けた。そんなところに物音を聞きつけた店長が現れて。美玖はハッとして厨房の出入り口を見やれば、ヨシ君や他の従業員もこちらをのぞいていた。


『君たち、何のつもりだ?』

『――お前、ダレだ?』

『ここの店長だが』

『ハッ! 引っ込んでなよ!』

『大事な彼女が襲われてるんだ。引っ込んでる彼氏なんて、いないだろ?』

『おうおう、やるってのか?』

『そうカッカするなよ。ここでは他のお客さんの迷惑だ。ついて来いよ』


 挑発したかと思ったら背中を見せてお店の外へ店長が向かって。言いあっていた男子集団の一人が席を立てば、他の男子たちも次々立ちあがって。


『女の前だからってカッコつけやがって』

『コケにされてタダじゃおけん』

『やっちまいましょう』


 店長を追いかけて続々お店を後にしていった。おかげで店内はいつも通りの騒々しさを取り戻していた。でも漫画のような成り行きに、美玖も他のアルバイトの子もお客さんたちも、みんな言葉を失っていて。それは副店長も例外では……少しばかり心あらずな理由が違うようだった。普段は真っ白な彼女のほほがほんのりと染まっていたから。


 ただ…………店長をこのファミレスで二度と目にすることはなかった。


 次の日ヨシ君とアルバイトに来てみれば、正面の出入り口も、裏口の従業員出入り口にも、臨時休業の張り紙がされていた。他の従業員やアルバイトの子たちも、途惑うばかりで。そういえば副店長がいないと思ったところで、ヨシ君に促され帰宅したから、彼女のことはだれにも聞けずしまいだった。


 さらに次の日、新しい店長が紹介された。彼の指揮でファミレスは再開されたものの、ヨシ君と顔を見あわせてしまったくらいに驚いたことがあったね。副店長の態度がとってもおかしかった。彼女は、そう…………新しい店長に夢中だった。


   ◇◆◇


『キレイだ。やっと君を僕のモノにできる。だから大人しく受け入れるんだ』


 美玖の上に男子が一人覆いかぶさって……


『理想通りだよ。あふれる質量、桜色の吸い口、モチモチの心地よさ。これからも包み込んでほしい』


 別の男子は美玖にうずめて、思いっきり息を入れたり出したり……


『こんな弱っちい人間なのに、初めてを体験させてくれてありがとう。ずっとずっと感謝を込めてあなたを啜りたい』


 また違う男子は長く長く美玖の泉から水をすくって……



 今日まで何人の男子が美玖を越えていっただろう?――記憶にない男子もいれて。

 拒んだのはハル君だけだった。


 雪緒先輩の幼馴染だと言った百々田という上級生も、他の男子たちと同じだった。雪緒先輩が好きだと見えていたのだけど、思い通りにできれば女子はだれでも良さそうで。雪緒先輩が彼を選ばなかった理由が理解できた気がした。でも今は雪緒先輩も変わってしまったから、心配しても……


 そんな男子たちもすべて……最後は美玖を捨てていった。その時はお決まりのセリフを口にするばかりで、美玖の何が不満だったのだろう?


『自分から動いてくれないし、感じてもくれない。ぼくおれのプライドはズタボロだ!』


 確かに不感症……美玖はなっていたのかもしれないの。でもそれは……ヨシ君のためにある唇だけ、守っていただけに過ぎなかったのに……



 そして…………そんなだったから、お盆まで片手の指の数ほどになったころ、女子活動会にやってきても、指名を受けることはなくなった。ただただエッセイを書いて時間をつぶして。ヨシ君にも作品を見てもらったけれど、やっぱり感想らしい言葉ももらえなかった。


 ただ不思議なこともあって。同じころ、活動場所に向かうと決まってバスを見かけた。観光バスのようなのに、すべての窓のカーテンを閉じていたから不思議だった。でも運転席だけは隠されていないから運転手だけは見えた。彼らは一般人には見えなかった。チンピラというのが合っている気がしたんだ。

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