エクストラ 美玖の追憶(9)<本編第5幕>
『なっ、雪緒まで……羽田野がイイって、言うのかよ!』
『そうよ、そうじゃない! 羽田野会長はスゴイのよ!』
中庭の木立の下では、一組のカップルがケンカしていた。もう私立校へ行くな――佐倉坂先輩が放った一言が原因で。
『うちの作品を褒めてくれただけじゃない――
佐倉坂先輩が言葉を失っていた。佐倉坂先輩には自負があったつもりに見えた。雪緒先輩の一番の理解者は自分だと。けれど雪緒先輩自身に否定されてしまい、ショックから表情が抜けおちていた。
上級生たちから聞かされた話だけれど、お堅い性格――雪緒先輩はこう見られていた。それもこれも本人のためと、キツいことを真っ正直に伝えたものだから。その思いとは裏腹に口うるさいだけと思われて孤立して、友人が消えさった時期もあったとか。
こんな風に頑なになった雪緒先輩には、一時疎遠になっていた男子が二人寄りそうようになった。時間をかけて雪緒先輩を
たぶんだけれど、まだ佐倉坂先輩にもさらけ出してない部分があって――白日の下に導きだしたのが羽田野会長という話だったんだろう。なら、雪緒先輩が内に秘めていた望みとは
『この結末は仕方ないか。やっぱ佐倉っちでは荷が重かったかな』
一緒に茂みから様子を見ていた小草城先輩が言葉をこぼした。佐倉坂先輩が両手両ひざを地面につき大粒の涙をこぼす姿を、視界に納めながら。かろうじて声だけは抑えていたようで、涙声が聞こえはしなかったけれど……
『俺の知らない……雪緒がいるっていうのかよ……』
『そうだよ。キラワレたくなくて、言い出せなかったことはあるのよ』
『……なあ、教えてくくれよ。それは何なんだよ?』
『それは…………』
この時はまだ、雪緒先輩は佐倉坂先輩を好きだったのかもしれない。だから迷いに迷って口ごもったよう見えた。けれど迷っていた理由は違っていた。
『黒髪清楚だと、うちを持ち上げていたのが疎ましかったのよ』
『――えっ』
『うちはこんな髪、昔からキライだった、子どものころから大嫌いだった』
『――うっ、そん…………な』
雪緒先輩も必要以上に傷つけたくなかったのかもしれない。けれど求められたからしかたなく伝えたように思えた。でも決別するととっくに決めていたからか、雪緒先輩はうっとりとした表情に変えていた。
『あこがれだったんだ。明るい髪色、光に輝く髪色が』
そんな髪をした雪緒先輩を予想して似合うと言ってくれた――羽田野会長が初めてだったのかもしれなかった。
『だけど校則でダメっていうからガマンしてた。けれど同じ教室の一軍女子が染めてきたんだ。見つかれば説教、長い長い巻き添えの説教――そんなのイヤだったから、今日は見つかる前に帰れっていったの。でもね、次の日からうちが教室の輪から外されたんだ。ねぇ、分かる? その時のうちの気持ち分かる? ねぇ!』
言葉を続くにつれ熱を帯び、雪緒先輩は過去の一端を口にしていた。佐倉坂先輩と疎遠なころの出来事だったんだろう。でもたった一人の戦いだったわけではなく――
『さすが親友。二人で
ウンウンうなずいていた小草城先輩をよく見れば、少し前とは見違えるほど明るい髪色に変わっていた。もしかするとカラーを繰りかえし入れたかもしれない。
気づけば雪緒先輩の姿は消えて、握った手を地面に打ちつけるだけの佐倉坂先輩が残されていたんだ。
◇◆◇
『やぁ、諸君! 心配かけたね。もう大丈夫だよぉ』
副部長が退部届を出したその次の日、雪緒先輩を慰める会が部室で開催された。だれが持ちこんだか、文芸交流で私立校を訪れるたび吸いこんでいた香も使われたね。ただ運がなかったかな――部室の前を通りかかった生徒に密告されたらしく、本日部長の雪緒先輩が職員室へと呼びだされたわけで。
『先輩。推薦に影響とかありませんでしたか?』
『私たちも、バツを受けるんでしょうか?』
二年生、一年生が雪緒先輩を包みこむようにとり囲んだ。部室にきて早々のできごとに雪緒先輩は苦笑いを浮かべていた。
『まあまあ、みんな落ち着いてぇ。質問にはひとつずつ答えるから。ね?』
雪緒先輩の声かけに。女子部員たちがツバを飲みこんだ。居合わせた数少ない男子部員たちも、部室の片すみから聞き耳を立てた気配もして。
『まず、みんなのことねぇ。お咎めはなしだよ』
ホーッと息をはいた女子たちは案外多かった。それは男子たちもで、気が抜けたのかほぼほぼの数が机に突っ伏していた。
『それからぁ、うちのことだけど――』
再び女子たちの間に緊張が走った。でも男子たちはもう関係ないとばかりに、自分たちの話題の続きを 始めていて。
『反省文で済んだよぉ。それも提出が終わってるから、気にしないでねぇ』
だれかがハーと息を抜いた途端、女子みんなの緊張も解け――仲の良い者同士、あちこちでおしゃべりの花がほころびだしたね。
『さすがに濃すぎたから、次は薄めてみようよ?』
『そうですね。気分が落ちついて良かったですから、またしたいです』
『私は創作意欲がわいたなー』
『余らせても、もったいないよね』
一気に室内が騒がしさでうめつくされた。片すみにいた男子たちは、だれもが顔をしかめていた。その集団に混じっていたヨシ君は――やっぱり顔をしかめていた。そんなに変なにおいかな?――この時はたぶん的外れな疑問だらけだったね。
しばらくして、部室には香のにおいが染みついた。そのせいなのか、部室の片すみにたむろしていた男子たちは部活に来なくなった。中には退部届をだした人もいたらしい。
『作品を上げるわけでもない連中が減ったところで、感慨もないわぁ』
ここのところ減り方の激しい部員数が心配ではないのか、雪緒先輩たちに聞いてみた。けれど気にした様子はなかった。
『むしろ良いことではありませんか?』
『ピコピコ、ピコピコ――ゲームの音がうるさかったねー』
『作品の感想で激戦でも繰り広げてくれてたならな』
結局、部室に顔を出す男子は減り、ヨシ君が一人で肩見せまい空気を出すまでになった。
◇◆◇
私立校との文芸交流を続けていたら暦は七月を目前にしていた。その間、ヨシ君とは変わりなく仲よくしていたつもりだった。文芸交流のなかった夜には抱きあって眠り、次の朝を迎えたりしていたから。
美玖としては代りばえのない日々を過ごしたら、七月の目前になっていた。その七月の初日は美玖の誕生日で、お祝いをするからアルバイトも部活も――もちろん文芸交流も出ずに早く帰るよう、親たちから促されていたよね。
久しぶりにのんびりした放課後だったから、一緒に帰ろうとヨシ君を誘ったのだけれど――寄るところがあると断られてしまった。まさかのことで、美玖はうろたえてしまったくらいで。そんな様子を見て、ヨシ君はいつもと変わらない笑顔で美玖を安心させてくれた。
――ほんとうに甘えすぎね。何をしていたか、考えてみてはどうかしら?――
どこからともなく聞こえた声も久しぶりな気がした。最後に聞いたのはいつだったか――それさえハッキリしなかった。
――久しぶり過ぎて忘れるなんてね。どれだけ狂わ、いいえ道を外されていたか理解できてるかしら?――
道を外れた?――つい独り言がこぼれた。思いかえしても心当たりがないよと、だれかに言われたような……
まぼろしの声をテキトウに聞きながらヨシ君と暮らすに家に帰りついた。カギはまだ掛かっていて、美玖が最初の帰宅者だった。それでお役目だからポストを確認したら封筒が入っていて――
須賀谷美玖様?――まさか美玖あてとは予想していなかった。手紙をもらうような心当たりがなかったから、とても気になって。手紙をポストから取り出して、差出人を確認したんだ。
須賀谷
◆◇◆◇◆
【◆◇◆◇◆に挟まれた文章における注記】
小かっこで囲まれた文字には塗りつぶすかのような多重の取り消し線が施されていてヒロインは読めていません。
須賀谷 美玖 様。
これから行う父さんの身勝手を許して欲しい。辛い思いをさせると思うが必要なことなんだ。だから今のうちに言葉を残しておこうと、この手紙を認めた。きっと美玖が十六になる日に届くだろう。
ここから書いてあることを、美玖が知ったことは母さんに、もちろん義彦君や他の人たちにも秘密だ。それだけは約束だ。
かつて父さんと母さんは子供がなかなか出来ないことに悩んでいた。もちろん子作りを理解して実践してはいたが。それでも母さんに妊娠の兆候が現れなかった。
母さんは生理が重かったから、長くピルを飲んでいたという話はあった。今でも辛いときは服用すべき悩んでいる。ピルは避妊薬でもあるから、影響していたのかもしれない。
しかしそれらは既にどうでもよいことだ。佐々木の口車に乗ってしまったことが、遺恨となってしまったんだ。
佐々木の提案は、端的に言って
父さんの追及を躱しながら、しかも代償として彼は母さんを要求してきた。
甚だ理不尽なことを言うと思ったさ。だけど安子さんの同意は得たと言われ、真偽を確かめれば安子さんは頷いてみせた。この時の安子さんは鬼気迫る勢いで、父さんは圧倒されっぱなしで――同意をしてしまったんだ。
それでも母さんに事の成り行きを話せば、すべてがひっくり返せると思った。しかし母さんは諦めにも似た表情で、いくつかの条件を父さんと彼に提示して同意してしまった。もう立ちどまることは出来なくなっていた。
いざ交換生活の二週間が始まると、父さんは怖気づいてしまった。安子さんに夜ごと縋られても抱きしめることさえ出来なかったんだ。だが父さんの体は意思と裏腹に動いてしまった。一週間も夜の行為を止めれば溜まってしまうのも通りだった。朝方の隙を見つけて、安子さんは跨っていた。
体を弄られていることに気づいたが、安子さんを止めるどころか、溜まりに溜まったマグマをぶつけてしまった。ひたすら行為に励む傍ら、ここまで安子さんにさせてしまったことを、そして母さんを人身御供としてしまったことを、ひたすら申しわけないと心の中で懺悔していた。この苦悩は今もって解消できていない。
(しかし、この次の日から父さん宛に動画が送られるようになったんだ。その中で、ジッと耐える母さんと彼がシていた。
それを見て俺は劣情を何度でも安子さんにぶつけてしまった。ぶつけるだけ動画は過激さを増した。俺の苦悩も後悔も、その度ごとに深まるだけだった。)
そして約束の期限が過ぎた。母さんの顔を正面から見るまでに、どれだけの時間が必要だったか。それは母さんも同じだったと思う。母さんと再び出来るようになるまでは、この倍ではすまない時間が必要になった。
そんな日々が
こんな手紙を送りつけておいて済まないことだと思っている。もしも美玖が真偽を確かめたくなったら、思う通りにしていい。父さんには止める言葉さえ、言葉を掛ける権利すらないと思ったからだ。
それから安子さんは同じ時期に妊娠兆候はなかった。遅れること二か月、義彦君の兆候が出た。義彦君はたぶん間違いなく佐々木の子だろう。
頭の良い美玖なら、ここまでのことで勘づいていると思う。だから目を反らそうとするかもしれない。しかし、やがて美玖が子を持つときに何かあってはと思った。だから可能性は伝えておきたい。
美玖、おまえは義彦君と兄弟の可能性がある。その時は、佐々木が父親であろう。
申しわけないと思っている。義彦君を大好きな美玖を知りながら、止めなさいと言わねばならないことに……………………
◆◇◆◇◆
お父さんの手紙はまだ続いていた。軽く視線でなぞっても、ただただ謝罪の言葉ばかりが飛びこんでくるだけで。もう美玖の心は途惑いでいっぱいで、何をどうして、何がどうあればよいのか、分からなくなっていた。
ただハッキリとしたことが、一つだけあった。ヨシ君を好きという感情にオブラートが掛かっていたことに。このショックで意識がクリアになったと同時に、美玖から落とし穴に飛びこんでいたことを思い知らされたんだ。それで美玖の体を好きにさせていたことに、おぞましい思いがした。
いろいろな記憶が感情がごちゃまぜで、身を固まらせていた。どれだけ時間がたったのか、夏の日差しがほんの少し傾きを増したころ――
『そんな暑いところで、何してんだ?』
ヨシ君の声が聞こえた。続けて近寄ってくる気配が、美玖を物思いの世界から現実へと呼び寄せた。
『んっ? 手の中のは手紙か?』
ヨシ君にも美玖のしていたことが理解できたみたいで。さらに近づきながら言葉を続けて。でも手紙のことを伝えていいのか、分からなくて決められなくて。ただジッと体を固まらせるだけだったんだ。
『誰から? 何が書いてた?』
美玖が何にも返さないから、ついに確信的な問い質しが来てしまった。もうグチャグチャな気持ちをふりしぼって、ただただ何かだけ言おうとして――
大丈夫だよ!――心にもない言葉が口をついた。やってしまったと急に思えて、ヨシ君に顔を振りむければ――最後までできなかった。ヨシ君の顔を見れなくなっていたんだ。早く立ちさるしかなくて、呼びとめる声を無視して家に飛びこんだの。
靴を散らかしたままに急ぎ足で廊下を歩き――二階のヨシ君との共同部屋ではなくて、お母さんが使う部屋へと隠れいった。遅れて家に入ってきたヨシ君の足音は、気づくことなく二階へと向かった。それで緊張が解けて、扉の前で座りこんでしまったんだ。
それから二階から降りてくる足音に、慌ててカギをかけた。足音とともに名前を呼ぶ声も聞こえて、それは右へ左へ――扉の開け閉めの音も際だって聞こえたの。最後に足音はここの前で止まり、ノックがされた。
『美玖、いるんだろ? 機嫌を損ねたなら謝るよ。だから……顔を見せてよ』
呼びかけつづけるヨシ君に――美玖の罪深さが何も返させなかったんだ。
◇◆◇
『美玖? いるんでしょ?』
いつしかヨシ君の声も止んでいた。やがて少しだけウトウトしかけ――聞こえたのはお母さんの声だった。
お母さん――つい涙声になった。泣きたいのが今の気持ちだったかもしれない。でも伝えられなくて、それ以上言葉にならなくて。
『ヨシ君が落ち込んでいたわよ。何があったの?』
それは――言いかけて口が止まった。もしもヨシ君が、まだそこに居たなら――
『ヨシ君なら、今はお部屋に戻ってもらってる。女同士でなら話せない?』
ホッとした。ヨシ君に一番聞かれたくないから。でも手紙のことが本当なら、お母さんにだって――
『それとも親に――いいえ、私だから聞かせられない?』
お母さん、知ってるの?――ふと疑問になって言葉になっていた。手紙のこと、あらかじめお父さんはお母さんに教えていたのだろうかと。
『お母さんだけでも入れてもらえる?』
迷ったけれど少しして、ここがお母さんの部屋だと思いだした。立てこもっては迷惑になると思いなおして、立ちあがってカギをあけた。
『やっと美玖の顔が見れたわ。もう、こんなにクシャクシャにしちゃって』
静かにドアを開いて、滑るようにお母さんが入ってきた。ドアはすぐに閉じられ、美玖を軽く抱とめてくれた。処理しきれない感情に体を渡せば、美玖からお母さんに抱きついてしまっていた。
『あらら、あまえんぼうさんね』
子どものころに戻ったように胸に顔をこすり――手にしたままの手紙をお母さんに向けたんだ。お母さんは手紙を受けとって、目を通して――
『…………そう、お父さんからだったのね』
事情を察したようで、お母さんはお父さんを責めるような語気になっていた。お父さんとは意見が違っていたようだけれど、美玖の気にかかる一番は――
『美玖には伝えなければいけない――お父さんが言ってね。必要ないって、止めていたのだけれど』
……ヨシ君とは……おとうと、なの?――確信になかなか近づかないお母さんにじれて、美玖から切りこんでしまった。確かめなくていいと、心のどこかで何かがさけんでいたというのいに。
『…………書き忘れがあるようね。お母さんから補足するわ』
深呼吸を何度か繰りかえして、お母さんが話しはじめた。事にいたるまでは手紙とほとんど一緒で。けれど、お母さんの答えは――
『……確かに佐々木さんと子供ができることはしたわ。だけれど日数をキチンと計算すれば、お父さんと励んだ日にできたはずなの。だから美玖――不安がることなんてないのよ?』
遺伝子とか、調べなかったの?――はぐらかしのように感じて、ほんの少し怒りを覚えて。それでお母さんを見上げて、強い言い方になってしまったの。
『……遺伝子は調べなかった。私のお腹から出て、お父さんが祝福した。この事実で生まれた子がお父さんとの子供――お父さんと決めたのよ。だから美玖、心配いらないわ。誰が何と言おうと、あなたはお父さんと私の子よ』
真実という保証が得られていない――このことに気づいていたから、不安として顔に出た。だからか両手で美玖の顔を優しくはさんでくれて――
『いいの、結婚しても――ヨシ君と子供を作っても。お母さん、いいと思う』
ありがとう――お母さんの胸に再び顔を埋めた。イイと言ってくれたお母さんには感謝しかできなかった。納得したかといえば……できていなかったから。でも、もうこの話は終わり――お母さんからは言葉になっていない空気を感じて。
ただ美玖はお母さんが思うような子ではなく……もう悪い子になってました、ごめんなさい。ヨシ君だけに染まっていられたなら良かったのに。美玖は違う色にも――染められてしまった――はず。
だから――ごめんね、ヨシ君――しばらく、夜のことは止めよう。今日から、今夜から――すぐにも話しあわないと間にあわない。
そっとお母さんから離れて、笑顔を見せた。お母さんの目に映った笑顔は、空元気に映って見えた。
そしてお母さんの部屋を出てしばらくして――すすり泣く声が一階から聞こえた気がした。
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