第9話 新たな検証




 翌日の放課後。

 創作実践研究会の活動二日目である。


 と言っても、俺は未だ仮入部という扱いなので、活動二日目と言ってしまっていいのかは定かではない。体験二日目とか言ったほうがいいのかもしれないな。


「こうして二人だけだと気楽だな。別に綿樫がいてもいいんだけどさ、まだちょっとしか関わってないから、やっぱり気を遣うし」


 本日は綿樫が遅れてやってくる。『クラス委員の手伝いをしていくから、一時間ぐらい遅れるかも~』とのこと。そして岼は昨日宣言した通り二匹目の猫探しに出かけているので、現在は熊野と二人。


「え? 白斗くん、あれで綿樫さんに気を遣ってたの? 結構ギリギリのこと言っていたと思うけど」


「まぁそれは否定しない」


 うっかりね。

 ただこの『気を遣う』というのも、十の気遣いをしなければいけないところを、一とか二だけしかしていなかった――みたいなレベルなのだ。一応、気を遣ってはいる。


 俺が入り口傍にあるソファに座ってだらけている間に、熊野は廊下の水道からポットに水を注ぎ、部室で温め、紅茶を注いでくれている。


 ティーカップを俺の前――ローテーブルの上に二つ並べると、熊野も俺の斜め向かいのソファに腰を下ろした。


「どうもありがとうございます。いただきます」


「ううん。僕がやりたいって言ったから気にしなくていいよ――それにしても、昨日は綿樫さんに『白斗くんが入らないなら辞める』って言っちゃったけどさ、こうしてのんびりできる部屋を一つ使えるのなら、わりとアリだよね」


 熊野はニコニコしながら、自分の紅茶に口を付ける。俺はミルクと砂糖を入れたミルクティにしているが、熊野はストレートで飲んでいる模様。


「あ、ミルクティで思い出した。昨日綿樫が買ってきてくれてたミルクティあるだろ? あれってどこのコンビニに売ってるんだ? 買い足しておこうと思ってコンビニに寄ってきたんだけど、二軒とも置いてなくてさ」


 家の近くのコンビニと、駅にくっついているコンビニには置いてなかった。

 なので、適当に似たようなミルクティを買って冷蔵庫に突っ込んでいる。


「あぁあれ? 僕も帰りに貰ったやつだね。あれはイレブンマートの商品じゃなかったかな? この辺り、他のコンビニの方が多いもんね」


「イレブンマートか……たしかにレアなコンビニだもんな」


 少なくとも俺の家の付近には無いな。幻創学園付近にはあるんだろうか? 今度スマホの地図アプリで確認しておこう。

 いや、別にアプリで確認しなくても、熊野が知ってたりしないか?


「そういえば、熊野ってこの辺り詳しいの? 俺、高校に入ってからしか東条駅で降りたことないからさ、この辺りのことよく知らないんだよな」


 幻創学園の最寄り駅である東条駅は、俺の地元の駅から普通列車で五駅、快速列車で三駅の距離にある。熊野とはいつも一緒に帰っているが、彼はその途中で下車するような感じだ。


 つまり何が言いたいのかというと、熊野のほうが俺より幻創学園に近いところに住んでいるということ。


「僕もそんなに知らないよ? ほら、駅の近くにショッピングモールがあるから、そこに行くために東条駅で降りることはあったけど、それぐらいしか知らないかな」


「なるほど。じゃあこの辺りのイレブンマートも知らないか」


「地図アプリで検索したらわかるんじゃない?」


 ですよね。大人しくそうしますとも。


 そんな風に、授業の合間の休憩時間にでもすればいいようなどうでもいい話を十五分ほど続ける。二人で紅茶のおかわりをしてから、さて次は何を話そうかと思ったところで、熊野が言った。


「何もしなくていいのかな? 一応部室を使わせてもらってるんだし、綿樫さんが来る前に活動日誌に書けるようなことをやっておいたほうがいいと思うんだけど」


「おぉ、熊野は真面目だな。俺は『綿樫が来てからでいいや』って思ってたところだ」


 このソファ、立ち上がるのを妨げるような程よい硬さなのだ。結構な高級品なんじゃなかろうか? たぶん、顧問の布路先生が用意してくれたものなのだろう。ありがたや。


「白斗くんがめんどくさいって言うなら、だらだら話をしていてもいいけど」


「んー……でもたしかに、俺って仮入部の状態だし、入部テストも曖昧な感じになっているからな。岼に『サボる人は反対』なんて言われないためにも、それっぽいのをやっておくか」


「そうだね。昨日やったフィクションのイベントも、ちょっと面白かったし、僕は賛成だよ」


 熊野はそう言って立ち上がると、部室の奥にある本棚に向かって歩き出す。

 昨日はたまたまかと思ったけど、どうやら本からフィクションのイベントを抽出して、それを実践するというのがこの部活の大まかな流れらしい。


 熊野に確認してみたが、実際先週はそんな感じの活動がほとんどだったとのこと。


「白斗くんはラブコメ?」


「おう、そういう熊野は――ファンタジーか」


 熊野はよりにもよって『狐の嫁入り』……俺の父親が書いている作品を手に取っている。父親が二年前に書き始めて、現在三巻まで出ているライトノベルだ。


 作品名は『フェアリージョン』。

 一応父親の作品だからタダで読むことができるので、俺も内容はある程度把握している。


 異世界から転移してきたおっさん主人公と仲間の三人が、魔王を討伐するという物語だ。まだ完結していない作品なので、どういう結末を迎えるのかは知らない。父さんはヘラヘラ笑って教えてくれないし。


「この本、先週もチラっと読んだんだけどね、やっぱり剣と魔法の世界だから真似できるようなフィクションじゃないんだけど、すごくキャラクターが活き活きしてるんだよね。ライトノベルってあまり興味が無かったけど、僕、これは好きだなぁ」


「そ、そうか。これを期に、色々な本を読んでみたらいいのかもな」


 できれば作者が『狐の嫁入り』以外の作品にしていただきたい。父さんの作品が読まれるのはいいことなのだろうけど、どうか俺の目に入らない範囲でやってほしいと思う。なんか恥ずかしいし。


「岼さんには言ってないけどさ、すごく岼さんに似てるキャラクターもいるんだよ。しかも名前も『ユリーナ』って名前だし」


 ……それも知ってるよ。俺はもう読んだし。


 あ、もしかして岼に対して俺が『狂暴』とか『危険』と思ってしまうのは、父さんの書いた『ユリーナ』に引っ張られてしまっているのかも? だって作中のユリーナ、パーティメンバーの魔法使いが深酒して寝坊した時、両足をロープで縛って引きずり回したりしていたし。それで起きない魔法使いも魔法使いだが。


 しかしもし俺が岼にユリーナを被せてしまっているとしたら、ちょっと岼に申し訳ない気もするな。フィクションが現実に影響を与えているというか、別に岼本人が飲みの席で喧嘩を売ってきた冒険者の腕を切り落としたりしていたわけじゃないし。


「俺も今度読んでみるよ」


 とりあえず、熊野にはそう返答をして手に取ったラブコメに目を落とす。

 熊野も俺と同様に、本を読み始めたようだ。

 しばらく二人で紅茶を飲みながら黙々と読んで、俺は思わず本の感想を口にした。


「ラブコメってさ、なんだか惚れる理由がないとダメって感じがするよな」


「ん? そうなの? 僕あまり漫画とか小説を読まないからわからないけど」


 熊野は本から顔を上げて、俺の言葉に返事をしてくれる。


「つまり何が言いたいのかというと、こういう創作の物語ってさ、ヒロインを悪漢から助けたとか、命を助けたとか――現実でもありそうなところでいうと、フラれた時に優しくしたとか、そういう感じがよくあるんだよ」


「あぁ、それで好きになるのが変ってこと? でも、僕としてはそんなに違和感はないと思うけどなぁ」


「実際は、そうじゃないパターンのほうがほとんどじゃないかってこと。何気ない日常でいつの間にか好きになってた――ってほうが自然じゃない?」


「それは創作として面白いのかな?」


「そう言われたら……それもそうか」


 劇的なほうが見ていて面白いし、何よりわかりやすいもんなぁ。


「でもたしかに、よくよく考えてみたらさ、悪い人から助けたぐらいでコロッと好きになるのなら、自作自演でいくらでもカップルができちゃいそうだよね。悪人役を誰かにやってもらってさ」


「お、なかなかあくどい考えをするじゃないか熊野」


 そんな奴が主人公の小説は読みたくないけどな。でもその時女の子がピンチになっていたら、吊り橋効果的なもので男にときめいたりしちゃうものなのだろうか?


 吊り橋効果……?


「そうだ、吊り橋効果を検証しよう」


「いいね、面白そう! 僕が女の子役をやればいいの?」


 熊野は読んでいた本を即座に畳んでテーブルの上に置き、キラキラした瞳で俺を真っすぐに見て来る。めちゃくちゃ乗り気じゃないか。


「ちょっと待て。二メートルの塀の上からバク宙ができる熊野が高いところ程度でビビる未来が見えないし、お前が俺にキュンキュンして恋に落ちたらどう責任を取ってくれるんだ」


 ちなみにそのバク宙は、学校帰りに制服でバッグを持ったまま披露してくれた。マジでビビった。心臓が止まるかと思った。あの時に告白されていたら恋と勘違いしていたのかもしれない。


「責任って――それってどっちかというと僕のセリフじゃないの? 僕も一応、男の子なんだからね?」


 それもそうか? うん、こんがらがってよくわからないな。

 とりあえず、吊り橋効果の検証は、ちょっと面白そうだ。



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