休暇テイク 其ノ二
深淵。確かに今、私達の目の前にはこの世のものではない何かが存在している。
蠢いている。
体が震え、凍えそうな感覚を感じながら、私はゆっくりと彼の方をみる。
彼も同様にこの状況に慄いている。だが、彼はこの何かを知っているように
思える。先程まで大きく目を見開いていた彼は今、悔しさと悲しさを顔に
滲ませている。彼がその何かに向かって思い切り睨みつけたかと思えば、
私の方を向いてこう言い放った。
「逃げろ!!!!!!!!!」
今までに聞いたことのないような彼の怒号は、自身が命の危機にさらされている
という現実を受け入れるには十分だった。
急いで道を切り替えした。走りに走って、ようやく奴を切り抜け、学校に
帰ってきた頃には夕日はもう沈む寸前だった。
中庭のベンチに腰をかけて、数分の静寂があった後、最初に話を切り出したのは
彼の方からだった。
「お前は何も見なかった。いいな」
まさか、そんなことを言われるとは。何か彼が感づいているような気はしていたが
こうもはぐらかされるとは思っても見なかった。私は俄然興味が湧いた。
「どうして?あんなモノを見た以上、忘れられるわけないじゃない。」
彼は遂に何かを諦めたかのような表情で私に語りだした。
「今から6年前、俺は奴をこの目で見た。
あの日、俺達はいつもの公園で待ち合わせをしていた。
そこでお前を待っていた時、今日みたいに奴が目の前に現れて、
怖くて動けなくて、でもその時親父から電話がかかってきて
そしたら、お前が交通事故に巻き込まれて死んだって、」
「ちょっと待って、何を話してるの?私ここにいるんですけど。」
「俺が取り戻した。」
「え、どういうこと?」
「俺はお前が死んだ事実に動揺して、信じられなくて、目の前に広がる恐怖と
あいまっておかしくなって、でも気づいたら奴はどんどん俺の方に迫ってきて。
遂にあの闇の中に取り込まれた。」
彼は手に持つスマートフォンを強く握りしめる。
「次に目覚めた時、何もないところで目の前に一人黒尽くめの男が立ってて、
俺にこう言ったんだ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「「彼女は俺が殺した。貴様の願いによって。お前は彼女がいなくなれば
生きられることを知っていたから。」」
真っ白な空間に一人黒ずくめの男が立っているのが見えた。
「何のことだ!!!俺はそんなこと願ってない!!!」
「「確かに願った未来のお前が」」
「未来の俺が、、、?」
「「そうだ。だから殺した」」
「なんで!!!!!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
動揺。私は既に6年前には死んでいたはずで、更には
未来の優が私を殺すよう願った、、、?
それにしてもまだ疑問がある。
「えっ、、、でも優はさっき、電話で私の死を知ったって言ってたけど、奴が目の前に
現れた時圏外だったじゃん。」
「そこまではわからない。ただ、外部との連絡手段を断ちにきてる、、、確実に殺しに来てるぞ。」
「そんなこと言われても、、私たちどうなるの????」
「まだわからない。逃げれるだけ逃げてみるけど、殺されるかもな
忘れてたかったのに、、、」
彼の声が震えている。
「大丈夫!私がそばにいるから」
瞬間、彼が何かに気づいた様に、不意にベンチを立ってゆっくりと前に歩き出す。
嫌な予感がした。
瞬間、ものすごい暴風と共に、彼の首は綺麗に宙を舞っていた。
眼の前が赤く染まっていく。
喉が痛かった。叫んでいたのは間違いなく私だった。
意識が薄れていく。
「皐月はきっといい歌手になれるね」
「どうしてそう思うの?」
「だって、皐月って正直だからね」
そんな中、私の中で、
あの日の会話がただひたすらにこだましていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「「何でと聞かれたところで、お前が願ったからとしか言いようがない。ただ」」
その男は俺の方に目をやったかと思えば
「「望んではいないのだろう?この現実を今のお前は」」
当たり前だ。急に謎の空間が展開したかと思えば皐月が死に、遂には未来の自分が願ったから起こったことだ何て誰が信じるのだろう。
「当たり前だろ!!何だよ願いとか、さっきから意味わかんねえこと言ってんじゃねぇよ」
激昂した。
そんな俺を目の前にして尚飄々としている、なんなら少し面倒臭そうにしている態度を示すこの男は言う。
「「では意味がわかるように説明しよう。俺は人の意思を、願いを喰らって生きているもので、未来いるお前は、俺に対して 『篠原皐月を殺してほしい』と願った。だから殺した。以上だ。」」
「何らかの怪異なのかよ、お前は」
俺の問に男は首を傾げてさも難しそう顔をして答える。
「「そうとも言えるし、そうとも言えない。少なくともお前ら人間のような下等生物とは
全くもって違っている」」
「随分とお偉いさんだな」
その言葉を聞いて微かに笑みを浮かべている。はっきり言って気色が悪い。
「「そうだな、俺はお偉いさんだから、お前に選択肢をやろう。お前が望めば
今ここで彼女を助けてやろう。しかし、次の俺が貴様の眼の前に
現れる時、貴様を殺す。それが未来の貴様との確約だ
貴様と彼女両方が生き残ることは許されない。どうする?お前が死ぬか
彼女が死ぬか」」
、、、は?
驚いた。確かに、皐月が助かることに関しては万々歳だが、俺が死ぬことが確定する。
少しの時間で選択できるような事じゃない。というか、今ここで彼女を助けて俺が死ぬことにしても、その今のままでは俺がなぜ皐月を殺すことにしたのか、目的がよくわからない。男の目的もよくわからないが。とにかく、俺が死ぬにしても何も情報がないまま死ぬのは危険だ。
「選ぶ前に聞きたいことがある。なぜ未来の俺はお前に皐月を殺して欲しいと願ったんだ」
「「残念ながらそれはお前との契約上理由は話せない。だが、それはお前が一番よくわかっているだろう。」
確信めいた笑みを浮かべてそう言った。
悩んだ。皐月のために死ねるのか死ねないのか、と聞かれれば間違いなく死ねるという程に彼女のことを愛しているが、理由がわからない様じゃ何故皐月がいると俺が存在できないのかわからない。その原因が皐月にとって良いことではない可能性も十分にあり得る。
「もう一つ聞いてもいいか?」
「「ああ」」
「篠塚皐月は未来でどうしている」
「『歌手』をしている。詳しいことは言えないが、お前以外にも彼女に関する願いを聞いたことがある。情報は確かだ」
嗚呼、良いなそれその未来があるなら俺は死んでも良い。そう思えた。
それは俺の心からの願いだったから、俺は彼女の言葉に救われたから
死ぬに十分な理由かはわからなかったが、それでも死んでいいと思ってしまった。
「なんで未来の俺がそう願ったのかはわからない。けど、
彼女が生きるのなら、その未来があるのならそれでいい」
「「後悔はないな」」
「ああ」
未定 羽衣慧 @ruua1205
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。未定の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます