第3話人狼の神を信仰する古狩人の村

ある夫婦の妻の手記




とある崖沿い山脈の山奥にある太古の力に満ちた深く暗い森の中で、ある特殊な技術を太古の神より継承する狩人達だけが住む特異な村があった。

その村では先祖由来の呪術や毒物、呪物を使い、未来に自身と子孫に降りかかってくる病気や呪いを別の存在に肩代わりさせる呪術が伝統として定着しつつあった。

肩代わりさせる対象を生きたまま使い儀式の呪具にて獲物の体内に呪いを打ち込み、生きたまま野に返す。

将来の不安を取り除き子孫繁栄を願うこの村独自の呪術儀式であり、この数年毎年一度だけ時期は問わず続けられた。

しかしある時期から大物の獲物の不足化が続く異常事態が発生した。

生贄とする獲物はその年の最上の物でなければならず、獲物の不足が続いた結果自分達の備蓄の量も縮小していった。

例年通りなら熊などの大型の獣などが儀式の対象となり、毎年捕獲し呪物を打ち込む事で子孫繁栄を謳歌していた。

だが、いかに強大かつ強靭な生命を宿す熊でも呪物による肉体の腐敗や病の激痛に耐え難く。

熊達は毎年呪いに蝕まれ次第に繁殖や睡眠、食事を取らなくなり。呪われた肉の塊に別れを告げ、次第に全ての熊達は死に絶えた。

儀式に捧げる獲物の質や儀式の対象となる者の規模は年々縮小化し、狼、犬、シカ、リスなど儀式の体が保てなくなる程に獲物は小さく矮小な存在だけになってしまった。

儀式の縮小に伴い、呪術にて祝福を受けた古狩人達も簡単に風邪や流行り病に罹り、村の未来である幼子達の事も考えた末に村の規模に合わない存在を切り捨てる事で村を縮小化し耐えてきた。

だが、とうとう村としての最低限の形を維持できなくなった村の狩人たちは、受け継がれし業の断絶を恐れた。

村長と古狩人達の決議の結果、村は廃村という形で放棄され崩壊した。


現在廃墟の村を眺める二人は夫婦だった。

若い男女の2人は、これからの未来の子孫繁栄を願い、新たなる出発という意味も込め先祖から受け継いできた「呪具」に自身の名を刻む事にした。

夫は呪具(人狼のメダリオン)に自身の古き名を刻み、妻も母親から受け継いだ呪具に成りかけている(髪飾り)に古い名前を掘り込んだ。

夫婦は呪具を祝福された木箱に入れ縛り封印した。

自身の新たな名を信仰する神に告げた、夫はオリヴァズ、妻はハンネスと名を改めた夫婦は故郷の村跡地を後にした。



しかし、新たな人生を切り開く夫婦であったが先祖から受け継がれてきた夫婦の肉体に宿る業が、信仰する古代の神が、村の呪術の根幹を担う呪物が二人の荷物の奥深くで不気味に揺れているのであった。


狩人達はそれぞれの狩場が被らぬように気を使い、それぞれがもう二度と出会えぬ程遠く離れる事になり、新たなる巣や仕入れ先を固める為の長い長い旅に出る事となる。


夫婦は一年以上の放浪の末に巣の基盤を作り、新天地にて新たなる狩りに励んだ。

今は毛皮や骨などの売買に必要な品物や生活必需品の確保の為、祖先から受け継がれてきた老練な狩りの業と知識は、2人の新生活を大いに助けた。

妻のハンネスは人と会話するのが苦手だったが、狩りに役立つ傷薬や秘薬の精製、呪術知識、毒物の見極めや育成が得意であり、夫の方は純粋な狩の技術や罠の扱いなどに優れ、更に人との縁を結ぶ才能もあり人と会話するのが得意だった、オリヴァズは持ち前の話術で今の土地、生活基盤たる狩場や信頼できる仕入れ先を手に入れた。

夫婦の長所と短所を互いに理解し、生かし、補い、家庭の不安要素を取り除く事で夫婦は新たな未来への基礎を築いていった。


数年が経った頃、周辺の盗賊紛いのハンター達による狩場の獲物乱獲による被害で将来の獲物不足の危機を察知したオリヴァズは新たな狩場構築、仕入れ先を開拓する為遠く離れた土地を巡る旅に出なければいけなくなった。


ハンネスは、愛する夫と長い間離れることを嫌がったが、我が子の将来の事を考えた結果。出産し経過が落ち着き次第、夫はこの土地を離れる運びとなった。


一年と少しの時が流れた。

オリヴァズとハンネスの子供が生まれしばらく経ち妻と赤子の体調が安定してきた時期の事であった。

二人の子供が重い敗血症を患った。

子供が肌を赤黒くさせ、内出血に苦しむ様子に耐えきれなくなった二人は、故郷の村に受け継がれできた呪術と呪具に頼ることなった。

そのためには呪術によって神に捧げる「生きた生贄」を探す必要があった。

しかし今は長い冬の真っ只中、近頃は盗賊達の対処に苦心した為、狩場の環境回復に費やす時間が無かった。

先の生活を支える備蓄はあれど生きた生贄など手元には無い。

備蓄を金に交換し、牛や豚などの家畜を生贄とする為に、街に出向いた夫婦だったが牛や豚は、この国に流行する病のせいでその数が減り、親しい農村部の畜産でさえも不安にかられ売ってもらえなかった。

獲物となる存在の大半は冬眠してしまい、生贄にするような対象が、2人の住む地域には殆ど居なかった。

もし冬眠した獲物を見つけたとしても「人狼の神」は冬眠を死の一部と考えている為、生贄の対象に出来ない。

更に神は畜産の生き物の価値を低く見積もっている為、牛や豚の生贄の場合最低でも30頭は必要になってしまう。

オリヴァズとハンネスは愛する我が子を未来へ生かすために夫婦は神の生贄に関する理解や知恵を絞り、現状で出せる最善の結論にたどり着いた。

家畜の牛なら最低30頭はいる。

質で補えないなら量で行く計画を立てた、1匹でダメなら10匹、10匹でダメなら100匹100匹でダメなら、1000匹、オリヴァズとハンネスは、自身らの知識と技術なら短時間で1000匹でも捕まえれるような生き物を知っていた。

少し離れた街の宿屋街の地下になら暖かい地下の下水道に隠れ潜むドブネズミが大量にいる。

下水道に流れる糞尿や汚物を喰らい、生ごみを漁り、死にかけの浮浪者を齧りどんどんと数を増やす存在。

あの街の地下には、千匹では効かない数のドブネズミ達が蠢いている。


ハンネスと、オリヴァズの夫婦は赤子の命を未来に繋げるという一心で様々な香草や毒草を練り込んだ誘引罠を張り、ドブネズミ狩りを昼夜問わず行い、素早く狩りを終わらせる為に特殊な秘薬を使用し超人的な身体的能力を引き出し、老練な業と多様な罠を用い夫婦は一晩で目標の千匹のドブネズミをあっという間に集めてしまった。


ネズミを集め終えた夜に夫婦の巣の裏庭にて、古来の人狼の神を祖とする呪術儀式が行われていた。

人狼の神が司りし権能は先導と変身。

将来に起こりうる厄災に術者の意識を導き、別の存在に術者自身と子孫の被る厄災の因果を打ち込み肩代わりさせる呪術である。

失敗しようが成功しようが魂を堕落させる禁術であり、過去廃村になった故郷も昔は魂の堕落を恐れ、この呪術は長年に度り実行されなかったのだが、十数年前に当時の村長である古狩人の一人息子が重篤な病に罹り、余命幾許もない危篤状態に陥り床に伏した。

村長は魂の堕落を恐れず村のシャーマンに頼み込み、肩代わりの禁術はなされた。

その儀式の結果、危篤状態だった村長の息子は直ちに回復した。

「魂の堕落」とは死後にのみ履行される、自らの魂の生贄である。

神の異界に囚われた魂は因果を巡らず、新たな生命への生まれ変わりも無く、儀式の対価を子孫が払い終えるまで未来永劫、神の玩具として異界の檻に囚われ続ける

しかし当時の村長は来世や未来の様な不確かな存在を否定し、今の世界、我らの住む人界こそ真実絶対の本物であると村長は我々に説いた。

八年前に村長が亡くなってからも、人界の安全と未来に対する不安、死後の現実見の無さに新しい村長に変わっても儀式は村が廃村になるまで続いた。


今も続いている


儀式の内容は呪具である人狼のメダリオンを用い、人狼の血脈である者の血をメダリオンに垂らすとメダリオンの仕掛けが稼働し、メダリオンの縁にある穴から鋭い針が飛び出す仕掛けと成っている。

針に血族の血と祝福を受ける血族の血を塗り、その針を生きたまま捕えた獲物の体に呪具の針を打ち込むのだ。

刺した獲物の身体に針の呪力と汚れた魂の血が染み込む事で獲物は暫くは死ねず、苦しみ、様々な呪いや病が対象を蝕む。

最終的に臓腑は腐り、はらわたの腐り落ちる音を聞きながら獲物は長い時を掛けて死を迎える。

術者の血族たちの将来受ける呪いや病を代わりに受け、長い時間を掛けて全てを恨み憎しみ呪いながら獲物は死ぬ。

生贄になる存在の生命が自由であり、強大な命である程、獲物は長く苦しみ、術者や血族の受けられる祝福は強くなる。

そして人狼の血族たる狩人達は呪術の力の全能感に溺れていった。

古狩人たちの魂を死後に嬲る為に人狼のメダリオンは自ら高潔な魂の持ち主を選び力を貸し与えるのだ。


二人は故郷に居た時もこれ程迄に'呪'に濡れた儀式を見た事は無かった、長年村の為に自らの魂を捧げたシャーマンですら我々程'呪'に濡れ汚れていない事だろう。

自身の子の将来の為だけに山の様な量の生贄に針を打ち込み呪い畜生を野に帰した

日が上り昼に近づいた時、最後の1匹となったネズミがカゴ罠の中で蠢いていた。

他のネズミより身体は大きいが、腕が細長くアンバランスで弱そうだ、足もそうだ、あの様な長い骨では肉離れや骨折が頻繁に起こることだろう。

こんなネズミとして産まれることにすら失敗する様な、か弱い畜生にまさか反撃などないだろうとタカを括り、更に我が子の為に儀式完了を急いだ焦りもあってか最後の一匹には些か乱暴に針を深く深く打ち込んだ。

思った以上に深く刺さってしまい針を抜く暇も無く激しく暴れた結果、呪具の針が折れ、ネズミは体内に呪いの呪針が打ち込まれたまま更に激しく暴れ、ネズミを押さえていた妻の手から逃れ深い森林の闇の中に消えていった。

呪針を失った事に不安を感じたが、しかし夫婦は我が子の先の安心を勝ち取ったと喜んだ。


そして、夫婦の思惑通り子供の体調直ちに回復した。

近隣の村や町の同世代の子供たちとは比べ物にならず、秘薬を使った夫婦の膂力を超える程の怪力を宿し、常人ではあり得ない程強靭に成長した。


夫婦は我が子に、二度とこの様な事態が起こらぬ様、より盤石な巣を築き、新たな生活の窓口を開拓するために長い旅に出ることを決意した。


夫婦は子を挟みながら一緒に居られる最後の夜を過ごし家族全員で安眠できる時間を噛み締めていた。




夫が新たな巣の開拓の旅に出て既に3年が経った。

近頃、近隣の村や町では皮膚が赤黒くなり最終的には全身に内出血を引き起こし死んでしまう恐ろしい奇病が流行しているらしい。

幾ら私たち親子に無病息災の祝福がまだ残っているとはいえ、広範囲かつ感染力の強い病が気になり、先の不安を取り除く為に病の原因を探る事にした。

妻は故郷の薬物知識や呪術を起点とした研究を行った結果、知ってしまった。


この病の原因は「私達家族」だ。

最後に呪いを打ち込んだ奇形ネズミが生き延びてしまい、引き起こされた厄災だった。


針を打ち込んだ奇形ネズミの肉体に呪物の針が存在し続ける限り、絶死の呪いや病の苦痛に蝕まれ発狂し肉体が死のうとしても呪針がそれを許さず、肉体を蝕み癒す。

死ぬ事も出来ず、動くことも出来ない虚無の中で、ドブネズミの体は呪いや病に対抗し、適応していったのだ。

ネズミの体表にいたノミが媒介していたペストと我が子を蝕んでいた敗血症の病や呪いが奇形ネズミの内側で溶け合い混ざり、呪針がネズミの体内に病であり呪いでもある「呪病」をネズミの内側に固定する楔となり残った。


呪いは、儀式は、呪術は、まだ続いているのだ。

我が子の強靭な生命力の原因は、ネズミ達との儀式が今も継続中だからだ、ネズミの体内にある呪針は打ち込まれているネズミを蝕み、更に呪いはこのネズミの一族の血の繋がりを辿り、ネズミの一族全体に呪いは伝播した。

針が体内にある限りネズミは死ねず、ネズミの一族が増えれば増える程呪いは強力になりより強く広がっていく。

しかし、強力な呪いである事には変わりなく、呪いはネズミの一族を今も蝕み大量に殺しているのだろう。

それでも、呪針を打ち込まれた奇形ネズミは呪いや病で死ねない為、ネズミの一族の死が積み上がっていき呪いが強くなる度にネズミの身体には病や呪いに対する耐性をつけていった。

その耐性は血の繋がりを巡って一族全体をより強靭にする。

ネズミの一族が数を増やすたびに、より強力な呪病を宿したネズミ達が媒介者となり、街に国にいや、世界に伝播していく。

かつて我が子を蝕んだ敗血症と結びつき溶け合った呪病「敗血症ペスト」は赤黒い憎しみを纏い、我が子と奇形ネズミを起点とした呪いはいずれ全てを蝕むだろう。

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